アルメラ包とマポマポチョーコン(前編)

世界的に性表現の規制が厳しくなった2030年代、アダルト作品や性描写の多い作品を専門にしていた作家達は様々な形で転向を余儀なくされることとなりました。


多くの作家は露骨なセックス描写を避け、ヌードやハプニングといったカジュアルな性表現へと転向する道を選びました。たとえば、ヒロインの服がアクシデントで破けてしまったり、転んだヒロインの豊満な胸が男性主人公の顔に当たるなどといったものです。アダルト作品や青年向け作品も、こうした少年漫画のようなラッキースケベ的な性表現を中心にせざるを得なくなったのです。


一方、別の手法で規制を回避しようとした作家達もいました。その手法とは、性的な行為のメタファーとなる行為を描くことで読者の好色に訴えることでした。


代表的なものを挙げれば、女性キャラクターが口にキノコを押し込まれたり、牛乳をかけられたり、虫の怪物に産卵されたりするなどです。性行為ではないもののそれを連想して興奮する人が一定数居る描写が、アダルト作品や青年向け作品に多く登場するようになりました。こうしたメタファー表現は恋愛モノよりも、レイプシーンが中心のダークな作品の後継作で多く使われていました。


そんな中、ある奇妙な作品が生まれました。『マポマポチョーコンされた女剣士』という題名のファンタジー世界を舞台にしたアダルトコミックです。略称は『マポ剣』。


驚く人も多いかもしれませんが、みなさんご存じあのマポマポチョーコンの発祥は一冊の本なのです。この本が発行される2036年までマポマポチョーコンという概念は人類の中に存在しなかったのです。


現在の多くのフィクション作品がそうであるように、『マポ剣』の世界では女性はアルメラ包という器官を身体の中に持ちます。アルメラ包は直径8センチほどのマゼンダ色の袋が三つ連なった形をしており、普段は第四腰椎の左辺りに格納されています。殺される一歩手前ほどの恐怖を感じることで、パカッと背中の一部が開き、外部に飛び出す性質があります。


アルメラ包の存在は『マポ剣』の世界の大半の男性達には知られていません。女性とごく一部の男性のみが知るだけなのです。女性はそうした器官が自らの身体にあるという情報を女性のみで共有しており、女性達に信頼される一握りの男性のみがその存在を伝え聞くことが許されるのです。


なぜかというと、アルメラ包は女性にとってかけがえの無い大切な器官であり、それをマポマポチョーコンされてしまうことは女性にとって何より耐え難いことであるためです。もしそれらの概念の存在を知られれば、高潔でない男達は本能的にマポマポチョーコンに及んでしまうのです。だから、ちょうど大人が子供からセックスというものの存在を隠すように、女性達はアルメラ包の存在を男性達から隠しているのです。


マポマポチョーコンはアルメラ包を様々な方法で侵襲する行為の俗称です。マポマポチョーコンのフォーマルな表現としては「解粒かいりゅう」「バルサーション」などがあります。


アルメラ包の三つの袋は、それぞれアモモ球、プッツェ管、ゲモノリョ島という別の器官を保護しています。アルメラ包の袋はラブナと呼ばれ、ラブナに刺激を加えると開いて中の器官が露出します。この三つの器官を弄られた女性は心身に重大な変化が起こります。


マポマポチョーコンの序盤は、悪漢達が二つのアモモ球を使って女性の快楽と「忌舐きし」を恣にコントロールすることから始まります。


アモモ球は薄桃色と暗赤色の二つの球が連なった形をしているのですが、この薄桃色の球に触れられると女性はこの世のいかなる体験よりも強い快楽を感じます。反面、暗赤色の球に触れられれば「忌舐きし」という感情を味わってしまいまうことになるのです。この忌舐は快楽とも苦痛とも全く違った概念で、女性にとって決して耐え難いものだとされています。一度体感すれば最後、精神に異常をきたし、その後はまともな生活が送れなくなってしまうというのです。


プッツェ管はちくわに似た円筒形の構造をしているのですが、プッツェ管の穴の内側が擦れると女性は理由無く感謝の念を抱いてしまいます。たとえ暗赤色のアモモ球を弄られた相手であっても、プッツェ管の内側を刺激させるとお礼をせずにはいられなくなるのです。その結果、女性は自ら暗赤色のアモモ球やゲモノリョ島を差し出してしまうことになります。勿論、これは忌舐の感情が和らいだわけではなく、理性に反してそういう行動を取ってしまっているに過ぎません。


ゲモノリョ島は八つの小さな純白の粒です。忌舐を感じれば感じるほどこの粒が黒ずんでいき、最後は真っ黒になってしまいます。真っ黒になったゲモノリョ島は、少しの刺激でポロっと外れます。男性の肋骨付近にはマチーラル包というスポイトのような器官があり、ゲモノリョ島を吸引し内部に格納する機能を有しています。それで八つ全てのゲモノリョを吸収することで、マポマポチョーコンという行為は完結するのです。


