魔術書『ピクテポクテコン』



『ピクテポクテコン』という本は決して最後まで読むことが出来ないと言われています。なぜ最後まで読むことが出来ないかというと、分厚いとか、内容が難しいとか、未知の文字で書かれているからといった理由ではありません。その理由はズバリ「つまらない」からです。


「つまらない」とは言っても、その内容は価値の無いものではありません。誰も読破したことが無い本である以上真偽は不明ですが、『ピクテポクテコン』の著者であり有能な魔術師でもある小説家モッツアピーク夫人の証言では、誰にも明かしたことの無い秘術の手順が書かれているそうです。


秘術の内容を明らかにしようと、偉い大学の学者達が集まって必死に読破を試みましたが、二十一人全員が十ページ足らずで読むのを放棄してしまいました。それぐらいつまらないのです。


なぜそれほどつまらない本が書かれたかと言うと、当時の王様が学術書に必要の無い諧謔入れるなどして娯楽性を持たせることを学問の風紀を乱すとして禁止したためです。この政策に反発したモッツアピーク夫人は皮肉として「読めないぐらいつまらない本」を書いたのです。彼女はきっと、人が学ぶためには楽しさが必要であると言いたかったのでしょうね。


人間は古典小説や学術書のような難解な本を読むときでも「私はこんなに難しい本を読んでいるんだ」という優越感をインセンティブに読み続けることができます。しかし、この本はそうした優越感さえも得られないように出来ているのです。


解読に関わった学者の一人によれば、子ども向けの低俗な内容が冗長に綴られており、読む価値の無い下らないものだと感じて放棄したそうです。そうした本の性質により、それ以降は解読の事業さえ行われていません。


『ピクテポクテコン』は現在アメリカのカリフォルニア州にある中学校の図書館の隅にひっそりと置かれています。魔術書に関心を持った思春期少年が何かの拍子に読破してしまわないかと期待して蔵書されたとのことですが、未だに達成されていません。生徒へのインタビューによると、禁断の魔術書という文句に惹かれてページを開いたものの、文章が難関な割に中身が幼稚過ぎて読む気がしなかったとのことです。


なお、秘術に関わる重要な箇所をつまみ読みすれば良いのではと思う人がいるかもしれませんが、モッツァピーク夫人によると秘術の手順は『ピクテポクテコン』の全体を通じて理解できる仕掛けになっているらしいので、その手は通用しませんよ。悪しからず。

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