捕らぬ狸の皮算用
汝その財宝を手にするとき
七つの海をその手で
支配するだろう
「ねーねー、マリーマリー!!」
午後の木漏れ日が差す、森の奥の一角。
熱い地方ではあったが、森林がそれを払拭して涼やかな場を提供してくれている。
そんな気持ちのいい空間に、高らかに響き渡る凛とした少女の声。
キュッと高く結んだ輝く黄金の髪を後ろになびかせ、アイスブルーの瞳を、その金色の髪に負けないくらいキラキラさせ、何かいいことでもあったのか頬を紅潮させて駆けてきた彼女は、言わずと知れた魔法剣士シモラーシャ・デイビスである。
彼女は一緒に旅をしている吟遊詩人のマリーを探しているようだが、さっきまでいたはずの場所にいないのを見て首をかしげた。
「あっれー? あいつどこいったんだー?」
「どうされたんですか?」
「あっ、ジューク~」
そんな彼女に声をかけてきたのが、彼ジュークであった。
ジュークは大木の下で、木にもたれながら読書をしていた。
柔らかな輝きを放つ銀色の長い髪の毛、なぜか右目を不自然にその髪で隠してはいるが、もう一方の瞳は煙るような表情の黒檀色で、見つめていると吸いこまれそうなほどの黒さである。
その彼は、ぶつぶつ呟きながら近づいてくる美貌の少女剣士を慈愛に満ちた眼差しで見つめていた。
「マリーさんは、あちらのほうに何かおもしろいものがないかどうか、歩いていってしまいましたよ。すぐ戻られると思いますが」
「もー、まったくー。あたしがもっといい話聞いてきたのにさー」
「よい話…ですか?」
「うん、そーなの」
よっこらしょっと言いつつ、シモラシーャはジュークの横に座りこんだ。
だが、自分の話をするより先に、ジュークが読んでいる本に興味を持った。
「あ、その本」
「そうですよ。この間あなたが助けて差し上げた村の村長さんが、お礼にとくださったものです」
「…………」
彼女はとたんに渋い顔を見せた。
それもそのはず、彼女とマリーにかかれば、たいていの魔族など取るに足らない相手なのだが、それでもタダ働きはしないぞというのが彼女の信条なので、きっちり払うものは払ってもらおうとしたのだが、いかんせん、その村は貧しい上に、度重なる魔族の攻撃のため更に働き手がことごとく殺されてしまっていたという不幸な村だったのだ。
そういうことで、逆さに振っても金品が出てきそうになかったので、シモラーシャは不承々々報酬は諦めた。
それでも一応誠意は見せたかった村長が、ジュークに本を差し出したのだ。
「これは、ワシの息子が書いた本なのじゃが、どこかの国の王がことのほか息子の書く物語を好んでくれ、何冊か本を作ってくださったのじゃ。そのうちの一冊がこれじゃ」
村長はそう言って、ジュークに茶色の古びた皮表紙の本を手渡した。
「ワシの息子は昔、海を渡ったこともある海の男でな。そこで経験したいろいろな不思議なことを題材に物語を書いたんじゃ。だから、なかなか読んでておもしろいと思うぞ」
そう村長が手渡した本には「七つの海の海賊たち」と書かれてあり、著者クリジェス・モリアートとなっていた。
村長の話では、すでに著者である息子は亡くなっており、孫が二人残されたということなのだが、その孫の一人は父親の後を継がずに世界一の剣豪になるのだと言って村を飛び出していった。
そして、もう一人の孫は病弱で、ずっと寝こんでいたのだが母親に看取られて死んでしまったということだ。
「もし、旅の途中でクリジェスという名の赤い髪の男に出会ったら、それはワシの孫だと思ってくれい。ワシのことを言えば少しは旅銀を出してくれると思うがな」
そう村長に言われた彼らだった。
それから、シモラーシャはすっかりその本の存在を忘れていたのだが、ジュークは大切に持ち歩いていたらしい。
「でも、そんなものに価値なんてあるのかなー」
ぶーっと頬を膨らませてシモラーシャが言った。
ジュークはそんな彼女に微笑みかけると、
「そうですね。人によってはまったく価値などないかもしれません。ですが、人によっては黄金にも勝るほどの価値を見出すこともあるでしょう」
「黄金っ!」
とたんに、目をギラギラさせるシモラーシャ。
ジュークは苦笑した。
「価値観の相違ですよ。ある人にとっては好きなものでも、他の人にとっては嫌いであるのと同じで、価値観も人によって様々ですからね。それに……」
「?」
ジュークは、本を開いて見せて感慨深げに言った。
「これは小説なんですが…」
「ショウセツ…?」
シモラーシャが不可解そうにしているの見て、ジュークは頷いた。
「ああ、こちらでは小説とは言わないのですね──物語ですよ、吟遊詩人の語るような。彼らの唄は、ほとんどが伝説や伝承を元にして、彼らなりの創作を施しているのですが、吟遊詩人でなくとも、物語を作る人々とはいるものです。そういう人たちが書くものを物語──小説というのです」
「ふーん……で、そのショウセツがどうかしたの?」
「ええ…」
ジュークはあるページを開いて話を続けた。