ゲモノリョ島を奪われた女性は「畢昇獄ひっしょうごく」という感覚を抱きます。『マポ剣』においてこの畢昇獄がどのような感覚なのかは明言されていませんでしたが、快楽とも苦痛とも忌舐とも方向性の異なる「えげつない」感覚だそうです。畢昇獄は女性のその後の人生に忌舐とは比べものにならないほどの悪影響を与えるのだとか。『マポ剣』のヒロインであるサーシャは八つ全てのゲモノリョ島を吸われてしまうのですが、それはとてつもない畢昇獄を味わったことでしょうね。


マポマポチョーコンが女性にとってさらに悲惨なのは、その行為を受けた女性は女性達のコミュニティから排斥の対象になることです。一度でもマポマポチョーコンの被害に遭うと、アルメラ包は体外に露見したままになってしまいます。また、マポマポチョーコンを受けたアルメラ包は一生特異な臭いを放つ性質があります。


したがって、マポマポチョーコンの被害者の存在は、世の男性達にアルメラ包の存在が知られる大きなリスクになるのです。その帰結として、マポマポチョーコンの被害者もまた存在を知られてはならないものとして扱われ、社会的な排斥の対象となってしまいます。


さらには、ゲモノリョ島を保護するラブナは刺激を加えるだけでは開くことがなく、女性が許容することで始めて中の器官が露見します。したがって、この器官を開放した者はマポマポチョーコンを受け入れたことになり、世の女性達やアルメラ包の存在を知る男性達からは裏切り者として扱われてしまいます。


また人間は本能的にアルメラ包やマポマポチョーコンに関わることを穢れと認識するため、マポマポチョーコン被害者というレッテルを貼られることは、理由付けが無くとも穢れとして扱われることとイコールなのです。マポマポチョーコン被害者当人も自身を穢らわしいものと感じ、自尊心を破壊されてしまいます。


なお直接的な描写は無いものの、『マポ剣』の舞台となる世界にもセックスやレイプという概念は存在しています。しかし、それらはアルメラ包やマポマポチョーコンの存在を隠すためのまやかしに過ぎません。作中の女性達は、そうした行為をセンセーショナルに扱うことで「オトリ」とし、それ以上に重大な概念を隠蔽しているのです。つまり、『マポ剣』の世界ではセックスやレイプの方がマポマポチョーコンのメタファーに過ぎないわけです。


このマポマポチョーコンですが、作家のSNSであらすじが発表された時にはそんなもので興奮できる訳が無いと笑い物にされていました。しかし、いざ発行されてみると「幼稚なお色気より興奮できた」「キノコや牛乳のようなありきたりなメタファーよりイケる」などの感想がSNSを賑わせることとなりました。『マポ剣』は性表現が極度に禁圧された世界に、一筋の光明をもたらしたのです。


信じられないという人は、次のような事例を考えてみると良いでしょう。たとえば、官能小説で「Gスポット」や「ポルチオ」などの言葉を知ったとします。それがどこにありどのような形状をしているのかを具体的に知らなくても、強烈な性的快楽に結び付くものであるという情報さえあれば、読者は興奮できます。


すなわち、人間は「あるものが異性の身体にあり、性的な意味合いを持つ」という情報が社会的に共有されていれば、未知の存在や、それが本当にあるのか分からない概念にまで、性的感情を抱くことができるのです。


『マポ剣』の作者はアルメラ包やマポマポチョーコンというアイデアに著作権を主張しない旨を公言していました。そのため、次第にマポマポチョーコンは他のアダルト作品にも登場するようになり、男性版のアルメラ孔や、愛情のある人が適切に扱えば快楽のみをもたらし後遺症も生じないという設定も作られました。


セックスのメタファーとなる行為を性描写とみなして規制しようという議論もあったものの、2040年代になると表現の自由を守ろうという意識が強くなっていたため、実施されることはありませんでした。それどころか、性器やセックスでも暴力でもないため規制にかからないということで、ついには一般作品にまで登場するようになったのです。その状況が架空の器官や行為を社会共通の認識としたためか、ますますそれらの描写に欲情する人々が増えました。アルメラ包やアルメラ孔、マポマポチョーコンやその合意版であるフニフニプーロンは、まさにフィクションの世界において「現実」となったのです。


2040年代初頭、本来のセックスやレイプの描写も解禁され始めました。しかし驚くべきことに、それでもなおマポマポチョーコンやフニフニプーロンを題材にした作品の方が人気を維持し続けたのです。セックスやレイプを描いた作品は売れず、むしろ衰退の道を辿っていったのです。

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