第8話 第0章のエピローグ
「・・・・・・とりあえず、全員合格だな」
担任教師のグランが、迷いの森から帰っていたカイト達を見て口を開く。
あれから1時間が経過し、カイト達は迷いの森から魔女集会学園へと戻って来たのだ。本来の目的であった薬草採取も滞りなく終了させて。
「全員無事に帰ってくるとは、なかなかやるな」
(やっぱりな、クラス全員で行動させた訳はこれか)
今回の薬草採取で非効率である集団行動を強要したのは、迷子を出さないなんて単純な物じゃない。
------脅威に対し、クラス全員でどう対処するかを見るためだ。
「俺たちが襲われるって分かってて、森に行かせたのかよ」
「ほんと、見た目だけじゃなくて中身も教師失格だよな」
カイトとソウヘイが、グランに聞こえないように小さく呟き合う。
実際に今回の授業は、万が一も在り得たのだ。全員無事だったのは、運が良かったと言えよう。
「今日の授業は終わりだ。そのまま着替えたら終礼はせずに解散していい。---以上」
グランはそれだけ言うと、義手の方の腕を少し上げると立ち去って行った。
「・・・あの、さっきはごめんなさい」
「ん?」
カイトも着替えに行こうとした時、どことなく申し訳なさそうなエッダに呼び止められる。
「ボク、君のことを誤解してたよ。何も知らないで、ヒドイことを言っちゃったよね」
「あぁ・・・、別に気にしなくていいよ。初戦で何もしなかったのは事実だし」
「でも君のお陰で、みんな無事だったんだと思う。だから、その・・・ありがとう!」
エッダはカイトに向けて、大きく頭を下げる。
「いいって、いいって! 危ない時に、力を合わせてこそだろ! それに・・・・・・」
「・・・?」
カイトが言い淀むと、気になったようにエッダが下げていた頭を上げる。
「それに、可愛い女の子を守るのは男として当然というか・・・その・・・」
「------///////っ!?」
カイトの発言に顔を真っ赤にさせたエッダは、カイトの発言の続きを聞かずに走り去って行った。
「お前、何言ったんだよ?」
「俺も自分で言って恥ずかしい事だよ」
「じゃあ何で言ったんだよ・・・」
残されたカイトに近くに居たソウヘイが声を掛ける。そしてもう一人、
「---先ほどは失礼した!」
「「・・・っ!?」」
エッダよりも深く勢いよく頭を下げて来たのは、リゼットである。
あまりにも大きな声に、カイトとソウヘイが驚いた。
「私も貴殿を誤解していたようだ! 本当に申し訳ない、重ね重ね謝罪させて頂く!」
「・・・いや、貴殿って」
こんな大きな声で謝罪されたのなんか初めてだよ。どうすりゃいい訳?
「分かった、分かったから! 頭上げろって、そんな遜らなくていいから!」
とりあえず必死にリゼットの頭を上げさせ、普通に接して貰えるよう懇願するのだった。
「にしても、カイト君は凄いねぇ~♪ あの
今度はその犬耳の乗った頭に腕を回したユレメが、何故か楽しそうに笑って声を掛けてくる。
「まぁ・・・見慣れてるってのが、一番の理由だけどな」
日頃から迷いの森で行動していれば、
確かにあの個体はけっこう大きく、戦闘経験もあったみたいだから危険度は高かったが。
「にしても、ユレメの耳はけっこう遠くまで聞こえるのか?」
迷いの森ではずっと目を閉じ、何かを聞いているようだったからな。聴覚で敵を探知していたのか?