「ここに書かれていることは、どうやらこのクリジェスさんという方の乗っていた海賊船のことらしいんですが、小説という形を取りつつ、どうやらいろいろなことを潜ませているようなんです」
「いろいろなこと?」
ジュークはにっこりすると、
「そうです。たとえば、宝物のありかだとか…」
「宝物っ!!」
いきなり素っ頓狂な声を上げるシモラーシャ。
ジュークはいつになく目を見開いてびっくりしている。
「そうそう!! 宝物のことなのよっ、宝物っ!!」
そして、彼女は怒涛のごとく喋り始めた。
「なんかね。さっきご飯食べた町あったでしょ。そんで、同じ飯屋にいた旅人と今そこの川で出会ったのよ……」
彼女の話によると、この土地の近くにある港から沖に出た場所のどこかに宝が隠されているというものだった。
旅人はその財宝を求めてはるばる旅をしてきたらしいのだが、どうやらその宝のありかが記されているものがあるらしい。
そして、それを探し出すための地図がどこかにあるということをその旅人は言っていたということだ。
「でねでね。その人の言うには、その地図を子供の頃に見た覚えがあるっていうんだって。なんかね、お父さんが昔海に出てて、その頃のことを書いたものが残ってて、その本に挟まれていたのを見た覚えが………」
「シモラーシャさん、それはもしや……」
ジュークは、彼女が最後まで言うのを待たずに、確信したような表情を見せた。
「?」
「この本のことではないですか?」
「あっ、そっか!」
シモラーシャは目を丸くして叫んだ。
「あの人、名前は聞いてないんだけど、確かに赤毛だったなー」
ジュークは膝の上で開いていた本をパラパラとめくり始めた。
すると、ほどなくしてハラリと一枚の古びた地図が。
「あ!! それじゃない?」
とたんにシモラーシャが大きな声を上げた。
それに頓着せずに、ジュークは慎重に地図を広げ、つぶさに調べた。
「ねえねえ、ジューク、どうなの? わかりそう?」
冷静に地図を検討する彼と違って、シモラーシャは騒ぎ立てるアヒルのようにガーガーとうるさい。
だが、それにまったく動じることのないジュークであった。
「そうですね……この地図によると、どうやらここからそう遠くないところらしいですよ」
「やたっ! じゃあ急いで取りに行かなくっちゃ。で、どこなの?」
「ここから東に……」
せわしくなく立ち上がり、キョロキョロとあたりを見回しているシモラーシャであったが、ジュークはいたってのんびりと東の方向を指差した、が───
「いいかげんにしてくださいよぉ~」
「何を言ってんだ。それはおれのもんだぞっ!」
と、シモラーシャ以上に大騒ぎしながら、その東の方向からやってきた男が二人。
一人は言わずと知れた琥珀色の髪の伊達男、吟遊詩人のマリーであった。
そして、もう一人は───
「あっ、さっきの旅人!!」
シモラーシャが大声でその男を指差した。
「へ?」
「は?」
二人の男が何やら取り合いしつつ、大声の主に顔を向けた。
そのもう一人の男は、赤い髪をしたスラリとした美丈夫の男だった。
剥き出しの二の腕が健康的な小麦色に焼けているのがマリーと対照的だが、体格的に見ても、それほど二人は変っているという感じではない。
というか、何となく二人の持つ雰囲気が似通っている感じがしないでもないのだが。
「あー、さっきの美人!」
すると、赤毛の男が白い歯を見せてにっこりと笑った。
だが、掴んでいるものは離そうとしない。
「…………」
マリーはというと、同じく赤毛の男が掴んでいるものを離すまいとしながらも、相手の視線がシモラーシャに向けられているのを、さも気に入らないといったように眇めて見つめた。
「よお、奇遇だな。おれたちけっこう赤い糸で結ばれてたりして」
「それはないですっ!」
慌ててマリーが叫んだ。
「シモラーシャの将来の夫は、この僕ですからっ!」
「またっ、へんなこと言わないでよっ、マリーったらっ!」
間髪を入れず、思いきり否定するシモラーシャ。
「…………」
それを目を丸くして交互に見つめる赤毛の男。
だが、すぐに気を取り直すと、
「まあ、それはいいとしてだ。お嬢さん、さっき話してた宝のありかを示したものが見つかったんだ」
「え? ほんとっ?」
文字通り飛びあがって、シモラーシャは喜びを表現した。
そして、ダダダッとばかりに二人に走り寄った。
「で、どこどこ? それってどこにあるの?」
「ここさ」
「え? どこにあるの?」
シモラーシャはキョロキョロと二人の周りを見回したが、それらしきものは見当たらない。
ただ、男二人が何やら模様のついた汚らしい黄土色の布切れらしきものをがっしりと掴まえているだけだが───
「あぁん?」
しかし、よくよく見てみるとその布の模様が、どこかで見たことあるような───
「あ───!! それもしかして??」
いきなりだった。
シモラーシャのデカイ声で、思わずといったふうに赤毛の男がパッと手を離してしまった。
それを「ラッキー♪」とばかりにすかさず抱え込むマリー。
「ちょっとマリー!! それ放しなさいよっ!」
「えええ───!!」
