共同生活にしてつまり一緒に暮らそ?

 祖母がいなくてもピアノ教室の月謝は死守したい。

 全員は無理だけれども、できる範囲で平日は夕方、土曜日は恵当けいと以外の生徒もレッスンすることになった。


 WEB小説投稿サイトのミーティングのこともあり、父親は恵当とわたしの関係をなんとか認めてくれた。


 早速恵当を招集した。


おお先生、大丈夫?」

「うん。左半身はちょっと動かないみたいだけどね」

「じゃあ、もうピアノは」

「うーん。相当厳しい。それでね、恵当にお願いがあるんだけど」

「なに? 僕で役に立てることなら」

「ウチに常駐してくれないかな?」

「ジョーチュー? え? もしかして、常駐?」

「うん、そう」

「あの。常駐って、なに?」

「もう・・・恵当も結構エッチだね。そういう言葉を求めてるの?」

「あの・・・」

「ふ。わたしから同棲どうせいなんて言葉引き出そうとして!」


 恵当の動きが止まった。

 多分、春休みに「彼氏になって」と頼んだ時以来の大規模な反応だ。


「いやいやいやっ!」

「え? 嫌なの?」

「いや、そうじゃなくて・・・」

「じゃあ、一緒に暮らそ?」


 我が家のキッチンで不毛な遣り取りをするわたしと恵当を見かねて、母親もテーブルに座ってくれた。


「恵当くん。姑が退院して在宅介護が始まるまでの間だけお願いできませんか? ウチの人も単身赴任で東京へ行っちゃうものですから」

「は、はい。あの、お手伝いするのは一向に構いません。でも、泊まり込む必要まであるんですか?」

「あるんだよ、恵当〜」


 ふざけるわたしを軽く叱り、母親が恵当に事情を説明してくれた。


「このマンションの耐震工事がちょうど始まるんですよ。住人個々の部屋に入って工事業者さんがする作業も結構あって・・・もちろんきちんとした業者さんだから滅多なことはないと思うんですけど・・・」

「そうそう。結局わたしと母さんだけになっちゃうし、母さんにしたっておばあちゃんの病院に詰めちゃう感じになるし」

「あの、お母さん。変なことお話ししていいですか?」

「ええ。なんですか? 恵当くん」

危険だとは思わないんですか?」

「恵当くんが危険? どういう意味かしら?」

「その・・・つまり・・・」

「恵当がわたしを襲わないかってことでしょ!」

「嶺紗!」


 母親に叱られてしまった。


「恵当くんはとても誠実な子だって、わたしはよく知っています。心配はしてないわ」

「そうですか・・・」

「そうだよ、恵当。将来の練習にもなるしね」

「え? なんの?」

「結婚した時の!」

「嶺紗!」


 一応父親、母親、わたしの3人で恵当の家までご挨拶とお願いに行った。


 実は、恵当のご両親に会うのは初めてだ。


 うーん。緊張するよ。


「あらあらあらあら。あなたが嶺紗ちゃんねー。わー、美人さんだわー。嬉しいわー!」

「あ、ありがとうございます」

「ほうほうほう。キミが嶺紗さんかね。恵当め、こんな綺麗な人を彼女にするなんて。羨ましいぞー!」

「父さんも母さんも黙っててよ」


 一戸建ての今時珍しい畳の座敷に通されて全員正座で和菓子と抹茶を頂いた。


「恵当のヤツ、三国志よりも最近は日本の戦国武将にハマりおって・・・こういう理由だったのかー、はははは!」

「ははは」

「おほほ」

「ふ、ふふふっ」


 わたしたちが引きつった笑いをすると練り切りを追加で出してくれた。父親が切り出す。


「それで、こういう事情なものですから、恵当さんにウチにしばらく泊まっていただきたいんです」

「はいはい、もちろんもちろん。母さん、それでいいよな?」

「ええ、それはもう。恵当、ちゃあんとお役に立つのよ?」

「わかってるよ」


 サバけたご両親だ。これなら夏休みに大阪へすんなり出してもらえたのも納得だ。


「さて、後はスケジュールですな」


 恵当のお父さんがそう言うと、ウチの父親がそれに反応する。


「スケジュール、とは?」

「ははは。町東まちとうさん、決まってるじゃないですか。結納のですよ。なあ、母さん」

「ええ、ええ。そうですよ。次の大安はいつだったかしら」

「父さん! 母さん!」


 この家ではご両親が恵当に叱られてる。


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