「そうだよ~♪ ウチの耳は万能やからね!」
「具体的に何処までってのは無いのか?」
「う~ん? 測ったことないからなぁ~、そこそこ遠くまでってことしか言えないよ」
「それもそうか、悪かったな引き留めて」
授業も終わったことだし、早く着替えて帰りたいだろう。カイトがユレメに手を振ろうとすると、
「別にいいよ、ウチもカイト君に興味が湧いて来たし♪ ・・・あ、着替えを覗こうとしても足音で分かっちゃうからね!」
「いや、覗かねぇーよ・・・」
ユレメはまた楽しそうに笑うと、駆け足で校舎の方へと駆けていく。
今度こそ、カイトも着替えに行こうとすると---
「カイトさん、先ほどはありがとうございました」
「・・・・・・」
今度は、アシスとティアがカイトにお礼を言いに来た。ティアはいつもの無表情で、小さく頭を下げただけだったが。
「あ、あぁ・・・気にすんなって。これから一緒のクラスなんだし、みんなが無事で良かったよ」
さすがのカイトも、これだけお礼を言われ続けると顔が熱くなってくる。少し明後日の方を向きながら、アシスとティアに言葉を返すと---
「・・・どうして、また眼帯を付けているの?」
表情は一切動かさずティアは、再びカイトが付け直していた その右目を覆う眼帯 を見ながら疑問を口にする。
「え? これは、なんて言うか・・・・・・普段は使わないようにしてるんだよ」
カイトはその問いに、少し曖昧に答える。
この目は、カイトにとって------主人から貰った光だから。
(本当に必要な時しか使わないようにしているのは、事実だしな)
「・・・あれだけ 強い力 なのに?」
「強い力・・・だから、かな。この力に頼ってばっかりじゃ、駄目な気がするんだ。主人は『お前の力だ』って言うけど、まだ慣れなくてな」
------そう、10年前に与えられたその日から・・・未だに慣れることない、光。
「……あんなに綺麗なのに」
「??」
ティアの鈴音のような声は小さく、最後の方がよく聞き取れなかった。カイトがもう一度聞き直そうと、ティアの口元に顔を寄せると---
「・・・・・・ん」
いきなりティアが背伸びをし、カイトの口に自らの口を合わせる キス をしてきたのだ。
「------っ!?!?」
カイトが驚愕のあまり硬直していると、
「・・・・・・助けてくれた、お礼」
ほんの少しだけ頬を朱色に染めたティアが、既に真っ赤になっているカイトの顔を見ながら告げる。
「・・・はぁう///」
これには近くで見ていたアシスも、表情に驚きを隠せずにいた。
「・・・・・・また」
それだけ言うと、ティアは少し駆け足で校舎の方へと向かって行った。今度はアシスが何も言わずに頭だけ下げると、その後を追って駆けていくのだった。
「随分と、クラスメイトの好感度を上げたみたいだな」
「予期しないほどにな」
運動着から制服へと着替えるため、更衣室へと入ったカイトとソウヘイは自身の棚の前に立って会話する。
「まぁ、いいんじゃないか。青い春が来たって感じで」
「そうなると、つくづく 蒼 に縁があるな、俺」
着替えながらそんなくだらない会話をしていると、その横で着替えていた男子生徒が声を掛けてくる。
「いやいや、カイトっちも隅に置けないなぁー! で、どの子狙いな訳!」
随分と楽しそうに会話に入って来たのは、チロル。そう言えば、この男・・・
「さっきの戦いで、お前の【魔法】は見てなかったけど・・・何の【魔法】を使おうとしたんだ?」
確か【魔法】を使おうとはしていた筈である。何か攻撃系のモノか?
「それは見てのお楽しみっ! まぁ俺っちの【魔法】ホントは、あの場面じゃまったく役に立たなかったと思うけどね!」
何故か言い方が気に食わないが、つまり攻撃系ではないってことか・・・。じゃあ、何で使おうとしたんだ?