泣きそうな顔でますます抱え込もうとしたマリーだったが、シモラーシャの鬼のような顔に根負けしてしまい、しぶしぶその布を彼女に手渡した。
シモラーシャは満足そうに頷くと、それを持ってジュークの座る場所まで引き返した。
その後をしゅんとしてしまったマリーと、好奇心丸出しの赤毛男がついていく。
ジュークは、さきほどから繰り広げられていた騒動を、いつものように静かに眺めていた。
そして、シモラーシャが男二人引き連れてどたどたと戻ってくるのも、同じように涼しげな顔をして迎えた。
それに比べ、黄金の髪の乙女は興奮で頬を上気させている。
「ジュークっ、これ見てっ!」
「はい、シモラーシャさん」
にっこり微笑むジューク。
シモラーシャはマリーからぶんどった布切れをバッと広げた。
「あ…」
その汚らしい布には模様が描かれていた。
だが、ただの模様ではなかったのだ。
一面に描かれた幾何学模様とも何ともいえないそれ───それは紛れもなく地図だった。
大陸が、海が、島が描かれている。
「これは……」
さすがのジュークも思わず腰を浮かせた。
シモラーシャからその布を受け取ると、地面に広げ、さらに慎重に調べる。
「これは……マントですね」
「そうなんですよ~。素敵なマントでしょ?」
赤毛の男と一緒にシモラーシャの肩越しに覗きこむマリーが、にへらーとなりながらそう言った。
「地図の模様のマントなんて、そうそうありませんよ。僕は宝なんぞ興味はありませんが、そのマントだけは誰にも譲りませんからっ」
そう言いつつ、隣の赤毛男を睨みつける。
しかし、赤毛男も負けていない。
「何を勝手なこと言ってやがる。もともとあのマントはおれの親父のもんだ。親父が書いた本に挟まっていた地図にそのマントの隠し場所が書かれていたんだからな」
「これはおかしなことを言いますねぇ。あなたの父上が地図を書いたからって、隠したものが父上の物かどうかなんてわかりはしませんよ? どうせ、どこかから分捕ってきた戦利品なんでしょ。なら僕がいただいたってかまわないと思いますけど? 僕が最初に見つけたんですから」
「何をぉぉぉ??」
クリジェスが険しい顔をして言い返そうとすると、
「マリー、これどこにあったの? 普通隠してあるもんでしょ? よく見つけたわよねぇ?」
「それがですね、まあ聞いてくださいよ」
シモラーシャの素朴な疑問に、得意そうに答えるマリー。
「あちらのほうを歩いていたらですねぇ。何だかものすごく大きな木がそびえ立っていたんですよ。そしたらなんとその木肌に”宝のマントこの下にあり”と彫られているじゃあないですか」
シモラーシャは、この話を聞き思いきり顔をしかめた。
「宝のマントぉ? 彫られてたぁ? そんなん普通誰でもうさんくさいって思うんじゃない?」
「何を言ってるんですかっ。マントですよ、マ・ン・トっ!」
「……………」
力拳で力説するマリーに、さきほどジュークが話してくれた価値観の違いという言葉をシモラーシャは何となく思い出し、頭を振りながら言った。
「で、掘ったのね、その木の下を」
「もちろんっ、マントというマントは僕のためにあるようなものですからねっ。で、一生懸命掘って木の箱に大切にしまわれたその地図のマントを見つけたというわけですよ。ところが、この赤毛男が…」
「なんだと、こらぁ……」
再び顔をつき合わせてバチバチ視線をぶつけ合うふたり──ところが。
「汝その財宝を手にするとき……」
突然、厳かな声が上がった。
それはジュークだった。
声を荒げるというわけでもなく、むしろ静かでか細い感じの声であるのに、なぜか圧倒的な威圧感を与えている。
歯をむき出して言い合いをしていた男二人も、目をギラギラさせている超絶美人の女も、何事かといった目でこの銀色の髪と思慮深き黒い目の若者に視線を注いだ。
「汝その財宝を手にするとき、七つの海をその手で支配することだろう……と、ここに書いてあります」
ジュークはそう言うと、マントの端っこに書かれていた絵文字のようなものを指差した。
「おれにゃ読めん、そんな暗号みたいなもん」
「あたしもー」
シモラーシャと赤毛男──クリジェスのことだが──はチンプンカンプンといった表情である。
「確かにそのようですねぇ」
だが、マリーもその文字が読めるらしい。
とはいえ、やはり興味があるというわけでもないことはその表情を見れば明らかだ。
「失礼ですが、あなたはクリジェスさんですよね?」
すると、すかさずジュークは顔を上げて赤毛の男に質問した。
「あなたのお父さまがお書きになったこの本。あなたのおじいさまよりいただいたのですが、よろしかったのでしょうか。もし思い出深い品物でしたら、お返しいたしますが」
「いらねーよ、そんなもん……つーか、おれ、その本何十回何百回と繰り返し読んだからよ、もう暗記しちまってるんだ。なんかさ、あんたなら大事にしてくれそうだから、あんたに喜んでやるよ」
「だったら、このマントも~」
「それとこれとは話が違う」
マリーの甘え声をピシャリと遮るクリジェス。
「なんてったって財宝だからよ。そのお宝がある場所が書かれてるんだからさ……財宝だけはおれのもんだ」
