ちゃぶ台返しにしてなぜかときめき

 恵当けいとと会えない。


 なので、愛のLINEは燃え上がった。


嶺紗れいさ:会いたい会いたい会いたい(>_<)

恵当:僕も会いたい。お父さんのご機嫌は?

嶺紗:最悪!


 父親はわたしと恵当の接触を一切断つことを求めた。

 毎土曜日のピアノレッスンも祖母が行うことになった。


「嶺紗ちゃん、せめて恵当くんがウチの教室やめないようになんとか繋ぎ止めておくから」

「ありがとう、おばあちゃん」


 ほんとは分かるはずないから、中学校の校舎へ行ってこっそり会ってもよさそうな気もしたのだけれども、


「嶺紗。学校に見に行くからな」


 と、父親がわたしに言ったのだ。

 事実、職探し中の父親ならば恥ずかしささえ気にしなければわたしの高校かその隣の恵当の中学に来てチェックするだけの時間的余裕がある。


 経済的余裕はピンチだけど。


「嶺紗のお父さん、大丈夫?」

「何が?」

「だってさ・・・ちょっと気持ちが不安定なんじゃない?」

「それは間違いない」


 受験間近で騒然とする教室の中、冷静さを保つ梨子リーコが率直な意見を述べてくれた。わたしも同感なのだ。


『父さん、情緒不安定だな』


「嶺紗。俺が慰めてやろうか」


 啓吾けいごも話題に加わってきた。梨子が鋭いツッコミを入れる。


「啓吾は嶺紗と恵当くんが会えなくて喜んでんじゃないの?」

「当たり!」

「はあ・・・ムダだからね」

「え」


 わたしは啓吾を生殺しにするつもりはない。

 すっぱりと殺してあげた。


「会えなくても毎日LINEで恵当と愛を語り合ってるから」

「げ・・・」

「それに、会えないからこそ、投稿してる小説もますます燃え上がってるよ。わたしの切実さがこもってとうとう週間ランキングの一桁まできたから」


 放課後、恵当と一緒にというわけにいかなくなったので、わたしは一人で図書館に籠る毎日だ。

 そして、ひとりで閉館のジムノペディを聴いて、はあ、と疲れながら家に帰る。


「ただいまー」


 自宅マンションのドアを開けた瞬間に怒鳴りあう声が聞こえてきた。


「どうするのよ! 嶺紗がこれから一番お金かかる時期に会社辞めちゃって!」

「俺のことはどうでもいいのか!」


 父親が自分のことをと呼ぶ時は、もはや物事の前後を考えられなくなっている時だ。普段物静かな人間がそういう状況に陥った時の激しさを、わたしは父親以外の人間の実例からも知るぐらいの年頃にはなっている。


 キッチンまで行き、2人が喚き合っている脇のテーブルを見る。


 長芋ときゅうりの酢の物。

 高野豆腐とがんも。

 太刀魚タチウオ塩麹焼しおこうじやき

 大根おろし。

 ごはん。

 味噌汁は白菜メインの具だくさん。


 すべて、わたしの好物だ。

 わたしは父親と母親の一騎討ちタイマンの様子をBGMのように受け流しつつ、全神経をテーブルの夕飯に集中する。


『まさかここであのが繰り出されたりしないよね』


 不安は的中する。


 まず父親がテーブルの端を両手で掴んだ。

 すかさず反対側を上から押さえるように掴み返す母親。

 ガタガタとテーブルが小刻みに揺れる。


「ちょ、ちょっとちょっと!」


 わたしの声も2人には届かない。


「あ!」


 まずは味噌汁がこぼれた。


「う!?」


 それからごはん茶碗がバランスを崩して転がり、フローリングに落ちた。

 頑丈なやつなので割れないけれども白米が台無しだ。


「あーあ」


 酢の物が太刀魚に混じる。

 それから高野豆腐にも酢が流れ込む。

 せっかく出汁だしで含め煮られていたのに、酢が混じった味覚をわたしは容易に想像できなくて、心の底から落胆した。


 そして、その時が来た。


 ズチャーン!!


 伝説のが我が家で再現されようとは。

 しかも、夫婦の共同作業でどうする。


 けれども、食器が割れるよりもさらに凄まじい、割れんばかりの音声が響き渡った。


「この、馬鹿者どもがっ!!」


 祖母だ。


 乙女時代は絶世の美貌を誇っていた彼女が、怒号を発した。


「ええい、いい大人2人して子供の前で恥ずかしくないのかいっ!?」

「で、でも、お義母かあさん」

「だ、だって、おふくろ」

「でももだってもない! 出てお行き!」


 祖母がビシッと言った。

 父親と母親は意気消沈した子供のように応対する。


「でもお義母かあさん、こんな夜に出て行くっていっても・・・」

「そうだよ。泊まるところもないし」

「大人なら、いくらもそういう場所があろうがねっ!」


 更に祖母に怒鳴りつけられ、2人は慌てて玄関から外へ出て行った。


「おなかすいた」

「そうだね。嶺紗ちゃん、うなぎでもとろうかね」

「え、いいの!?」

「わたしも腹が立ったよ。うなぎでも食べんとおさまらん」


 おー。これはこれでラッキー。


 腹いせにうなぎの特上(時価)の出前を取って、山椒もたっぷりとかけて堪能した。


「そろそろ帰って来る頃だね」

「?」


 祖母のつぶやきに疑問符を浮かべていると、玄関のドアがガチャ、と開いた。ただいま、と父親と母親2人してキッチンに入ってきた。


「さっきはすみませんでした」


 祖母に詫びる母親。祖母がすかさずニヤリと笑い、質問した。


のかい?」

「うん、まあ、な」


 父親のモゴモゴした返事に祖母は意地悪そうな、けれどもなんだか楽しそうに言葉を続けた。


「ほう。か」


 なんのことだろう。


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