「・・・・・・それじゃ、またな」
カイトとソウヘイ、そしてチロルがのんびりと着替えていると、すでに着替え終えたコウキが、身支度をして帰ろうとしていた。
「おう、またな・・・ってか、さっきは助かったぜ。あの 焔 が無かったら、正直やばかった」
カイトがコウキに向けて手を上げ、ついでにお礼も伝える。実際のところ、あの場面で一番の功労者はコウキだからな。
「確かに、あの焔は今日イチの活躍だったな。・・・そうだ! 今度お前んとこの主人がやってるパン屋に、みんなで行こうぜ! お礼も兼ねて、いっぱい買ってクラス会とかやれば楽しいんじゃね?」
「おぉ! いいね、いいねそれ! 俺っち大賛成!」
ソウヘイの提案に、チロルも楽しそうに頷く。
「・・・それは、主人も喜ぶと思う」
ティアと同じでいつも無表情でいることが多いコウキが、その表情に少しだけ笑みを浮かべたように見えた。そしてコウキは、カバンを持って更衣室を後にする。
「俺たちも、帰るか」
カイトの提案に、着替え終えたソウヘイとチロルが頷くのであった。
「・・・・・で、どういう事なのか説明して貰おうかしら」
校舎を出てからチロルとは別れ、ソウヘイと二人で下校していると---
マーシャに捕まった。
「・・・な、何を説明すればいいんだよ?」
「なぁ、俺まで正座する必要あります?」
仁王立ちで何故か怒った表情を浮かべるマーシャの前で、カイトとソウヘイは並んで正座させられていた。
マドニバルの中心都市、ドニバの中央通り---その真ん中で。
時刻は夕刻を少し過ぎた頃、夕食の買い出しや仕事終わりの住民たちがカイト達の姿を遠目から見ているのが分かる。そりゃあ、いくらなんでも目立つだろう。
・・・もちろん、悪い意味で。
「ソウヘイ、あんたは立ってもいいけど。カイト、あんたは反省が足りないようね」
(えぇ・・・理不尽すぎませんか、それ?)
マーシャの言葉でソウヘイは立ち上がり、正座しているのはカイト1人だけになった。
「痴話喧嘩よ」「痴話喧嘩だ」「ふふ、まったく初心なんだから」「俺もあれくらいの年には」「初々しいいわねぇ~」
何故だろう、すごい誤解を受けている気がする。
「あんた! 何でクラスメイトの女子に…その…キ…キ、キスなんかされてるわけっ!」
「いや、あれはどう考えても不可抗力っていうか、不慮の事故というか・・・」
「言い訳しない! ・・・・・・私だって、まだしてないのにっ」
マーシャの言葉は、最後の方が尻すぼみとなり上手く聞き取れなかった。
「何だよ? 言いたい事があるなら、最後まではっきり言ってくれよ。俺が悪かったから」
こうなったマーシャは何を言っても仕方がない。ここは自分の非を認めて、素直に謝るのが得策だ。幼い頃から一緒に過ごしてきたカイトだからこそ分かる技だ。
「だって、あんたは私の……っ!? 何言わせてんのよ! この馬鹿っ!」
(・・・やっぱ、理不尽だなぁ~・・・)
カイトは頭を掻きながら、真っ赤になったマーシャの顔を見る。
昔からマーシャはカイトに対して、理不尽に怒ることがあった。その度に今のように顔を真っ赤にして叫び散らすのだ。はっきり言って近所迷惑である。
カイトが周りの住民のみなさんに頭を下げていると・・・
「こら、頭を下げる相手が違うわよ!」「ありゃ、女の子の方も苦労するわな」「あの鈍さは強敵よ、頑張ってお嬢ちゃん!」「お前も昔はあんなんだったぞ?」「ちょっと、私だって恥ずかしかったんだから言わないでよ!」
なんか、もっと荒れ始めている気がする。
ここは取集が付かなくなる前に------
「すまん・・・いつもみたいに後は任せたわ、ソウヘイ」
「おう、いつもみたいに任されたわ」
依然として、ギャーギャーとお怒りの声を上げ続けるマーシャをソウヘイに託す。
そしてカイトは、
「【俺が望むのは、遠い地へと向かうこと。ただそれだけを望むのだ。そんな俺には何一つ障害はなく、一瞬でそれを叶える力があると証明しよう】」
【転移の魔法】を使い、この場から逃げることを選択するのだった。逃げるは恥だが、役に立つのだ。
「あの子ったら、あんな【高位魔法】が使えるの!?」「なかなか優良物件狙いだな、あの子」「あらあら、あれじゃ次に逢った時が恐いわよ」「ホント、昔の貴方にそっくりね!」「いや、俺はあんな逃げ方したことないよね?」
住民達の声を最後に、カイトの視界は真っ白に包まれた。
そして視界が晴れた時には-----
迷いの森でもさらに奥深く、そこに一軒だけ建っている我が家へと帰り着いているのだった。
「・・・・・・ただいま」
そう言ってカイトは、玄関の扉を開けるのであった。
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