「えー、おったかっら、あったしもほっしー」
すると、さっきから話に加わりたくてウズウズしていたシモラーシャが、はいはいっとばかりに手をあげた。
「…………」
すると、シモラーシャの肌もあらわな姿を、下から上から舐めるように眺めたクリジェスはこう言った。
「そうだなあ……あんたみたいな美人を仲間に加えりゃ、海神さまもお怒りにはならないかもな」
「海神?」
シモラーシャが不思議そうな顔をして首を傾げた。
それを見て、得意そうに説明するクリジェス。
「そうさ。世界は何もイーヴル神一族が治めていたわけじゃない。魔族たちと同じように、古から存在していた神っていうものがあるんだ。それが海神。水神とは違うぜ。海を支配している神だ。だから、大昔から海だけはイーヴル神一族の思う通りにはいかなかったということだ」
「海神……姿を見たものはいませんよ。確かに海には、イーヴルたちの与り知らぬ魑魅魍魎がいますけど、だからといって本当に海神がいるなどと、そんなことを信じているのですか?」
考え込みながらマリーは呟くようにそう言った。
それに対して熱く反撃するクリジェス。
「姿が見えないからってなんだよ。何もバンバン姿を見せるからって偉いとは限らねーだろ。だいたいイーヴルたちは何だよ。人間ほっぽっといて自分たちは戦い三昧だったじゃんか……」
だが、クリジェスはそこまで言ってから、コホンとひとつ咳払いをした。
「ま、おれそんとき生きてねーし、どーでもいいけどさ。とにかく、おれたち海の男は海神以外に敬い恐れるもんはねーんだ」
「あれ? あんた剣豪になるって言ってなかった? 海の男って…結局お父さんの後を継いだわけ?」
シモラーシャが不思議そうにそう聞いた。
それに対し、しぶしぶといった表情を見せるクリジェス。
「どうやらさ、おれは剣士なんてガラじゃなかったみたいだ。で、今はいろんな船を渡り歩きながら、世界一の薬師になるべく修行してる」
「薬師?」
「ああ。病で苦しんでいるすべての人たちを治すための薬をおれはいつか作り出す。そのためには資金が必要なんだ」
「…………」
そういえば、病で死んだ兄弟がこの男にはいるということだったが。
シモラーシャはあえてそれには触れずに、
「ふーん……それで、なんで美人がいるといいの?」
あまり興味なさそうなといった感じで、シモラーシャは話をもとに戻した。
すると、クリジェスは目を輝かせた。
「それがさ、海神は美人の女に目がないんだ。だから、海で航海する場合、船には必ず女が乗ることになってるんだ。もしどうしても乗せることができなければ、帆先にとびっきりべっぴんさんの彫り物を施したりして、とにかく海神の加護を取りつける算段しなくちゃ海は渡れないんだよ。大変なんだよー、海ってさ」
「へー、そうなんだ」
「ま、とにかく」
クリジェスはにっこり微笑み、シモラーシャの肩を抱いた。
「あっ!」
それを見たマリーが鋭く叫んだが、クリジェスはそんなことは気に止めない。
「あんたたちも仲間に加えてやるよ。一緒に来なよ」
「僕はイヤです」
即座に断るマリー。
ところが。
「どうせ宝が手に入れば、そのマントもお役ご免だぜ。そうしたらそのマントお前さんにやるよ。それでも来ないかい?」
「やだなー、何言ってんですかー。早く行きましょぉー」
素早く答えるマリー。
先ほどまでの険しい表情が豹変している。
「私も行きましょう。ここの海を見てみたいですから」
ゆっくり立ちあがりながら、ジュークもそう答えた。
そうして、急場しのぎの宝捜しパーティが結成された。
はたして彼らを待っている「七つの海を統べる財宝」とはいったい何なのか。
「ぎょええええええ~!!」
つき抜けるような青空の元、絹を引き裂くような───には程遠い雄叫びが轟き渡った。
いわずと知れた最強の美処女──もとい、美少女シモラーシャである。
「おっ、おろせぇぇぇ───あたしを降ろしてくれぇぇぇ!!」
あれからシモラーシャたちは、布に描かれた地図を見ながら海に出た。
地図によれば、ここよりそれほど遠くない沖に島があるということ。
なるほど見渡してみれば、海岸より離れること数キロといった海上にそれほど大きいとはいえない島がポツンとひとつ浮かんでいた。
どうにかすると泳いで辿りつけそうである。
「泳いで渡るのは危険だ」
クリジェスは言った。
海というものは、この辺り一帯では最も危険とされている場所である。
内陸部では邪神の忘れ形見である魔族が幅を利かせているが、海辺近くではほとんどといってよいほど魔族たちは出没しない。
それは、海に住まうものたちの勢力場であるからだ。
だが、人間たちにはそのどちらも同じようなものでしかなく、だから海のものたちは海の魔族と言われているのであるが、おそらく、海に住まうものたちはそれを不本意だと思っていることだろう。
そこで、彼らはいかだを作ることにした。
材木の切り出しはもちろんシモラーシャ担当で、いかだを組む知識を熟知しているクリジェスが指揮をとった。
「なんで僕までこんな男の指図に……」
