作家志望にして実務家

 父親と枕を並べて眠るのは子供の頃以来だった。

 節約のためにビジネスホテルの格安ツイン部屋に泊まったわたしと父親。


「小説家になりたかった」


 とうとう父親が本音を口に出した。

 そう言いながら、小さなメモ帳をわたしに見せてくれた。


「通勤電車の中で今でも少しずつ書き溜めてた。まだ完結には程遠いけど」


 揺れる電車の中でペンを走らせたせいで乱筆で判読できない文字もある。


 けれども単語単位でざっ、と読むわたしの目に、一発の銃弾のように浮き上がってくる美しいフレーズがいくつもあった。


「学生時代、小説家に憧れるわたしにとって神保町は彷徨うだけでも価値ある街だった。本が住人の街だからね。だから単身赴任で来た時は本気でもう一度挑戦したのさ」


 いくつかの文芸誌の新人賞に応募したという。その小説はある月刊誌新人賞の一次選考は通過したが、最終選考には結局進めなかったという。


「モネの『積みわら』を観たのもその頃だよね」

「覚えててくれたのか」


 美術館で買ったモネの絵葉書で小さなわたしに便りをくれた父親。

 その小説のエンディングをどうするか悩んでいた時に積みわらを偶然観たという。


「美しかった。優しかった。だから、私の小説のラストも、美しく優しいものになった」


 父親も中二病なんだろう。

 娘のわたしも中二病なのは当然だ。


「書けばいいのに」


 わたしは父親に促した。


「でも、時間が」

「投稿、すれば?」


 ホテルの夜景が見える窓際の丸テーブルに2人で腰掛け、わたしはコンパクトなワイヤレス・キーボードをタン、と置いた。


「父さん、スマホ出して」


 父親のスマホにそのワイヤレス・キーボードをペアリングしてあげた。


 そして、わたしが今コンテストを戦ってるWEB小説投稿サイトの、父親のアカウントを登録してあげた。


「おお」

「これなら隙間時間にすぐ書けて、投稿できるでしょ」

「すごい。ありがとう、嶺紗」

「どういたしまして。父さん、ライバルだね。負けないよ」

「はは。それは父さんのセリフだ」


 翌日、前職での経験を買われ、父親はその小さな商社の採用が決まった。

 また東京に単身赴任だ。

 けれども、これでわたしにはAO入試による東京の志望校入学や、大阪の芸術大学でピアノを糧に学資を稼ぐという道なども見えてきた。


 選択肢があり過ぎる。


 なんてステキなんだろう!


PS.

 父親はかつて一次選考を通った作品をWEBサイトに投稿した。


 それは美しい恋愛小説だった。


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