白猫ちゃんにして自活する生活者

 クリスマスイブの高時給単発バイトが終わり、わたしはマンションに帰った。


恵当けいと、ただいまー」

「あ。嶺紗れいさ。おかえりー」

「これ、バイト先で振舞ってくれたフライドチキン」

「やった。ラッキー」


 ふふ。


 我が家に彼氏が待つこの贅沢!

 高価なレストランでの外食もいいけど、彼氏を含んだささやかな団欒でクリスマスイブを静かに過ごすのも、ほんとに素晴らしいことだよね。


 でも現実はそう順調なことばかりじゃない。


 祖母は退院して介護用にリフォームしたマンションに帰っては来たけど、自部屋にほとんど閉じこもってる。

 左半身の麻痺は手足だけじゃなくって顔にも残った。

 思考ははっきりしてるけれども、しゃべると意思が読み取れないような感じにしか聞こえない。

 だから、母親になにかを頼むことはしない。ご飯を部屋に運ぶのもわたしの役目だ。


 母親に弱味を見せたくないのだ。

 強い姑のままでいたいんだろう。


 小さな会社とはいえ父親もこの年齢で転職したので若い社員さんとのやりとりが大変なようだ。

 そもそも社長が父親より年下の若い会社だ。

 だから残業も結構あって、年末ギリギリでないとこちらに帰って来れないという。


 母親は。


 わたしが手伝うとはいえ、家事や契約した多機能介護施設の訪問ヘルパーさんとのやりとり、ケアマネさんとの打ち合わせ等、『家計のマネジメント』をすべて一手に引き受けてるのに。


 祖母は直接母親に頭を下げない。


「別に。こんなもんでしょ」


 そう言い切る母親の人間的深さを、この歳になって初めて知るわたし。


 でも、もっと偉いのが恵当だ。


「おかあさん。按摩しますよ」

「え!? そんな、いいのよ、恵当くん」

「いいからいいから」


 母親の足の裏をマッサージしてくれてる。


 それから、祖母にも。


おお先生。僕、とうとうこの曲弾けるようになりましたよ!」


 ピアノを弾けなくなった恩師に対してもリスペクトし続けてくれてる。


 もしも恵当が一緒に暮らしてくれてなかったら、多分我が家は一家離散してただろう。


「恵当。あのさ・・・」


 わたしはバイト先で出会ったカナちゃんとセイジくんのことを恵当に話してみた。

 そして、もうじき進路を決断しなくてはならないこの時期になっても迷いの世界に迷わされていることを正直に打ち明けた。


「恵当。ごめんね。わたしの小説のために恵当に彼氏になってもらったのに。それで目標だった東京の大学に合格もしてるのに」

「嶺紗。今日、白猫を見たよ」


 恵当の返しがやや意表を突いていた。わたしが動きを止めていると恵当はそのまま話し続けてくれた。


「今日、スーパーの買い出しの帰りに、神社にお参りしたんだ」

「ふ。クリスマスイブに神社?」

「きれいだったよ。3cmほどだけど雪が積もっててさ」


 そう。ホワイトクリスマスだったのだ。


「そしたらさ、鳥居の隅の方でさ、まだ若そうな白猫がね、横から僕を睨んでるんだよ」

「へえ」

「僕が鳥居をくぐろうとしたら、真正面の位置になって体を伏せてさ。下からこうものすごい鋭い目で僕を睨むんだ。怖かったよ」

「やーね」

「でもね。体がとってもシャープで動く毎に筋肉の流れが見えるんだ。野生動物、って感じがしたよ」

「要はノラ猫ちゃんでしょ?」

「そうなんだけどさ。多分狩もやってるんだろうね。人間に媚びるって雰囲気が全くなくて。それで、毛並みがきれいなんだ。白猫なのに、しかも新雪に混じってるのに、ほんとに真っ白で。薄汚れてないんだ。きっと毛繕いも丁寧にしてるんだよ。自活して自分をコントロールできてるんだろうね」

「なにが言いたいの?」


 大人びた恵当には出会った時からイラッとする瞬間はあったけど、今日の彼はこれまでにないぐらいに大人びた話し方をする。思わずわたしも挑戦的に答えた。


「そう。嶺紗のその眼。まるでその白猫だよ」


 あ。


「嶺紗。僕、手紙に書いたよね。嶺紗は自分のやりたいことをやって、それが結果的に誰かを幸せにする、そんな女性だって。この意味、わかる?」


 完全に恵当にリードされてるわたし。

 ううん、と首を振った。


「自己中心的な人ってのは、自分のやりたいことだけやる人間ってだけじゃなくって、やることなすこと自分の利益にしか還元されない人間。でも嶺紗は違うよ? 生まれついてのココロがとても優しくて人への慈しみに溢れてる」

「褒めすぎ、だよ」

「ううん。嶺紗の小説は徹底してそのココロが文章から溢れ出てる。それから、ピアノも」

「・・・ありがとう」

「だから嶺紗は、『へっへっへっ。わたしは自分のためだけに生きてやる!』って思っても気がついたら誰かの背中をそっとさすってあげてる。浅草の観音様みたい」

「ちょ! それってなに!?」

「はは。僕の最上級の誉め言葉だよ。だからさ、嶺紗」


 初めて恵当の方からわたしの手を握ってくれた。


「嶺紗のココロのままに、決めていいんだよ」


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