ぶつぶつと不平たらたらで、それでも木と木を結び合わせていく作業を続けるマリー。
それをにこにこしながら眺め、同じように作業するジュークであった。
「ねーねー、クリジェスー」
シモラーシャといえば、力仕事以外のことはからっきしであるため、寄せては引く波と戯れていた。
「おったからどんなもんかなー。金銀財宝? それとも宝石がワンサカ? ああ、ワクワクするなー。何食べようかなー。おったからあったらいーっぱい食べれるよねー。限界まで食べてみたいよなー」
「何を捕らぬ狸の皮算用してるんだか。手に入ってからそういうことは考えましょうねぇ」
マリーはそうぶつぶつ呟いた。だが、
「…でも、マントが何枚作れるかなあ……」
一変してニマニマとしまりのない顔を見せた。
しっかり自分も捕らぬ狸の皮算用しているということに気づいていない。
その様子を見て、傍らで作業にいそしんでいたジュークは、さらに微笑を深くさせていた。
すると、シモラーシャの言葉を聞いたクリジェスが思い切り顔をしかめた。
「そんなに期待してもらっても困るぜ。大体、お宝はおれのもんだ。一応仲間に入れてやったが、そんなに分け前はやらねーぞ」
「あー、だいじょーぶだって。山分けでいいから」
「なっ…山分けだってぇ??」
「なに、もんくあるのぉ? あたしたち三人だよ。あんた入れたら四人なんだから、ほんとなら四等分するのが筋ってもんでしょ。でも、半分でいいって親切で言ってんだよ、感謝されたいくらいだわ」
「むちゃくちゃなことを……」
だが、クリジェスはなぜかそれ以上彼女に何も言わなかった。
というか、彼自身、なんだか知らないが、この突拍子もない美女剣士が気に入ってしまっていたのだった。
クリジェスが黙ってしまったので、シモラーシャは再び波と戯れ始めた。
その楽しそうな姿を見つめていたマリーが、
「まったく……僕は宝なんて興味ないし、あなたもそうでしょ?」
「そうですね」
マリーの言葉に微笑みつつ頷くジューク。
さきほどのマリーの呟きなど聞いていないかのように。
「結局、宝で大食らいするのはシモラーシャだけなんだから。そういうことわかっててあんなこと言うんですからねぇ。バカかと思いきや、けっこうシッカリしたお嬢さんだ」
だが、少しも嫌だという顔はせずに、マリーは愛しい人に視線を向けた。
その大食らいのお嬢さん──シモラーシャは、いつまでも波と戯れて遊んでいる。
しかし、きゃーきゃーと騒ぐ楽しそうな姿を見せていたその彼女が、それからしばらくの後、いかだの上で一転してギャーギャーとうるさく騒いでいたのであった。
「降ろせ───!! いやだー!! ひーん!!」
相変らず、ひーひーと騒ぎまくっているシモラーシャである。
そのとき───
「シモラーシャさん、そんなに怖ければ私にしがみついていらっしゃい」
「……………」
とたんにピタリと声が止まった。
「なっ、なぁーにをおっしゃるんですかっ!」
すると、慌ててマリーが叫んだ。
「シモラーシャ、しがみつきたいのなら、この僕にっ。どーんときなさい!」
マリーは、さあ、どこからでもかかってきなさいとでもいうように、大きく手を広げた。
すると、なんとシモラーシャはジュークではなく、手をいっぱいに広げたマリーの胸に飛び込んできたのだ。
「じぃぃぃぃぃ~んんん……」
思わず涙がちょちょ切れそうになったマリーだった。
ジュークではなく、この僕を選んでくれた。
ああ、なんて素晴らしい。
生きててよかった───
そう思いつつ、ふふんとばかりにジュークへと得意そうな顔を向けたのだが───
「おぉぉぉぉえぇぇぇぇぇ───」
「ひっ…!!」
なんと、あろうことか彼女が船酔いからか嘔吐したのだ。
マリーの胸の中で、マリーの大切な竜の裏地のマントに。
げろげろげろ~と思いきり吐いてしまった彼女は、マリーのマントでごしごし口をふき、
「うー、きぼちわりぃぃぃ~」
「ひ、ひどいじゃないですかぁぁ、シモラーシャぁぁ」
半泣きのマリーを、ジュークもクリジェスも気の毒そうな表情で見つめているばかりで、誰も彼に言葉をかけるは者はいなかった。慰めの言葉も見つからなかったのだ。
「ごめぇーん、マリー」
シモラーシャは、それでも悪いと思ったらしく、まだ青い顔をしたまま謝った。
「ジュークを汚しちゃいけないなーなんて思っちゃってさ。つい、ね」
「ついね、じゃあないですよおう。このマントすごーく気に入ってたのにぃ~」
「あら、いいじゃん~。こっちの地図のマント欲しかったんでしょ。もうすぐお役ごめんだからさぁ~、その竜のマントやめて、今度はこっちのにしたら? きっとマリーならとってーも似合うと思うよ」
明らかにいいわけがましく慰めていると誰でもわかりそうなものだったが、そこは惚れた弱みで、マリーには天使の言葉に聞こえたらしい。
「そ、そぉーですかぁ? ふーむ、そうかも……じゃなくってぇ、一枚あればいいってもんじゃないですー」
マリーは泣きながら、汚れてしまった竜のマントを海水でゆすぎ始めた───と、そこへ。
ザバァァァァァァ───!!
「なんだっ!?」
海の中から怪物が現れた。汚れてしまったマントを頭に引っ掛けて。
怪物は大きかった。
顔がまるで狼のようだったが、身体は細長く、海中に没しているところはいったいどうなっているのかわからない。
「シーウルフだ!」
そう叫んだのはクリジェスだった。
シーウルフ──顔が竜のような怪物リューシリオンとこの狼のような顔をした怪物は、海上でもっとも恐れられている生物だった。
海に住まう者たちは、その大半が、上体が人間で足が魚といった人魚がほとんどで、多少の悪さはするがそれほど怖い存在ではなかった。
だが、この海の門番とでもいうようなシーウルフとリューシリオンは、海を渡ろうとする者たちをことごとく海中へと引きずり込む。
ゆえに、海を渡ろうとする海の男たちは、この怪物と戦う覚悟が必要なのである。だから、海を渡る船乗りや海賊たちは、一種尊敬の対象として見られるのだ。
それは、ちょうど内陸部でもてはやされている魔法剣士たちと同じようなものであった。
──カチャ…
クリジェスが「よし、おれの出番だ」とでもいうように意気揚々と剣をかまえた。
だが、次の瞬間、シーウルフの頭と胴体はさよならしていた。
それは、目にもとまらぬ早さで、シモラーシャの薙いだ剣がシーウルフの極太の首を跳ね飛ばしたからだ。
「いきなりですかぁ……」
ため息とともに首を振るマリー。
それに対し、目を丸くして見つめるクリジェス。
「ふぁー、すげーや。おれ、金色の魔法剣を見たの初めてだ。しかも、あんなにぶっといシーウルフの首を切り落とすなんてさ」
その声には尊敬の念がありありと浮かんでいた。
「ふんっ、海の化け物なんか、あたしにむわっかせっなさーいっ!」
と、意気込んで叫んだ彼女だったが、すぐにまたゲロゲロ~と海に向かって吐き出す。何とも情けない姿である。
「あの、シモラーシャさん」
「なぁにぃ~?」
まだゲロゲロしているシモラーシャに、ジュークが一言。
「シーウルフが化け物であるとよくわかりましたね。ご存知だったのですか?」
「!!」
はっとなるシモラーシャ。
「も、もしかして……いいやつだったの?」
「いまさら何言ってんだか……」
にこりとしたまま何も答えないジュークに代わって、マリーがそう言った。
「まあまあ、おかげでひとつ障害はなくなったんだからさー」
クリジェスが、しゅんとしてしまったシモラーシャを元気づけようと続けた。
「それにしても、あんたすげーや。強いんだねぇ。さすが金色の魔法剣の使い手だ」
しかし、感心していたクリジェスだったが、思わせぶりなことを言い出した。
「だけどね、実はここらあたりの海域は、そんな怪物たちよりももっと怖いものがあるんだぜ」
「え? なんですか、それは?」
ゲロゲロしているシモラーシャに代わってクリジェスに聞くマリー。
すると───
ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォ───
どこからか海鳴りのようなものが聞こえてきた。
「やばいぜ、やっぱり来やがった」
クリジェスは十字を切ると、腹ばいになりしっかりといかだにしがみつく。
「あんたらもちゃんとしがみつきなよ。そうしないと後悔するぜ」
「…………」
「…………」
「ゲロゲロゲロ~」
三者とも、クリジェスの声にただならぬものを感じ、彼にならって自分たちもしっかりといかだにしがみついた。
「なぜかここら辺りでは、あの島に渡ろうとすると巨大な大波が襲ってくるんだ。どうやらお宝を守るためのものだったらしいな。今までそんなお宝があそこに眠ってるなんて知らなかったからなあ」
むしろ朗らかな声でそう言い笑うクリジェス。
と、ほどなくして。
海がまるで意思を持ったかのごとく彼らに襲いかかってきたのだ。
あまりの翻弄に、何がどうなっているかわからない状態だった。
そして、あっというまに彼らのいかだはバラバラになり、海へと飲み込まれてしまったのだった。
気がつくとそこは浜だった。
マリーはうめきながら身体を起こした。
「ここは……」
彼はきょろきょろとあたりを見回した。
すぐ近くに愛するシモラーシャが横たわっている。
そして、少し離れたところにジュークやクリジェスも。
キラリン──とマリーの目が光った。
「今ならジュークを亡き者に……」
ジリジリとジュークに近づくマリー。
そして、ジュークの喉元に手が伸びた瞬間。
「………」
パチリとジュークの目が開いた。
「あっ、あっ…ぶっ無事だったのですねぇぇ、よかったですぅ~」
あはあはとバカみたいにそっくり返って笑うマリー。
だが、すぐに横を向いて、ジュークに気づかれないように「チッ」と舌打ちを忘れなかった。
