急:ジョン・ホートン・コンウェイ

蟻の巣に、水を流している子供がいた。穴からは黒い粒が慌てふためいて逃げ出し、その顎には盟友の死骸が担がれていた。バケツから放たれるノアの洪水には、方舟など存在せず、ただ無邪気に笑う巨人一人がそこにいるのみだった。私の視界は、まだ昼過ぎというのに朱く昏かった。


何を持って生命と定義付けるのかは人それぞれだ。ただ、あの餓鬼にとってその黒蟻達は生命では無かったらしい。遥か古代から地球に束縛された資源の中で生まれた下等なプログラムは、教養の無い者にはただの意思を持たぬオブジェクトでしか無いのだ。その点に関して、私はあの物言わぬ無邪気な巨人と同意見なのだろう。しかしそれでも、主人民からの納得は得られない思うが。


例の子供の足に、生き残りが登っていた。彼はそれを振り払い、楽しそうに踏み潰していく。破壊欲を振り撒く歓びとは、総じて生命に等しく与えられたものである。だが、かの餓鬼はさっきまで生きていなかったものを、まるでその意思を潰したがるようにはしゃいで踊っている。つまり子供が、それを生命と認識した瞬間とはそこに殺意を向けた瞬間のみで、無数の零のほんの末尾に1のコードがついたのみ。食物網のバイナリの破壊者と成り果てた私達には、遂に傲慢な遺伝子が組み込まれるほどになったのだと、私はよくよく感心したものだ。巨人は飽きたようで、すぐ砂場の方へと戻っていった。視界は昏いままだ。


車道に、轢かれて紅くなった何かを見た。何処かでみたような陰りは猫のそれで、目玉がひっくり返っていた。雑踏を駆ける鉄の箱は天然のマットなどに見向きもせず、黒いゴム跡を遺すばかり。嘗て集めた信仰とは、一体何処へやら。

人が猫を支配下に置いたのは、石器時代にまで遡ると言われ、穀物庫を食い荒らすネズミを喰らわせる為に、彼等を使役したらしい。古代エジプトでは獅子の代わりに猫が崇拝もされていたと言われ、稲穂の神とされていたこともある(日本に伝わった漢字「猫」に「苗」が組み込まれている辺り、直ぐ理解に至るだろう)。そんな彼等が何故こうも、文字通り敷かれたようになっているのだろうか。一に私達はそれを愛し過ぎる余り、生命であることをいつしか忘れ、傲慢にもその種の存続と繁栄を直接コントロールしようとした。終いに「愛玩動物」などと言い連ねて生存本能を奪い、都合の良いモノにしか目を向けなかったことがいつしか、成し得てはならないことを確立させたのだ。二に、私達がその権利を使うことを怠った。最早それは、意識の異常圧迫と過剰供給された知識が生み出した義務にすらなり得ていたことを、忘れる愚かな者が出てきてしまったことが、その体制を壊さずとも罅を入れ続けていたのだ。最後に、その放ったらかされた権利に便乗する無関係な輩がいる首を突っ込んだことが、私の言葉で言えば「ペット・アポカリプス」を産んだ。【その権利を決めたのは?】【誰が義務などと言った?】【誰が罰するのだ?】

関係無い。全て的外れだ。文句を言うならあの時、何にも頼らずに鼠に食い殺されることを選択しなかった過去の人類に対して言うしか無い。その末に私達は、一つの種を弄んだ意識を、いつしか勝手に終止符を打ってしまったのだろう。これは行動の問いでは無く意識の問いだ。ただその共通意識を持つことのみが彼等へのほんの僅かな救いであり、今直ぐにでも可能な謝罪だ。もう遅い事は、確かだが。

軈て屍の絨毯の上に、カラスがやってきてそれをついばみ始めた。彼等程狡猾で美しいものは、この雑踏には恐らくいないのだろう。彼奴等はいつだって自由だ。制空権など無く、人の手を離れる為に漁り、荒らし、のたうち回る。私達よりも幾らかも生命的で、そして文化的だ。私達が本当に欲しているのはその自由を自在に操作可能な獣性だ。人々はその進化を断ち切って醜いもののように扱うがその真意は違う。私にはわかるが、他の何人を持ってしても、ここに落ち着くものはいないものか。軈て猫の死骸の味も飽きられて、カラスは何処かへ飛んでいく。彼等の目玉はいつも、どちらに向いているのか、わからない。


生命の歴史に晴れ間は無かった。

ただ只管に繁殖と繁栄を繰り返し、他種を排し自己の優位性を証明する。生きるということはいつだってそうだった。私達が、現れるまでは。

神とは非情なものだ。限りあるリソースを割く分担を最低限なものに留め、生命を勝手に枠組みの中に取り込んでは古いものを上書きし、勝手にバグを増やしていく。知っての通り、自然界には意思を漉し取るためのファイアウォールは存在しない。その役目を果たせるのは、最も神に近しい一種のみ。人類は、不遇にもその役目を負わされてしまったのだ。それから抜け出す為には、人類は時代を巻き戻るか何も及ばない領域に踏み込むかの二択しか無い。

