ミーティングにして一期一会
ミーティングが開催される。
何のかって?
WEB小説投稿サイトの!
場所は、東京の九段下。
武道館・・・のある近くの貸し会議室だ。
愛のLINE討議が始まった。
嶺紗:でも受験生で父親は求職中でお金がなくて
恵当:いっそのことお父さんを誘ったら?
嶺紗:え!?
恵当:お父さんは以前単身赴任で東京に居たんでしょ? 東京で再就職って選択肢もありじゃないかとか言ってさ。
嶺紗:なんか無理矢理だなあ。そもそもわたしが書いてる小説に関わることだからいいって言う訳がないよ。
恵当:いい案があるんだけど・・・
恵当は天才だ。
こうしてほんとに父親と東京に来た。
「嶺紗。ここが父さんが働いてた東京事務所のある辺りだよ」
「へえ・・・いい所だね」
神保町のすずらん通りの少し奥まった所にある小さなオフィスビルが父親の会社がテナントとして入っていた場所だ。今はもう引き払っているけど、懐かしそうに父親はすずらん通りの東京堂書店や三省堂、それから
「AO入試か。そんな発想無かったな」
「うん。それでね、貸与制じゃなく給付型の奨学金がもらえてね。それだけじゃないよ。大学の研究室を通じて文芸誌やWEB上の公募にも小説発表のルートがあるんだって」
「執筆料は?」
さすが大人。わたしは即座に答えた。
「ピンハネされずにわたしの身入り!」
それから父親は分かってはいるんだろうけど、かなりハードルの高い事実を呟く。
「そのためにはグランプリか」
「そう。だから、恵当の力が必要なの」
「それはダメだ」
話しながら神保町から九段下に向かう。千鳥ヶ淵から坂道を登りながら、武道館の手前あたりのところで小道に入って会場に着いた。
「ごめんね、今日はわたしに付き合ってね」
「ああ。その代わり明日は父さんに付き合ってな」
今日は午後からWEB小説投稿サイト主催のミーティングに参加し、明日は父親がアポイントを取っている東京が本社の小さな商社の面接があるのだ。
貸し会議室とは言いながら、小さなホールぐらいの広さの会場にわたしたちは入った。
「みなさん、今日はようこそおいでくださいました。普段から当サイトに作品を執筆してくださり、ありがとうございます!」
作品とか執筆と言われるとなんだか面映ゆい。でも付き添いで参加を認められた父親はなんだか小説家というものにやや現実味を感じているようだ。
「まずはプロの先生の講演から。
実はこの人選もわたしが参加したかった理由なのだ。
現代でも純文学の作家は時折脚光を浴びることがあるけど、三木井戸さんのように徹底して『私小説』を書いている作家はそんなにいない。そして、小説の中に描かれる私事がなんともリアルなのだ。
ただ、登壇した本人を見てわたしは面食らった。
『女!?』
会場もざわついている。
なぜなら小説家・三木井戸美樹都は『男性』というパブリック・イメージしかなかったからだ。彼・・・じゃなかった、彼女の小説の主人公の一人称は、徹底して『俺』。
おそらくギネスに、『最も俺という一人称が多く登場する小説』というものがあったとしたら、彼女の代表作である「オレオレ俺様」は間違いなく認定されるだろう。
しかも彼女は、なんとも言えずほんわかした容姿だった。
「皆さん〜、こんにちは〜。あ・恥ずかし〜!」
会場が和む。
「え〜と〜、今日はあ〜、わたしの小説が嘘かホントかの話をします〜。結論から言います〜。わたしの小説のイベントはすべて事実です〜」
ええー!? という反応が会場のあちこちから上がる。わたしにしたって同じだ。
「あ、あのっ! 『オレオレ俺様』でいじめられてる主人公が富士山の頂上から突き落とされそうになったのって」
「事実です〜。富士山ではない山ですけど、同じ3000m級です〜」
「そ、それは三木井戸先生ご自身なんですか!?」
「はい〜。主人公は男ですけど、実体験はわたしです〜」
「あのっ! 『銃とわたしたち』でギャング団に車のタイヤをナイフでパンクさせられたのは!?」
「事実です〜。夜中だったので難儀しました〜」
「ぜ、全部ホントのことだったんですか?」
「はい〜。だって、『私小説』ですから〜」
会場のざわめきが極度になったところで司会者がストップをかける。
「質問は後から受け付けますので、まずは先生の講演をお聴きください」
異様な雰囲気に会場が包まれる中、三木井戸さんは持論を展開した。
「え〜と〜。わたしは社会人生活が長かったので〜、仕事やら家の雑事やらで結構色んな所へ行ったり色んな目に遭ったりしました〜。訳が分かんないですけど〜、製油所にタンカーで突っ込んだり〜」
な、なに!?
