第1章 課外授業編
第9話 行き先は帝国
「明日は課外授業を行う。行き先は帝国だ」
『……は?』
担任教師グランの発言に、クラス全員が素っ頓狂な声を上げる。
入学してから1か月が経過し、初日に行った授業の続きを淡々と受けていたカイト達。そんな中いきなりの発言である。これは驚くのが普通だ。
「ちょっと待って下さい! 課外授業があるとは聞いていましたが…こんなに早くですか?」
クラスの中でも聞きたい事は直ぐに聞くタイプだと最近分かったエッダが、挙手をしながらグランに尋ねる。
「それに行き先が帝国だなんて、危険過ぎるんじゃ?」
そう---ここ
理由は単純、帝国は奴隷制度を採用しており、魔法使いは奴隷としての需要が高い。
これだけ言えば、あとは誰でも理由が解るだろう。
「ちなみに、引率はあるんですか?」
「--- あるわけないだろ。自分たちの身は、自分たちで守れ」
恐らくクラス全員が解っていたが、この学園はなかなかに放任主義らしい。迷いの森に素人を放り込むようなことをするわけだ。
「じゃあ、ウチらだけで何をしに行けばいいん?」
もっとな疑問をユレメが口にする。その答えは誰も予想していなかったが、
「 おつかい だ。・・・そうだな、学園の小麦粉が切れていたからそれを。あとは調理実習の材料だな。来週やるから、献立は自分たちで考えてそれに合った材料を買って来い」
『―― おつかいっ!? 』
(・・・・・・あぁ、そういう事か・・・)
クラスメイト共にまた素っ頓狂な声を上げてしまったが、カイトはここでこの学園の意図に気付いた。そう、魔法使いが帝国に 買い物 へ行くことはよくある事なのだ。
そもそも文明レベルが向こうの方が上だし、品揃えや数なんかは圧倒的だ。帝国は冒険者制度とかいうのもあるため、彼らが採って来た 素材 なんかも店先に並ぶ。それ目当てで買い出しに行ったりするのである。
もちろん、カイトも行った事がある。それこそ主人のおつかいでだ。
つまり---この学園はそんな今後必要となる経験を、今のうちに積ませようという考えなのだ。
そしてこのおつかいは、魔法使いの弟子なんかや拾われた子どもの大事な役目でもある。
その理由は、
「だが、この課外授業では アシスとリゼット は居残りだ。居残り組は、自主学習を行うように」
帝国には、天女が創った結界があり、純血の魔女や魔士は入れないのだ|。
だからこそ、純血の家系であるアシスとリゼットは帝国に入れない。そのため居残りとなるのだろう。
まぁ、そんな訳で帝国内に入れない魔女や魔士に代わって、俺たちのような拾われた子ども達が帝国での用事を片すのだ。最近では、帝国に入る小間使いとして子どもを拾って育てる魔女や魔士なんかもいるらしい。
「それと今回は、4人一組の班で行動して貰う。その方が動きやすいだろう」
(確かに、8人全員で行動すれば目立つしな・・・、ん? そう言えば・・・)
「あの、ティアは行っていいんですか?」
グランの言葉に、カイトが挙手して疑問を言う。
---ティア・マクファージ。立派な苗字持ちの筈だ。
「ティアは問題ない、本来の学園生徒の部類だからな」
本来の学園生徒の部類・・・つまり、拾われた子どもってことか? なるほど、例外の部類か。
苗字持ちが純血の魔法使いであり、苗字を持たないのが拾われた子どもであるのが一般的だが、稀に苗字を持つ拾われた子どもがいる。
理由は簡単だ、捨てられた時から苗字があればいい。むしろそんな子どもも多いのだが、自分を捨てた家の苗字なんか嫌で使わない子が多い。そのため拾われた子どもは、名前だけの者が多くなるのだ。
「説明は以上だ。明日はいつもの朝礼の時間には、制服と 配布したローブ を羽織って広場に集まるように」
またも単的に説明を終わらせ、グランは教室を後にするのだった。
「帝国に行くのなんか久しぶりだな、主人の頼みで新しい釣り具を買いに行って以来だよ」
「俺っちはよく行くよ~ん! 帝国には流行りの衣服とか道具が多いしね!」
「・・・俺も主人の使いでよく行く。・・・パンの材料を買いに」
「俺もソウヘイと同じで、最近はあんまり行ってないなぁ~。主人の新しい本を買いに行くくらいだし」
最近よく集まるようになった鼠組の男子メンバー、ソウヘイ・チロル・コウキ・カイトの4人が授業終わりに教室の隅で会話していた。
1クラス10人で、しかも男子が4人だと会話も多くなるし自然と仲も深まってくる。いまではこうやって授業終わりに駄弁るくらいの仲だ。
「あんた達、別にそんな隅で会話しなくてもいいじゃない」
「そうですよ、教室は広いですし遠慮することはないと思います」
「・・・カイト、また狩りの話が聞きたい」
そして、何故か隅に行きたがる男子たちに声を掛けてくるのは、マーシャとアシス。それと最近やけにカイトに懐いたティアである。
「ホント、何でだろうな? 気付いたら隅っこの方で話してんだもんな」
「俺っちは、みんなが隅に寄るから付いてくだけだよ~」
「・・・俺は此処の方が落ち着く」
ソウヘイ・チロル・コウキが順番に答える。まぁ特に深い理由はないのだ。
カイトが他男子3名の言葉に苦笑を浮かべていると、
「…カイト、今度一緒に狩りへ行きたい」
そんなカイトに、ティアが直ぐ近くまで寄って来る。
「え? 別に良いけど、面白くないぞ?」
ただ草木に隠れ、動物たちが現れるのを待つのがほとんどだ。狩る量も、片手で持ち運べるくらいしか狩らない。多くても食べ切れずに、無駄にしてしまうからな。
最近帝国で流りの 燻製技術 を学ぶのもいいかもしれない。カイトが1人で考え込んでいると、
「別に気にしない。・・・カイトと2人きりになれるなら」
「ちょっと!? あんたいきなり何言い出してるわけっ!?」
「マーシャは奥手だから・・・・・・早い者勝ち」
「な、な・・・・・・っ!? ぽ、ぽっとでのくせに! 私の方がカイトのこと昔から知ってるんだからね!」
「・・・出会った順番は関係ない。それに、大事なのは過去より未来」
「ぐっ! なんて正論持ち出すのよ…っ」
考え事をしているカイトには聞こえていないが、こうしてマーシャとティアが言い争いをするのもいつもの光景なのだ。
入学してから1か月、何度かあった迷いの森での集団訓練で不覚にもカイトがクラスメイトの前で 普段は眼帯で隠れている右目 を見せることが何度かあった。
その度にクラスでのカイトの存在感は増していき、それからというもの何故かティアに懐かれ始めたのである。
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて。その辺にしとかないと、また担任に呼び出されるぞ?」
そしてこの争いをいつも収めているソウヘイの一言で、2人が無言で視線をぶつけ合う争いに切り替えた。前に【魔法】を使って争い始めたことがあり、さすがの
「おっすぅ~♪ また2人はカイト君の取り合い? 飽きないねぇ~♪」
「・・・・・うぅ///」
「エダエダも早く何か行動しないと、先越されちゃうぞ~?」
「え!? ぼ、ボクはそんなつもりは!?」
「えぇ~? 顔真っ赤だぞぉ~♪」
「・・・・・はうぅ///」
今度はユレメとエッダが、カイト達の輪に入ってくる。10人の内、9人が教室の端に集まるという奇妙な光景である。ちなみにユレメは、クラスメイトの女子に不思議なあだ名を付けている。
「あれ、そう言えば 委員長 は?」
「確かリゼットさんは、家の用事があるからと先に帰られましたよ?」
ソウヘイの疑問に、アシスが答える。この場に居ない唯一のクラスメイト、リゼットは自ら立候補しクラス委員長となったのだ。そして名家の生まれだと、やることもいろいろあるらしい。いつも忙しそうにしている。
「リゼッちとアシスんは、純血の家系だもんねぇ~。やっぱ忙しいの?」
ユレメがアシスに向かって疑問を口にする。
それに対し、アシスはその表情に笑みを浮かべて答える。
「私の所は代々 自営業 なので、御店番以外の時は然程忙しくはありませんよ。リゼットさんは習い事が多くあるそうなので、そのためかと」
(・・・習い事という、修行かな・・・)
つい先ほど会話を聞き始めたカイトが、そんなことを考える。リゼットは家の決めた習い事が多くあるらしく、戦闘訓練なんかも受けているらしい。
最近、メキメキと腕が上がっているのがその証拠だ。この調子なら、迷いの森の
「よし、俺たちもそろそろ帰るか・・・明日の準備もあるだろ?」
ここは代表してカイトが口を開く。このままでは、日が暮れてしまう。
「そうだな! 何かついでに買い足さなきゃいけない物がないか、確認しないと!」
「おい、一応は私用の買い物じゃねぇーんだぞ?」
「大丈夫だろ、あそこまで放任してるんだし。ちょっとくらい自分の買い物したって何も言われないって」
「……お前なぁ〜、俺は知らないからな」
ソウヘイの言葉に、カイトが呆れ顔で呟くのだった。
クラスメイトと別れ【転移の魔法】で自宅へと帰ったカイトを迎えたのは、また椅子に腰掛け本を読んでいる主人―――サーリン。
「お帰りなさい。今日はいつもより少し早いのね」
「いつもより駄弁らずに帰って来たからな」
カイトはサーリンに目を向けながら、机の上に荷物を置く。そして棚の中にいつも常備してある野菜や果実なんかを取り出して台所へと移動する。
「そう言えば……あした帝国に行くんだけど、何か必要な物はあるか?」
ソウヘイに注意しておきながら、結局カイトも考えることは同じである。帝国に行くのはなかなか面倒なので、用事はなるべく纏めて終わらせたい。
「あら、そうなの? じゃあ、この本の新刊を買って来て貰える?」
そう言ってサーリンは、自身が読んでいた本の表紙を見せてくる。いつもサーリンが読んでいるのは、確か帝国でも人気のあるシリーズ物だった筈。
「その新刊なら、売り切れてる可能性もあるから確約は出来ないぞ」
カイトは2人分の夕食を作り始めながら、サーリンと会話する。
「そこをなんとかするのが、主人への愛だと思うのだけど?」
「はいはい、分かりました。見つけてくればいいんでしょ、見つけてくれば」
まぁ主人の頼みを叶えるのも、下僕としての真価が試される事だ。なんとかしよう。
「今日は、野菜炒めと果実の盛り合わせって簡単な献立だけど……構わないか?」
「貴方の料理は何でも美味しいから、別に気にしないわ」
「はいはい、どうもありがとうございます」
カイトは野菜と一緒に、ドニバの商店街で買って来た豚肉を小さく切り分ける。そして自作のスープと一緒に鍋で炒めていく。その間に果実を切って置こう。
「ふふ、手慣れたモノね」
「いつもやってる事だからな」
カイトはそう言って、出来上がった料理を皿に盛り付けてから机へと運ぶ。
この家では、カイトが全ての家事を行なっている。これはいつもの光景なのだ。
そのままサーリンの向かいの席へと腰掛けると、料理に前で手を合わせた。
「「――いただきます」」
向かいに座るサーリンも同じように手を合わせ、2人同時に口を開く。
これも、この家のいつもの光景。
変わる事のない、いつもの日常であった。
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