————だがひょっとするとこれも、私のただの思い違いなのかもしれないが。



別の日のことだ。大勢の鳩が訪れる寺院を偶然に訪れていた私は、そこで一人の大袋を抱えた、白髭の男を見た。その手からばら撒かれる粒に、鳩は喜々として乱舞し、その場へとやってくる。私は男に声を掛けた。

「すみません、何をやられておられるのです」

「んだよ、唐突に。見てわかんねえのか。エサ撒いてんだエサ。ほらそこ邪魔になっから、どいたどいた」

「なぜ、そのようなことをなされるのです」

そう言った瞬間、その男の握り拳が、私の頬骨を勢いよくぶち抜いた。いや大した怪我はしてはいないが、その場に転んだ私の事を見た周囲の老若男女は、間違いなく私を避けていただろう。気づいた時にはエサ撒きの男は消えていた。私の脚元にはまだ粒の残った袋が転がり、鳩たちはそれを物欲しそうに眺めていたが、私はそれを路地裏の生ごみ入れの箱に突っ込んだ。

————なぜ殴られたのだろう。私に否があっただろうか。純粋に生命意義をどう捉えているのかを知りたかっただけの私に、彼らは無下に、各段にシンプルな暴力を振るってきたのだ。対話を忘れた人とは即ち獣性と隣り合わせであるが、それが果たして本当に私の求めた脱却の自由だろうか? それともただ単なる同族嫌悪だろうか?

今の私ではそれはまだわからない。兎に角この臭い空間から逃げ出したい。

「あの……すみません」

路地を抜けた瞬間の店の通りで私に声を掛けて来た少女は、やけに細っている。

「さっき、この手帳を落としませんでしたか?」

手渡してきたのは、黒い革製のカバーに包まれた、私の携帯電話である。武骨なフォルムは手帳と見違えてなんら可笑しく無いだろうが、にしても不思議そうにこちらを見るものだ。逆に不自然にすら感じるが、それとこれとは別だ。

「ええ、私の所有物です。ありがとうございます。因みにこれを、どこで」

「転んだ時に、落としてました。お顔は大丈夫ですか」

「特にどうということは。それでは」

あまり話すのも迷惑だ。私はそそくさとその場を離れた。

ここには鳩以外には、目立つ獣は殆どいないように思っていたが、予想以上に本能を曝け出すものもいるのだと、私は思った。種の存続を阻む獣性とは。これは複雑で、どうにもその種族単体で見ることのみに非ず、ただ他の生を優先する明確な理由付けを怠っていながら、同族を嫌うだけでなく理解の範疇にすら置かない。これは少し穿った見方をする必要があるかもしれない。

電話に何か薄い紙ゴミが挟まっていたので、それを捨てながら私は寺を後にした。


私はまだ、自分の中に眠る旧い人間性を捨てきれていないようだ。

これだけ人という種のことを考えておきながら、その実全くと言っていいほど人類を理解していない。大馬鹿だ。

人間は、理論上その脳に凄まじい積載量のストレージとメモリを内包しているが、、その限界を知ることはまずない。私はその未開放のメモリのたった1%を欲しているに過ぎないのに、現実とはかくも過酷で非情なものである。私にはそれを掴む術は与えられないのだろうか? 

それとも、ただ私のアプローチが不足しているだけなのか?


……とかく今日は人間的になりすぎた。寝ることにする。


「すみません、昨日会ったものですが」

私は性懲りもなくあの寺を訪れていたが、何処かで見た、やけに細い少女が私の元へ来るのを見た。私は咄嗟に逃げた。

「あの、待ってください」

「何ですか、また。これ以上誰かに失礼を掛けたくは存じ上げませんので」

「いや、あの、そうではなくてですね、ちょっとお話を」

仕方あるまい。私はその女に少し付き合ってやることにした。

「私なんかに、何か用ですか」

「実は昨日、渡し紙を差していたのをお覚えですか」

「……はっきりとは覚えていませんが、あの紙ゴミのことですか。内容を見ずに捨ててしまって、申し訳ない」

「そうでしたか」

幾何かの沈黙の後に、彼女の話を少しばかり聞かせてもらった。そのなりからある程度察してはいたことだが、上京してきた学生とのことらしい。それで何を違えたか、私を見て情動的、直感的に動いたゆえに、何かの学識を持っていると勘違いしたのだという。私も学者の端くれであるとはいえ、これまでの奇妙な輩には出会ったことはない。自身のことを話そうがこの女学生は退いてはくれなかった。

