第5話 嫌な奴
キッチンには洗ったもののどこに仕舞ったらいいか分からない食器が積み重なっている。
「まあまあ!ありがとうねえ」
母はパタパタとスリッパの音を立てながらカチャカチャと食器をしまう。
カチャカチャ。
パタパタ。
カチャカチャ。
パタパタパタ。
父はここ数年の年賀状を広げて、先ほど途中だった『お葬式だれ呼ぶかリスト』に名前を加えたり、なにか書き込んだりしていた。
仕事を取られたような不快感があって、自分は嫌な奴だと思う。
弟は母の仕舞うさまを眺めつつ、
「あー鍋、蓋だけそっちいれんのか」
覚えたところでこいつは今後片付けなんかするのか?
やめてよ、そんな引継ぎみたいなの!本当にいなくなるみたいじゃん、お母さんが。
まあそうなんだけど。いなくなるんだけど。
私もずっとそのためにいろいろな作業をしているのだけど。
何か嫌!見たくない!それより多分私がやりたい。ただのお母さんを取られたという勝手な感情。分っている、嫌な奴よ、私は。
でも、気持ちや感情は今はいい、それよりやることをやらなければ。
再び4人でリビングのテーブルに着く。
食事時でもないのに。
私は母をせかすように
「お葬式、ほかに忘れてる人いない?」
「こっそり捨てるものも今のうちだよ?」
「持ってくもの、もうない?」
「パスワードとか、暗証番号とかは?」
母はみかんを剥いてきれいに筋をとって父の前に置く。
次に弟の前。
一瞬迷って筋を取らないまま私の前。
以前、温かくなって気持ちわるい!とそのまま席を立ったことがあったからだ。
ごめんなさい。今更言えないけど。嫌な奴。あるの。自覚は。
「…そう言えば私の身体?本体?どうなっているのかしら?」
ふと母がそういうので私はきょとんと…きょとんってこういう時の顔かと
鏡で自分のきょとんとした顔をみているようなよく分からない気持ちになりながらきょとんとした。
何言ってるの?と言いそうになって
「ああ」と。
びっくりするほど忘れていた。
忘れていた、というより受け入れすぎていた。
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