「それからあ〜、子供の頃はいじめに遭ってたものですから〜、高所から落とされて瀕死の重傷を負うこともしょっちゅうでした〜」
うーん。
「わたしはあ〜想像して書くことができないんです〜。無理して空想して書こうとすることもあるんですけど〜、例えば後頭部を延髄斬りされたりする感覚を描写しようとしたらあ〜、実際にそういう打撃を味わってみないと〜」
そう言いながら、彼女はホワイトボードになにやら書きなぐった。
「これがあ〜、延髄斬りのお〜、解析図ですう〜」
棒人間を使って4コマで描かれるポンチ絵。
爆笑したら失礼だと、会場はなんとかして笑いを堪えようとするうめき声で充満した。
「我慢しなくていいですよお〜」
その言い方が他人事みたいに棒読みだったので、全員大爆笑した。
講演の後はそれぞれが投稿している小説の講評を各ブースでしてもらえる。担当するのはサイト側の編集者さんたちを含めた5人。わたしは事前に恵当との『恋愛小説』を申請していた。
「あらあ〜、お父様もご一緒なんですね〜、よろしくお願いします〜」
なんと! 三木井戸さんに当たった!
わたしと父親はよろしくお願いします、とぺこりと頭を下げる。
「いいですね〜、この彼氏の男の子がまるで実在する人物みたいです〜」
「あの。ホントに実在するんです。わたしの彼氏です」
「わあ〜! いいですね、いいですね〜、ステキです〜」
そして、父親が思わぬことを言った。
「娘はこの小説を書くためにその子と付き合い始めたんです」
これに三木井戸さんが、激しく反応した。
「うわ〜! うわ〜! 最高です〜! 嶺紗さんはあ〜、その男の子のことを〜、愛してますかあ〜!?」
「あ、愛してますっ!」
うわ、言っちゃった!
「お父さんはあ〜、嶺紗さんと男の子のお付き合いを認めてますかあ〜!?」
「は、はいっ! 認めます!」
と、父さん!?
「いいですね、いいですね〜。嶺紗さん〜、小説の中のホントのことって言うのはあ〜、つまり真実っていう意味ですう〜」
「は、はい」
「フィクションでももちろん真実を描けますう〜。ファンタジーに登場する勇者はあ〜、作者の熱い想いを具現した真実ですう〜」
「はい」
「そういう手法があ〜、苦手なわたしはあ〜、現実世界でやっちゃうしか無いんですう〜。『ファイティング・ランニング・マン』は読んでいただいてますかあ〜?」
「は、はい。読ませていただきました」
「クライマックス・シーンを書くためにい〜、わたしは八幡さまの真っ逆しまなぐらいの急な石段をお〜、50往復階段ダッシュしたんですう〜」
「え!?」
「こういうのをなんて言うかあ〜、知ってますかあ〜?」
三木井戸さんは、実に楽しそうに回答を続けてくれた。
「中二病ってえ〜、言うんですう〜!!」
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