第3話 外に出れるのだろか?少し透けている母が?

 男が玄関から出ていく。

 見送りに行った父は普段かけないチェーンまでかけた。

 なぜかその父の背中を一生忘れない、と思った。なぜか文章的にそう思っただけで、きっとすぐに忘れてしまうのだろうけれど。

 私はVRの母に最初になんと声をかけたのだろう、思い出せない。

 一度膝をついた弟はまた壁にもたれて立っていた。鼻をすすりながら。

 そして、

 母は。

「まあコーヒー淹れましょ?良かったわゼリーも4人分あるし」

「ああ、もうお母さん!いいから座って座って」

 ん?VRってものも食べられるの?ちょっと透けてるだけでただのお母さんじゃん!?

 時間はない。混乱している時間でさえも。

「んーまずまず印鑑とか通帳とか?」

「あら?そういえば死亡届出す前に銀行行かなきゃいけないのよね?」

「死亡届だすまえにVR出すのは良かったのかな?」

 嬉しさも混じったこの混乱を、あの男、説明不足すぎ!と怒りに変えて照れをごまかす。

 でも。

 ああ!もう!嬉しい!喋り続けていないと!なんか。なぜか。

 もう父も弟もどうでもいいのだ!お母さん!お母さん!

 でも。

 お母さんはお母さんなわけで。

「せっかくだから何か作る?カレー?」

「お洗濯は?してるの?」

 立ち上がって、エプロンをつけて、コーヒーを淹れ始める。

 なんかさっきの弟の崩れる動作みたいな流れを感じるなあ、と頭の隅で思いつつ

「ああもう!そんなのどうでもいいから!えっと、お葬式にはだれ呼ぶの?親戚ってどこまで?お友達は?」

「はいはい。おねえはちょっと落ち着いて。私とおとうの兄弟姉妹でしょう、あとゆっこおばちゃん、ひでおじさん、こうきくんとお嫁さん、まき先生…」

 母がつらつら出す名前を私は広告の裏に書き出していく

 作業をしている感じが私を落ち着かせる、ような、逆にこのこと今重要?と焦らせる、ような。

 もう何だか分からない!でもいい!お母さん!

「ねえ私買い物行けるのかしら?」

「はあ?」

「だって今日の夕飯。何食べたい?外食は何だか自信がないけど、せっかくだし」

「もう!そういうのはいいから!時間ないし!」

「でも作りたいわぁ、せっかくみんながそろって…」

 母は不満がある時の母の顔になる。当然だ、母だもの。

 そもそも自分は死んで「せっかく、せっかく」って何なんだ

 しかし外に出れるのだろか?少し透けている母が?

「もーう時間ないのに!」

 アプリを起動しQ&Aに行き着く。

 !

 あの男、本当に説明不足!

 Q.VRとなった故人と旅行に行けますか?

 A・行動範囲は個人の家の中、もしくは起動時の場所から1㎞以内です。

 1㎞を越えると姿や感情的にも薄くなり、本人、周りにも認識ができなくなっていきます。

 1㎞以内に戻すことで元に戻りますが、周りからも認識ができなくなるほど離れるとそのまま魂は拡散しお別れとなりますのでお気を付けください。

 ▲ヒント▲ 800mブザー機能を使う→

 こっわ!殺す気か!母は死んでいるのだけれども。


 結局夕飯は家にある材料で母はカレーを作った。

 いつもコーラで食事をする弟だが一瞬迷い、3分の1ほどをグラスに注いだ。

 コーラのペース配分をしたのだ。

 36時間外に出ずに母と過ごす。当たり前に誰もが決めていた

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