ほどなくして、クリジェスもシモラーシャも目覚め、今自分たちがいる場所を確かめようと辺りを窺った。
すると。
「おれたちは相当運がいいみたいだな」
クリジェスが海の向こうに見える大陸を指差した。
「本来なら、島に寄せつけないための嵐だったはずなんだが、逆に島についちまうなんて、よっぽど幸運の女神がついてるらしい」
クリジェスの言葉に、間違いなく彼らは海を渡り、宝の眠る島についたことを知った。
「地図は?」
慌ててシモラーシャが叫んだが、すぐにマリーが身にまとっているのを見てほっとした。
そういえば、自分が嘔吐したあとに、代わりにと地図のマントをはおったのだと彼女は思い出した。
「とにかく早いとこ探してしまおうぜ。こんな島で夜を過ごすのも嫌だし、またいかだ組んで向こうまで帰らなくちゃならないしなー」
クリジェスの言葉に、全員がこっくりと頷いた。
そして、すぐさまマリーのはおったマントの地図とにらめっこしつつ、島の中心部へと彼らは向かっていったのだった。
小さな島である。
浜辺から少し歩くとすぐに密林に入りこみ、あたりはうっそうとした木々に覆われ、あんなに天気がよく明るかったのが一気に夕方にでもなったように暗くなった。
どこかでチチチという鳥の声が聞こえるだけで、目立った大きさの動物は現れてこない。
「これによるとー、あとちょっとで洞窟が見えてくるみたいよ」
シモラーシャは地図マントをはおったマリーの後ろに回りこみ、いちいち地図を確認していた。
だが、生い茂る草木に阻まれてしばしばマリーが足を止めると、そのたびに彼女はマリーの背中に激突していた。
それでもマリーは、それが幸せと感じているらしく、案外足を止めているのもわざとであるかもしれなかったが。
しかし、背中にあざができてしまっていたに違いない。ぶつかるたびにマリーは心と背中がジーンとしていたのだから。
「あっ、洞窟っ!」
ほどなくして、シモラーシャが叫んだ。
見ると森の奥まった場所に、それらしき洞窟が現れた。
一見して普通の洞窟のようである。
それでも彼らは慎重に暗い穴へと入っていった。
まずマリーが、その後ろをシモラーシャ、クリジェス、そしてしんがりをジュークといった順で。
そして、何事も起きないまま、あっという間に洞窟の行き止まりまでついてしまった。
あっけないものである。
洞窟の深さもそれほど深いというものでもないということは、やはりここに辿りつくものはないからというのを前提とした隠し方であるに違いなかった。
「あ、箱……それも七つ」
シモラーシャがマリーの後ろから顔を覗かせて指差した。
なるほど洞窟の奥に七個の箱が置かれてある。
まさに宝箱といった感じの箱である。
そして、それぞれがかなりの大きさだ。
「わー、おったかっらっ!」
「待ちなさい、シモラーシャ」
マリーを押しのけ、箱に飛びつこうとするシモラーシャを引き止めるマリー。
油断なく辺りを窺う。
一応危険なことがないかを確認しているのだ。
再びシモラーシャを後ろに回し、そのままジリジリと箱へと近づいていく。
「危ないですから、あなたも、そして皆さんもそのままそこにいてくださいな。僕ならそんなに危険ということはないでしょう」
と言ったマリーだが。
普通の人間であるクリジェスならいざ知らず、不死身のジュークにしろ最強剣士のシモラーシャにしろ、彼に守られるほどでもないと思うのだが、そこはそれ、何となく新参者のクリジェスにいろいろ指図されたことに気分を害していたのか、ここは自分の見せ場といわんばかりの張りきりようである。
辺りに鋭い視線を向けつつ、ゆっくりと歩を進め、ほどなくして箱にたどりついた。
「どーなの? ねーマリー」
「もうそっちに行っていいか?」
イライラしたシモラーシャの声とクリジェスの声が上がる。
「ちょっと待ってください…今箱を開けてみますから」
マリーは仲間にそう言葉を投げかけると、そろそろと箱に手をかけた。
静まり返った洞窟内に、カタンという音が響く。
さっと身を引き、不測の事態に備えるマリー。
だが、何も起きないと知って、マリーはゆっくりと箱の中を覗きこんだ。
「ねー、まだぁー?」
いいかげんイライラが頂点に達しかけていたシモラーシャである。
さらに何か言おうと口を開きかけた瞬間。
「うぉおおおおおおおおお!!!」
「!!」
突然、ものすごい雄叫びが迸った。
一瞬誰が叫んでいるのかわからなかったシモラーシャたちだったが、それが箱を覗きこんだマリーから出された叫びと気づき、びっくり仰天。
「ど、どおーしたのぉぉぉ??」
「何が起きたっ?」
と、口々に叫ぶふたり。