「すまないが、君に教えられることはない。全て専門外の知の領域なのだ」

「ですが、貴方から何かしら私の知に関わる要素が、ある。あるはずです」

「申し訳ない、少し明瞭に話をさせてもらいます。あまり貪欲にそれを求めすぎることは、却って貴女を殺すことになる。老いぼれの凝り固まった癌細胞を取り込むことよりも、自分自身の深淵から沸く人智にこそ価値がある。傲慢なひとは、私はきらいですから。それではここで。私も忙しいんだ。行かせてもらいます」

いずれも本心ではない。自身が他人と干渉することが何より憚られるだけなのだ。何が【傲慢なひとはきらい】だ。そのくせ一番傲慢なのは自分だったことをよくよく理解しながら、私はその場を去った。帰り際、一目散に早歩きで逃げる私の脚元に鳩が寄ってきたが、私はそれを蹴散らして進んでいった。


「すみません、昨日会ったものですが」

何故だろう、私はこの寺に通わねばならない気がしている。ベンチに座っていた私に喋りかけて来たのはかの女だった。気味が悪いければ、空気も悪い。だからと言って怒鳴って追いやれば私が晒しあげられて死を受けるだろう。私は眼を合わせずとも良いような所へ、場所を変えることにした。


短い石橋の上で、川を眺める。

「君は愚かだよ。こんな阿呆な老いぼれに、一体何を期待をかけているというんだ」

「とても現代とは相容れない死生観や価値観が、恐らくはあなたの中に潜んでいることを、私は直感しています。まるで……時代を越えて来たかのように」

「死生観なんぞとは、生きている者のみにこそ語らう権利がある。私は一度、いやそれ以上の複数回は死んでいるさ。もうとっくに終わった屍なんだよ」

女学生は憐れむような眼で私の背を見て、暫くしてこんな風に喋り始めた。

「もう、いつ真の意味で死ねるかを、見極めているのでしょう」

唐突だった。縫い針のように鋭い言葉だった。

「そしてそれを判断できぬまま、その癌細胞を誰かに移そうともままならず……」

「屍でありながらのうのうと生きていると?」

静かに頷く彼女の表情が、全てを物語っていただろう。暫く黙っている間、その仄かに透く眼球は冷たく私のことを、鋭利な刃物を突き立てるように眺め続けていた。

「最期を迎えることを望んでおきながら、それを恐れている。あなたが詳しく何をしているかは捉えきれませんが、この出会いが必然性を含むことは私にだって理解が出来ます」

唾を呑む。出来るだけ簡潔に、短く。私の信ずる人類の展望とやらを、遺すべき時が来たのやもしれぬ。

「……辟易していた。真に目指すべき生の終着とはどこなのか……結局わからず仕舞いだ。これまで生物の死を眺めてきたが、いつも人間自身の主観でしかなかった。理性を投げ捨てる決断も、運命を受け入れる決断も……全部不足している頭脳だけの人間。それが存在し続ける意味のところなど、既に分かり切っているはずなのに……」

「それなら、心配は最早無用でしょう。死を見続ける時間は、もう終わり。あとは代わりに、星見の人を受け入れるものが……それこそ撒かれた癌が発芽するのを、看取っていればいいと思います」

眼の奥の凍てついて枯れた泉は、いまだに疼いている。

私はポケットの中から手帳の一ページをびりびりに引き裂いて、彼女に渡した。それから残りを川へと投げ捨てようとしたとき、柔い指が私の手首をがっとつかんで離さなかった。

「死ぬには、まだ早い。全てを決するまでは」

彼女の奥にある、人間らしからぬ決意の瞳孔が、私の氷瀑を溶かしていた。


あの人はあれからすぐ早くに亡くなった。肺癌だった。親類もおらず、伴侶にも先立たれていた彼の葬儀は、遺言通り私一人だけに看取られて進んだ。まるでこうなることを望んでいたかのように、灰色になるまで穏やかに哀しみを愉しむような表情が張り付いていたことは記憶に新しい。

現を決して表層として視認しなかったあの人は、命の在処……真に生命を宿す、視えぬ器官というものを知っていたようにすら見える。それ程に崇高で邪悪な意思は、純粋さを失っていなかった。この世のものではない、吐き気のするような純粋さに、私は惹かれていたのだろう……


あの人本人の言葉通り、遺言の全てを、不特定多数の人物に公開することはできない。しかし、あの眼に埋め込まれた偏屈を、私は継ぐ必要がある。自分勝手にすら思える思案から始まった星の観測を、少しでも手伝えるように。

———特異点を、最期まで緩やかに導く。私はいつしか、深淵でその瞳孔をぎらつかせることになるのだ。

望む者がいるかどうかは、別として。


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氷瀑の瞳孔 水牛掴み取り処理場 @BisonbisonbisoN

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