第3話 ジャンの葛藤

「皆、集まってくれ。」

 クリスの言葉を聞き、バンドのメンバーが集まった。

 ベースをチューニングして居たジャンも、クリスの元へと急ぐ。

 クリスが言った。

「今回は、これがファーストアルバムだ。ドラムスのエディーが書いた。これに曲を載せたのがジェイニーだ。」

 エディールクシアとジェイニーレインは、お互いに歩み寄り皆が拍手する中、握手をしてポーズを決めた。

 クリスもエディーもジェイニーも皆嬉しそうだ。

 その中でただ一人、ジャンハザウェイは云い様の無い焦燥感を抱えて居た。

「つまんねえ・・・。皆、楽しそうにしていやがって。最近ジェイニーを小突いてもあいつ何も言わないんだよな・・・。デトロイトに行ってから性格が変わっちまったとしか思えねえ・・・。」

 そんな事をブツブツ独り言の様に呟くジャン。

 しかしクリスは、聞こえたのか聞こえないのか更に大きな声で皆に言った。

「これから譜面を配るから、皆譜面を良く読んで居てくれ。レコーディングの最初はエディーのドラムからだ。」

 そして、他のレコーディングスタッフが譜面を配り始めた。

 そこで、ジャンにも譜面が配られた。

 一番上には、社外秘の赤丸が付けられている。

 シャイニングレイのファーストアルバムのロサンゼルスの葛藤だった。

 ジャンは片手で、それを見ると譜面を読み始めた。


 俺の全てをくれてやる

 Only One

 俺は傍にいつでも居る

 お前なしでは生きられない

 お前の為に生きる

 必要なんだ

 Give me the herat

 離れるなんて考えられない

 お前の為 何でも出来る

 例え地獄に落ちようと構わない

 I live for Love

 I live for Die

 You Can Die for You


 俺の生き様くれてやる

 Only One

 痛くなる程抱き締めたい

 重なる鼓動の歌声

 重ね合った熱

 それが全て

 Lock In The Heart

 俺は俺 衝動に逆らえない

 お前の為 何でも出来る

 愛と云う名の ギルティーなら構わない

 Ilive For Love

 Ilive For DIe

 You Can Die For You


 ジャンは歌詞を読み進める度、鼓動が鳴った。

 まるでまるで自分の事を言われて居るみたいだ。

 何でエディーとジェイニーは、これが書けたんだ。

 俺なんて逆立ちしても、こんなの書けない・・・

 苛立ちがジャンを襲った。

 俺は、このグループに本当に必要な存在なんだろうか?


 その後二番手にベースのジャンがレコーディングをする事になったが、まるで間違いだらけでジャンは指が動かなかった。

 クリスだけでなく、レコーディングスタッフはジャンのいつもの指の動きと違う為、彼を酷く罵倒した。

「おい!ジャン!何を見ているんだ?譜面をシッカリさらっておけって言っただろ!」

 クリスが怒鳴る。

「どうしたんだろう?いつものジャンらしくない」

 エディーが口を濁らせた。

 ジェイニーも、そう思って居た。

 だが、ついにジャンのベースの音が止まった。

 エディーのドラムスの音が続いているのにだ。

「ジャン・・・!どうした・・・!?あっ!?」

 それと同時にジャンはベースを持つとベースケースをそれを閉め、レコーディングスタジオから出た。

「俺はやりたい様にやる。ジェイニーもクリスもエディーも俺が居ないとレコーディング出来ないもんな・・・」

 ハハっとジャンが笑う。

「せいぜいベースが無い曲で仲良くして居ればいいさ・・・じゃあな・・・。」

 その一言を残しジャンはスタジオを出て行ってしまった。

「ジャン!あの野郎!」

 クリスがレコーディングスタジオを出てジャンを追いかけたが、ジャンは何処かへ行ってしまった。

 慌ててジェイニーがクリスを追いかける。

 しかし、そこにはクリスが唖然と立ち尽くして居る姿しかなかった。

「クリス!ジャンは!?」

 ジェイニーが驚いて聞いたが、ジャンの姿は何処にもなかった。

 と、言うよりもクリスが何かをブツブツ言っているのが聞こえる。

「・・・クビだ・・・」

「えっ!?」

「ジャンはクビだっ!!あんな奴はいらんっ!おい別のベース連れて来いっ!!」

「別のベースって・・・いきなりそんな事言われても誰も居ないよっ!」

 ジェイニーが驚いた様に突っかかる。

 それに連られてジェイニーも、あっと口を滑らせた。

「どうしたんだジェイニー!?」

「ジャンが持っていた社外秘の『ロサンゼルスの葛藤』の譜面回収したか?」

 クリスが青冷めた。

 そして、レコーディングスタジオに戻ると「おーい大変だっ!」と喚き散らした。


 ジェイニーがスタジオに戻ると、スタジオは大混乱していた。

「ジャンを探すんだっ!あれがライバル会社に知れたら大変なことになるっ!!」

「ルクスに電話しろっ!!」

 スタジオは混乱していた。

 それを見て居たジェイニーが言う。

「クリス!いくらジャンでもそんなことはしないよっ!!」

「何でそう言い切れる?」

 クリスが冷たく突き放す様に言う。

「それは・・・。」

 グッとジェイニーは自分の心を押し殺した。

 そう言えば、ジャンは自分をバンドから追い出した張本人だった。

「あいつは、前からひねくれて居てこのバンドと合わないと思って居たんだ。それが最近一層ひどくなりやがって。俺達がこんな生活をして居られるのも、今回の『デトロイトロックシティの残り香』のおかげだって事、分かってなかったみたいだな。」

 クリスはスマホを持つと、ジャンの携帯の番号を調べ、電話を掛け始めた。

 電話が切られている。

「ジャンが電話を切っている!あいつ、どういうつもりだ!」

 クリスが怒って電話を切ると、別のレコーディングスタッフから声が掛かった。

「クリス。ルクスから電話だ。」

 クリスは、生唾をゴクンと飲み込むとルクスの電話に出た。

「クリスです・・・。」

 ルクスの言葉はこうだった。

 今すぐ私の元に来るようにとのことだった。

 ルクスは今日、ライバル会社のバンド、『サベージパンプキン』のレコーディングに立ち会っていた。

 ルクスは、フリーランスのプロデューサーだったからだ。

「ジェイニー。あとは任せた。俺はルクスの所に行ってこれからの方針を決めてくる。多分この曲はファーストアルバムにはならないだろう。」

「そうか・・・。分かった。とにかく気を付けて・・・。」

 ジェイニーがそう言うが早いか、クリスと、マネージャーのダンマーシーはルクスの元へと出かけて行った。

 ジェイニーもジャンの携帯に電話を掛けてみたが、やっぱり電話は切られていた。

「ジャン・・・何でこんな事を・・・。」

 ジェイニーは、ジャンの気持ちが分からなかった。


 一方、電話を切った、ジャンはロサンゼルスの海岸に居た。

 そして社外秘の『ロサンゼルスの葛藤』を出すと、日に掲げた。

 時間はお昼を回っていた。

 もうバンドにも戻れない。

 ジャンは心の中で、ポールを探していた。

 ポールは今日も社員としてユナイテッドレコードで働いていることであろう。

 ジャンは、一人、その曲を口ずさんだ。

「お前の為何でもできる。愛と云う名のギルティーなら構わない…ギルティ…。」

 ジャンは、その言葉を、何度も口にした。

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