リアルサンタにして彼女
『リアルサンタ』と聞いて実はややいかがわしいバイトを想像していた。でも、杞憂だった。
普段はライブやイベントの運営・受託をやっているこの企業が年末のスポット仕事として企画したのがリアルサンタ・デリバリーだ。サンタコスプレの女の子をデリバリーするのではなく、あくまでもプレゼントをサンタに扮するわたしたちが現場に配送するというのが仕事の内容だった。
「基本はプレゼントのデリバリーです。みなさんにサンタの衣装を着ていただきます。これが依頼主様のリストです」
集まった20人のアルバイトたちは軽くざわめいた。
小学校へケーキ200人分。
グループホームへお孫さんたちの手紙と絵100家族分。
まちなかクリスマスイベントに抽選用のギフトをデリバリーし、そのままイベントに参加。
そういった中にこういうものがあった。
病院へ、クリスマスソングのデリバリー。
「
なるほど。
社員さんが運転するバン5台に分乗してそれぞれの持ち場へ向かう。
わたしは市内の病院をハシゴすることになった。同じバンに乗り合わせるメンバーと自己紹介する。いわゆる『セッション』する間柄なので、全員ファーストネームでの自己紹介となった。
「セイジ。高2で今日はアコギ担当」
男の子。
「カナです。高1。ヴォーカルです」
女の子。
「
セイジくんがわたしに声を掛けて来た。
「嶺紗さん、サンタのコスプレ、エロいね」
「え?」
なんだって?
「ごめん。もう一度」
「エロいね」
わたしがどう反応すればいいか悩んでいると、スパン、という気持ちのいい音がした。
「痛って! なにすんだよ! カナ!」
セイジくんの声を無視してまたバイトのマニュアルを丸めたやつでカナちゃんが、スパン、とセイジくんの後頭部をはたいた。
「うるさい! セイジ、恥ずかしいでしょうが! しかも、わたしの目の前で!」
なんだかよくわからないけど、訊いてみた。
「なになに? カナちゃんとセイジくんて、知り合い?」
「はい。すみません、嶺紗さん。わたしの躾がなってなくて。恥ずかしながら、一応わたしのデキの悪い彼氏です」
「カナ、出来が悪いなんて言うなよ」
「うるさい! 初対面の嶺紗さんになんて失礼なこと言うのよ!」
「だってエロいだろうがよ。サンタコスプレはいいけど、ミニスカだぜ? 反応するなって方が酷だろう」
まあ確かに、女子の衣装がスカートなのはかわいさのために仕方ないかとは思ったけれども、それにしても短かすぎる。
「セイジくん。カナちゃんに反応してあげなよ」
多分2人ともわたしの言い方に照れてしまったんだろう。突然しおらしくなる。
「セ、セイジ! とにかく嶺紗さんに失礼のないように」
「ふ、ふん! カナこそ自分もかわいい服装してるからって浮かれるんじゃないぞ!」
うーん。
青春だなあ。
そしてわたしたちはいくつかの病院を回った。
入院中の子供達のクリスマス会やいわゆる老人病院での反応なき慰労会のようなクリスマスの集いや。
そしてわたしはセイジくんとカナちゃんの非凡さにすぐに気づいた。次の病院へ移動するバンの中で訊いてみた。
「もしかして2人とも、クラシックやってる?」
セイジくんとカナちゃんは顔を見合わせ、カナちゃんが答えてくれた。
「嶺紗さん。実はわたしたちふたりとも、高校の音楽学科の生徒なんです」
「あれ? カナちゃん、ウチの県ってそんな高校あったかな?」
「大阪です」
ドキ、っとした。
「セイジはクラシックギターを、わたしは声楽をやってて、推薦で大阪にある私立高校に入って。同じ学生寮に入ってます。今は冬休みで帰省中です」
「わお」
「嶺紗さーん。嶺紗さんこそピアノすごいね」
「ありがと、セイジくん、あのね・・・」
言おうかどうしようか躊躇したけれどもなんだかこの2人との出会いが運命がかっているような気がした。
だから、言った。
「あのね。実はこの間、大阪の芸術大学のピアノ専攻科に受かった。行くかどうかはまだ分かんないけど」
「わお」
わお、の合唱で返された。
セイジくんがやや興奮気味に語りだす。
「すげえ! 俺たちもその大学の推薦、狙ってんだよね。なにしろあそこは普通の人間はとらないからね」
「え? どういうこと?」
「変態的な
「れ、嶺紗さん、すみません。一応セイジは褒めてますからね」
「いや、なんとなくは分かるけど」
「ねえ、嶺紗さん。ちなみに試験で何弾いたの?」
「クイーンのボヘミアン・ラプソディと、ガンズ・アンド・ローゼズのユー・アー・クレイジー」
「やっぱり!」
またも合唱で返された。
「つまり嶺紗さんは変態的天才的芸術家なのさ」
「変態的・・・なんか嬉しくない」
「あの・・・嶺紗さん。提案なんですけど。ユー・アー・クレイジーってアンプラグドでもやってましたよね」
「ああ。GN’R LIESに入ってるやつね。って、カナちゃんたちの年代でどうしてそんなことまで知ってるの?」
「わたしたちはロックが大好きなんですよ」
「そうさ。その芸術大学行って変態仲間みつけてバンド組んで、在学中にデビュー!」
ん?
