アルメラ包とマポマポチョーコン(後編)

さて、こうして人類は現実には存在しない概念で興奮できるようになりました。セックスやレイプ以上という設定ではあるが、現実には存在しない行為で性欲を満たす。これは性表現が人間の行動に悪影響を与えると考えていた人達にも朗報だったのではないでしょうか? 事実、マポマポチョーコンやフニフニプーロンの流行と共に性犯罪の発生率は著しく低下したというデータがあります。また、現実の人間にマポマポチョーコンを真似る言動を行っても、馬鹿馬鹿しいと認識されるだけという風潮であったため、そうした行動をとる人も居ませんでした。


これで人類が今まで抱えていた性に関する問題は万事解決? いや、そんなことはありません。2040年代後半、マポマポチョーコンが重大な社会問題を引き起こすのです。


当時流行していたVRMMO『夢騎士~paradise Paladianne~』の広告塔的なキャラクターであったヒミコ・エリザベートは、よく二次創作でマポマポチョーコンの対象になっていました。艶のある翡翠色の髪と赤く分厚い唇、絹のような白い肌をした少女の容姿が、世の男性達の「マポマポチョーコン欲」を誘ったのです。


二次創作を行う人々は気付いていましたが、二次的創作でマポマポチョーコンをされるのは特定のキャラクターに集中する傾向がありました。一人の人物があるキャラクターがマポマポチョーコンを受ける作品を発表すると、人々は後を追うようにそのキャラクターばかりをマポマポチョーコンの対象にするのです。2000年代から性表現を含む二次創作は一般的に行われており、多くの企業も寛容な態度を取るか黙認しているという状況であったため、当初マポマポチョーコンを含む二次創作が特段問題視されることはありませんでした。


しかし、ヒミコ・エリザベートがマポマポチョーコンを受ける二次創作が溢れるにつれ、ネットでは次のような発言が散見されるようになりました。「マポマポチョーコンを受けるキャラクターに誇りが持てない」「ヒミコは穢れているような気がしてきた」「ヒミコのグッズを捨てた」「マポマポチョーコンが連想されてしまうのが嫌でゲームのプレイを止めた」。


次第にヒミコ・エリザベートを初めとした『夢騎士』関連のグッズの売上は低下し、予定されていた他企業のコラボレーションも次々中止になりました。数ヶ月で『夢騎士』はサービスが停止、運営会社の株価まで大暴落してしまったのです。


ヒミコの次には『宇宙そら惑星ほし協奏曲コンチェルト』という作品のあずまあやというキャラクターが集団マポマポチョーコンの対象となりました。このコンテンツも半年でファンによる大量のグッズ廃棄や収益の低迷が生じ、著作権ホルダーであった企業の株価が急落を始めました。


この状況が明るみになると、嫌いなコンテンツのキャラクターを意図的にマポマポチョーコンする人々も登場しました。マポマポチョーコンの対象となったコンテンツのファンが、報復として加害者がファンであるコンテンツのキャラクターにマポマポチョーコンするという事態も起こりました。性的な二次創作には寛容だった企業も、マポマポチョーコンには法的手段により徹底的に対抗するという態度を取り始めます。この「マポマポチョーコン戦争」の時期には、非常に多くの人々が著作権や著作者人格権の侵害により逮捕されることとなったのです。


二次的創作に法的措置が取られたことで状況は改善したのかというと、そうではありません。さまざまな技術的手段により身元を特定されないようにして他人のキャラクターをマポマポチョーコンする者が大勢居たためです。また小説など文章による表現はキャラクターが図柄として描かれることがないため、著作権法上の複製であると認定しづらく、マポマポチョーコンの抜け道として機能していました。訴訟を提起する余裕が無いような個人が趣味で公開している作品のキャラクターが、嫌がらせとしてマポマポチョーコンされることもありました。


インターネットの裏社会と呼ばれるダークウェブには、マポマポチョーコンを請け負う人物まで現れました。ライバル企業のキャラクターの評判を貶めるために利用する人が居たのです。有名なコンテンツを運営する企業が依頼していたことも発覚し、大スキャンダルとなった事件もあります。


以上の経緯もあり、他人の著作物に対するマポマポチョーコンは法律で特別な条項を設けて規制する必要があるとの世論が高まりました。その結果、2052年の著作権法と不正競争防止法の改正において、マポマポチョーコンは遂に法律の条文にまでその名を刻むこととなります。


著作権法113条の著作者人格権の侵害とみなす行為に「マポマポチョーコン又はそれに類する行為を描写する方法により、著作物を利用する行為」が加えられました。マポマポチョーコンは既に規制対象であった「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」に含まれるものとされていましたが、裁判での立証を容易にすることや、被害の重大性を考慮し、個別の条文で禁止されたのです。大半が被害者の告訴がなければ処罰できない親告罪である著作権法において、マポマポチョーコンによる著作者人格権侵害は非親告罪とされました。


また、キャラクターの図柄を描かない方法によるマポマポチョーコンを規制するため、不正競争防止法で不正競争と規定される行為に「不正の利益を得る目的で、又は他人に損害を加える目的で、マポマポチョーコン又はそれに類する行為を記述する方法により、著作物又はキャラクターその他著作物の一部を構成するものの呼称を使用する行為」が追加されました。


元々はファンタジー世界の架空の概念でしかなかったアルメラ包とマポマポチョーコン。それは今や人類にとって紛れもない現実の一部なのです。

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