だが、ジュークだけは静かに彼らを見守っているだけである。
そして、シモラーシャとクリジェスはバタバタと慌ててマリーの元へ駆け出した。
すると。
「こっこぉれぇはぁぁぁぁ!!」
再び感極まったといわんばかりのマリーの声が。
と同時に、駆け寄ろうとする二人に向かってバサッと何かが覆い被さってきた。
それは布のようだった。
「え?」
わけがわからないといったふうに顔をしかめ、シモラーシャは自分の上にかぶさってきたものを手につかむ。
「これは……」
それはマントのようだった。
だが、普通のマントではなかった。
彼女の手に持たれたマントは、なんと、動物の柄が散らばっていたのだ。
「シモラーシャっ、大切に扱ってくださいねっ、それはキリンマントと言いましてぇ、世界に一着しかないものなんですよっ」
「って、今あんた投げたじゃん」
何となくムッとしたシモラーシャはボソリとそう呟いた。
「ああああああ───!! なんということだっ、なんというすごい宝だっ、僕はもう嬉しくて死にそうだぁ───!!」
あまりの興奮に、マリーは叫び散らかしつつ、次々と箱を開けていく。
「これはっ、マングースのマントだ。あっ、それにこれはシマウマの、おおっ、こっちにはアルマジロ、なんとっ、幻の珍獣アイアイもある……それにこれはスカンク……はぅ~、どうしてこんなところに伝説のマントが……」
「汝七つのマントを身にまとい、七つの海を支配する……」
マリーが大騒ぎをし、それをあっけにとられた眼差しで見つめるばかりのシモラーシャとクリジェスだったが、いつのまにかジュークが宝の箱の傍らに落ちていた紙切れを手に取り、それを読み上げていた。どうやら、マリーが箱を開いてマントを取り出したときにハラリと落ちたらしい。
「まさか……宝って、この、七枚のマント……?」
呆然とした顔でポツリと呟くクリジェス。
シモラーシャは声も出ないらしい。
それを気の毒そうに見つめ、ジュークは頷いた。
「そのようですね。これは私の推測ですが、七つの海を統べるというのは、この七枚のマントを身にまとえば、その海域では誰でもがひれ伏すということではないでしょうか。過去、このマントを所有していた人は、かなりの人物だったのでしょうね。マリーさんが知っていたくらいですから、そういう趣味の持ち主たちの間では有名な話だったのでしょう」
「ええ、そーですよぉ、その通り」
すると、手にいっぱいのマントを抱え、マリーがしまりのない顔で言った。
「悔しいですけど、ジュークさんの言う通りですよぉ。世界には幻の七つマントというマントがあり、マント愛好家の間では伝説とまで言われていたのです。まあ、世界を統べるとかそういうことは私には興味もなにもなかったので、そういえばそう言われていたなと今頃思い出しましたが。私も探していたのですよ、このマントを。まさかこのようなところに隠されていたとは知りませんでした」
すりすりとマントに顔をすりつけて至福の表情を見せるマリーであった。
「そ、そんなぁぁぁぁぁ」
「なんてこった…」
本気で大泣きするシモラーシャと、脱力してその場にヘタヘタと座りこむクリジェス。
「あたしのお宝がぁぁぁ……腹いっぱいおいしいもん食べれると思ったのにぃぃぃ、よけいお腹がすいてきたぁ───」
シモラーシャはクリジェスにならって、ペタンと座りこんだ。
とその刹那。
「うぉぉぉぉ!! こっ、これは、なんとっ!!」
まだ箱をごそごそしていたマリーが、尋常ならざる声を上げた。
「もう一枚はもしやと思ったら……」
マリーは、残された箱の底から最後のマントを取り出した。
それは───
「世界中のマント愛好家がこれこそ傑作とうたっている幻のマント、トラ柄のタヌキの皮で作ったマントではないですかっ! このマントを手に入れるために、どれだけの人間の血が流されたことか……それを思うともう感無量ですぅ」
本気で涙を流しつつ感動に打ち震えているマリーであった。
すでに驚く気力も呆れ果てる気力もなくしてしまったシモラーシャとクリジェス。
他の布製のものとは違う、弾力性と光沢のあるマントに、感激してキスの嵐を浴びせている男を、呆然とした表情で見つめている。
そして、それを見ていたジュークが一言。
「これこそ、捕らぬ狸の皮算用ですね」
「へ?」
そう言うジュークに、傍らの二人はぼおっとした視線を向けた。
「ほら、トラとタヌキの皮マントですよ」
そうして、にっこりと天使のような微笑を浮かべたジュークであった。
初出 2002年7月9日
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