なんか、わたしの小説家になるためのプランに似てるな。
「嶺紗さんこそどうしてガンズを?」
「芸術大学の先輩から東欧のピアニストがSweet Child O’ Mineの動画挙げてるのを教えてもらって。それでハマって耳コピで弾くようになって」
「耳コピで試験受かったの!?」
「すげえ!!」
自分自身すごいとは全く思ってないけど、つまり最後の病院で、ユー・アー・クレイジーをアンプラグドバージョンで演奏しようというカナちゃんの提案なのだ。
いいのかな、と思ったけど社員さんも、
「いいよ」
とあっさり。
クリスマス会向けじゃなくって総合病院のロビーでクリスマスムードの演出でBGM的に演奏するのでなんでもいいのだそうだ。もちろん何曲かはクリスマスソングをやった上でだけど。
到着し、まずは軽く一般的なクリスマスソングを何曲か。
セイジくんのアコギはピッキングが正確で美しいし、カナちゃんのヴォーカルも声の透明度がすごくて周囲になんとなく人が集まってきた。
「さて。やりますか」
セイジくんがおもむろに、ユー・アー・クレイジーのリフを鳴らし始める。
激しいオリジナルバージョンとは対照的に渋みと深みのあるブルースのようなギターがロビーを一瞬、静寂にした。
「アオ!」
カナちゃんの抑えたシャウトを合図にわたしがベースのような感覚でピアノをかぶせていく。
アンプラグドバージョンは大人の鑑賞にも耐えうるような深みと渋みのある演奏だけれども、歌詞はそのままだ。
ファッキン、なんて単語も、カナちゃんはAXL・ローズばりに歌う。
だんだんわたしも楽しくなってきた。
気がつくと、ピアノのフットペダルの横で、サンタコスプレのミニスカから伸びたわたしの足でもってバスドラのフットペダルを操るような動きでリズムをとっていた。
さきさんとの連弾の快感が蘇る。
わたしはここが病院であるということを完全に忘れる。
点滴をガラガラ引っ張る顔面蒼白の患者やら多分重篤な肝臓疾患の黄疸を示す患者やらがロビーを通り過ぎるけれども、別に特別なことじゃない。
街を歩けば、そこいらの人が皆、「死にたい」「疲れた」「やってらんない」とか思ってるんじゃないかなあ。
学校は学校とて、いじめのせいで東大合格圏からはずれた子やら給食を机の中に流し込まれる子やら。
家は家とて幼子がDV親から生死に関わる虐げを受け、異常が日常となってしまっててさ。
カナちゃんが、そういう状況全部ひっくるめて、
「Fuckin’」
と鎮めた声でシャウトしてるように、どうしてもわたしは思えてくる。
バイト上がりに、カナちゃんとセイジくんはわたしにかなりまじめに言ってきた。
「嶺紗さん。大阪に来ませんか?」
「ああ。ユニット、組もうぜ? そうすりゃ俺たち、高校でデビューだ!」
正直、迷ってる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます