男は苦労していた。
◆
やばい。そろそろ膝が笑い出した。ついでに腹筋痛ぇ。
どうも敗因は日頃の運動不足にありそうだ。ずーっと座ってパソコンで作業してたから……。なんていう反省は今じゃなくていいか。
あの衝撃的なファーストコンタクト以来、俺とあいつは幼馴染と呼ばれる関係だ。小学校も中学校も高校も、学部は違うが大学も一緒だった。全部俺が偏差値を合わせていたってのもあるが。
長い付き合いだと、そこそこ喧嘩もする。
例えば、「きのこ」か「たけのこ」か(この喧嘩は未だに決着がついていない)。「うどん」か「そば」か(昼飯を一緒に食う時、お互い譲り合ってしまい、勃発)。酢豚のパイナップルは、ありかなしか(俺はナシ派)。
……くっそくだらねえ上に、全部理由が食べものってどういうこった。
こんだけ喧嘩をすると、その後あいつがどこへ行くかは大体決まっている。
ただ、それはあいつもわかっていることだろうし、あえて俺からの行動を望んで場所を固定しているんだと思う。あいつはすぐに謝ることが出来る。謝れないのは俺だ。
謝れば許してくれるのはわかっている。
けれど、謝った瞬間、自分が相手に支配されやしないか、言いなりになってしまうのではないかと恐れてしまうのだ。
あいつはその俺の弱さを見抜いている。だから離れるのだ。置いて行かれた俺は、あいつに嫌われてないか気になって、自分から会いに行く。そしたらあいつは、「ごめん」と口にするのだ。
口で言えない俺が会いに行くことで、謝罪しているとみなしている。俺はそれに甘えていた。
だから、あいつは逃げたんだろうか。
過剰な恐怖は、暴力を振るう奴が常に持っている。
ガキの頃にDV受けたやつが家庭持って同じこと繰り返すっていうのは、絶対というわけじゃないけど、あることだから。
……だめだ。思考がとっちらかってる。
というか、今反省すべきことはそれじゃない。
俺の性格とか資質とかもあるかもしれないけど、多分あいつが逃げた一番の理由は。
俺とあいつはただの『幼馴染』で、恋人の過程吹っ飛ばしてプロポーズしちまったってことだよなあ……。
そりゃ逃げるだろ。自分でも思う。うん。
だが原因は、あいつでもあるんだ。
中学校の卒業式にはじめて、「付き合ってくれ」と告白。返ってきた返事は「いいよ。卒業記念、どこに行く?」。テンプレすぎて笑えない。
高校の夏休み。ちょっと大きい神社の夏祭りで告白。わかりやすいように「恋人になってくれ」と叫んだ。しかし返ってきたのは「鯉にエサやってくれ?」。人が多すぎてうるさいのと、あいつはやたらと境内の池の鯉を気にしていたので、多分先入観によって聞き間違いを引き起こしたんだろう。三度ぐらい言い直したが、四度目で折れた。心が。つーかここまでグダグダだとムードもあったもんじゃない。
そして現在。大学終わる前にせめて告白しようとは思っていた。けど、今日しようと思ったわけじゃなかった。
滅多に見られない大雪だった。あいつの卒論が「ようやくひと段落ついた」とかで(俺は理系だがあいつは人文系)時間の余裕があって、じゃあ久しぶりに散歩でもしようぜってことになって。
シロツメクサの緑で見慣れていた公園が、今は真っ白に変わっていた。先に誰かが来たんだろう。足跡が残っている。
あいつは使い慣れたブーツで、丁寧にその足跡を辿っていた。なんでそんな歩き方するんだ、と聞いてみたら、『だって、雪を汚しちゃうじゃん』と返ってきた。
『泥だらけだったら、後から来るちびっこががっかりするでしょー』
その歩いているのを、後ろから見て。
綺麗だな、愛おしいなと思った。
気づいたら、好きだ、付き合ってくれと言っていた。
そしたらあいつは、私も好きだよ、と言った。
多分これは「友達として」って続くだろうと思って、なんかこう、そのありふれた展開にイラっとして、
『じゃあ結婚してくれよ!!』と叫んでいた。
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