空想モノゴト辞典

matsmomushi

紙魚(しみ)



長期間手入れをしていない本には紙魚が発生していることがあります。その本が小説であれば紙魚は物語の中に文字として突然あらわれます。例えば、次の文章は夏目漱石の『こころ』の一説ですが、見事に紙魚が入り込んでいますね。


「私は毎日海へはいりに出掛けた。古い燻ぶり返った藁葺の間を通り抜けて磯へ下りると、この辺にこれほどの都会人種が住んでいるかと思うほど、避暑に来た男や女や紙魚で砂の上が動いていた」


紙魚は魚と言うだけあって、水気の多いの場面によく発生します。海や川などが頻繁に登場する本は特に注意が必要です。一匹が現れると、瞬く間にゾロゾロと作中の至るところに沸き始めるため早めの駆除をしましょう。駆除を怠ると、登場人物の行動が紙魚に影響され、次のように物語が書き換えられてしまうこともあります。


「私は毎日海へはいりに出掛けていたが、ある日古い燻ぶり返った藁葺の間を通り抜けて磯へ下りると、死肉に沸く蛆の如くびっしりと蝟集した紙魚の群れにうんざりし、宿へと帰還した」


駆除には訂正記号を使います。紙魚の数が少なく物語への影響が無いうちは、赤ボールペンで「紙魚」の文字の両端に斜線を引いて間を横線で繋いで「トル」と書きましょう。「大量の紙魚」などという文字でも、筋書きに影響が無ければこの方法で構いません。


紙魚の数が増え、筋書きが書き換えられているような状態の場合、挿入の記号を使って「辺りの紙魚は全て死に絶えた」などの文を追加しましょう。そのまま数日放置すれば、紙魚達が作中から姿を消し、元の筋書きに戻っているはずです。


近年の紙魚は耐性を付けつつあるため、物語の内容にそぐわない不自然な文を追加しても死なない個体がいるとの報告もあります。そうした耐性紙魚に出くわした場合には、「周辺地域では紙魚の駆除が定期的に行われている」などの洗練された文章を追加しましょう。少しぐらいなら筋書きが変わっても良いと思う場合は、登場人物に紙魚を駆除させるのもお薦めです。


なお、あなた自身が小説を執筆する場合は、事前に紙魚の対策をしておくことが大切です。水場の場面では「辺りには一匹の紙魚も見えない」「紙魚は生息できない環境の海である」などの一文を入れておくと良いでしょう。紙魚はアルカリ性の強い水場を好まないとの報告もあるため、「紙魚」という言葉を登場させたくない場合は水質をアルカリ性に設定する方法もあります。


なお、最近では紙魚駆除に有効な文章が書かれた防紙魚しおりや防紙魚ブックカバーも販売されています。

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