第2話帰るもの、行きし者

「うぉ! まだいた! あれ、絶対妖怪だぜ!」

「しっ、聞こえるよ? 失礼でしょ?」

「いや、大丈夫だ。俺、ガキの頃から知ってるけど、あのばあさん耳が遠いんだ。聞こえねぇよ。しっかし、まだ生きてたとはね。あれ見たら、本当に帰った気になったよ」

「ならいいけど……。でも、健二の生まれた街だしね。どう? やっぱり変わった?」

「変わったさ。でも、変わらないものもあるな。例えば、あの観覧車とか。ここからなら、見えるだろ? 正面の建物、あのデパートの屋上に、小さな観覧車があってだな。ガキの頃、よく連れて行ってもらったもんだ。ああ、懐かしいな」

「観覧車? どこ? ねえ? どこ?」

「ふふっ、美優ったら。ほら、パパに肩車してもらったら?」

「へっ! 任せとけって! ほら、美優! どうだ? 見えるだろ?」

「ホントだ! 美優、のりたい! ねえ、パパ、ママ! いいでしょ?」

「ああ、もちろんだ。これからここで暮らすんだ。パパが色々と教えてやるぞ! それ!」

「ふふっ、どっちが乗りたいんだか。でも、そうよね。生まれた街って、そういうものなのかもしれないわね。健二! 慌てて転ばないようにね!」



ふん、ハナタレ健二も今じゃ立派な人の親というわけかい。しかも、綺麗な嫁さんまで連れてるじゃないかい……。やっぱり健二はあたしと同じで、いい目を持ってたんだね。真実を見る目というべきかもしれないね。まあ、見た目にはそれほど変わってるとも思えないけどね。しかし、久しぶりに帰ってきたかと思えば、お前までこの街で暮らすとはね。

先月、泣き虫直子も帰ってきたし、悪戯伸二も帰ってきた。これでまた、あのワルガキどもが揃ったというわけだ。

しかも、全員子供を連れてきている。


やれやれ……。また、騒がしくなるのかね。いや、少しは大人になったと思いたいもんだ。

でも、三人とも子供を観覧車に誘っているね。そんなにいいもんかね。あたしは興味なかったから、この年まで乗ろうとも思わなかったけどさ……。

でも、あの三人のことだしね……。やっぱり、よくわからないね。けど……。他の人間もやっぱり乗ってたしね……。


そんないいもんなのかね……。

うん、そんなにいいもんなら、一度くらいは乗ってもいいかもしれないね。


それにしても、観覧車ねぇ……。変わらない景色に思えるくらい、もうしっくりなじんじまったね。


あの建物が出来た時は、名物で色んな人がうわさしてたさ。色々な意味で、あの建物はこの街に大きな変化を持ってきたのかもしれない。

それがどうだい。時間の流れというのは、本当に面白いもんだよ。

今じゃ、すっかりこの街になくてはならないものになっている感じがするね。帰ってくる人間は、必ずあそこに行くんだから……。


そうさ、街は変わっていく。生きるために、成長するために変わっていく。成長するということは、変化することなのさ。

多くの人間が、この街で生まれ、育ち、育み、老い、そして死んでいった。


暮らすヒトが変わっていくんだ。暮らす街が変わるのは当たり前の事。

そんな風に、ヒトは本能で知っているのかもしれない。

でもその中で、思い出として変わらないものがあるというのは、ヒトにとって喜ばしいものなのかもしれないね。しかも、それが世代を超えて共有できるということは、かけがえのない嬉しさにつながるのかもしれないね。


親から子へ。

同じ感覚を共有する。やがてそれが孫にいたれば、その喜びはひとしおなのだろうね。

あの三人の行動は、まさにその事を表しているんだろうね。


まあ、天涯孤独のあたしには関係ないことだったんだけどね。

でも……。そうさね……。

見なければ見えないように、気にしなければ、気にならなかったんだ。

ここからなら、あたしにもあの観覧車が見える。でも、ここから向こうに近づくと、すぐに見えなくなっちまう。ほんと、今まで気にしたこともなかったけど、気になっちまったもんは仕方がないね。


ああ、これはヒトとの付き合いにも似てるかもしれないね……。


目の前を通り過ぎていくヒト、そして観覧車。


今のあたしにとって、この街の一部になってたのにさ……。でも、知っている人間が通ると、何となくその声を聞いてしまうじゃないか……。

ああ、気になっちまったら、見えちまうよ……。


まったく、あのワルガキどもが……。帰ってきて早々、このあたしを悩ますとはいい度胸だよ。

まったく……。これじゃあ、ため息も出るってもんだよ……。


「たまおばあちゃん、今日もお散歩日和ですね。いい日になるといいですね」

あたしがこうして休んでいても、必ず声をかけて通り過ぎるあゆみちゃん。気弱だったあの子も、すっかり大人になったもんだ。にっこりと笑顔を返すと、照れたような笑顔を返してきた。


「あはっ。やっとおばあちゃんと目があった」

満足したのか、手を振りながら去っていく。目が合ったからといって、それ以上は求めてはこない。

でも、違うよ、あゆみちゃん。

いつもは声をかけるだけだったけど、今日は立ち止まっていたから目があったのさ。たぶん、アンタは気付いていないのだろうね。


あたしはいつも通りだ。あたしは変わっちゃいない。


それはあゆみちゃんが、あたしに近づいたから生まれた変化なのさ。ただ、もしもあたしが今まで近づいていたなら、また違った感じになったのかもしれないね……。

それでもあの子の性格を考えると、これ以上は近づいてこなかったかもしれないけどね……。


なら、あたしがもう一歩踏み出せばどうなる? いや……。もう踏み出しちまったのかもしれないね。


あの子のあの顔……。


いや、きっと考え過ぎだろう……。観覧車なんかに興味を持ったからだ。本当に、ハナタレ健二の馬鹿者が……。


さて、お隣も立ち上がるようだし、あたしもそろそろ行くかね。まだ、商店街の方にもよっていかないといけないしね。

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