少女にして少女
「
「
「いいよ。たまにはこんなことでもないとね」
昨日の土砂降りの午後に
わたしからもしない。
代わりに梨子に送った。
『梨子、デートしない?』
「いいねー、久し振りに女子同士の水入らず。どこ行く?」
「服屋」
賑やかな場所へ行くのは嫌だったので、デパートのレディースの階をふたりでぶらぶらした。
「あ。嶺紗。入学式とかに
受験はこれからなのに梨子がそう言ってフォーマルのお店のエリアへと歩み入った。
「こんにちは」
ストライプの入った黒のパンツスーツを着た女性スタッフさんがわたしたちを呼び止めた。
「よろしかったらお見立てしましょう」
とても細身でメイクもしっかりと施したその女性は、見た目よりも年齢が高いだろうと直感した。
しばし実験動物のように彼女におもちゃにされる梨子とわたし。
ふぁさふぁさふぁさっ、と彼女はラックの上に数着ずつスーツを置いて少女ふたりに囁いた。
「かわいいですね、おふたりとも」
その女性スタッフさんは入れ替わりで高校生の少女2人にフォーマルなスーツを着せ替えさせる。偶然か他にお客さんもおらず、女子3人でのファッションショーのようなひと時だ。
「私も娘がいるものですから」
そう言うスタッフさんは、多分、ファッションというものが本当に好きなのだ。
心から愛しているのだ。
「すみません、冷やかしで」
「いいえ、いいんですよ。将来の投資です」
スタッフさんと別れ、デパートの中にある洋菓子店が運営しているカフェで遅いお昼を取ったあと、道路を渡った美術館に行った。
選択肢はない。わたしたちの街に美術館と名のつく建物はひとつだけだ。そこへ行った。
「ガラガラだね」
「うん」
梨子に相槌を打ち、2人して展示作品を観て歩いた。
クラシックに携わる人間は美術にも造詣が深いというイメージがあるかもだけど、残念ながらわたしはからきしダメだ。
そもそもピアノにしたところが曲の時代背景の考察をしたこともない。祖母から、「はい、これ」と弾いて見せられて、「わ、カッコいい! 弾きたーい!」という感じでずっときた。
下手をするとベートーベンとモーツァルトとリストとショパンがごっちゃになっていたりする。
そんなわたしでも、この絵は知っていた。
「『積みわら』だ」
梨子も知っていた。
モネの積みわら。その『日没』。
そもそもわたしはモネという画家が何派で他にどういう作品を描いているのかも知らない。
けれどもわたしがこの絵を知っていたのは、子供の頃に絵葉書を受け取ったからだ。
父親からの。
『嶺紗、お利口にしてますか。お父さんが仕事で立ち寄った街の美術館でとても優しい絵を見つけました。絵葉書を売っていたので嶺紗に送ります。お正月には帰るからね』
当時東京に単身赴任中だった父親から届いた一枚の絵葉書。確かさいたまの美術館だったと思う。子供時代、何の予備知識もなく観たこの絵に対するわたしの気持ち。
「かわいい」
人はいない。
モネの、本物の絵を、梨子とわたしとで独占する。
観賞用に絵のブースの前に置かれた二脚の布張りの椅子に腰掛け、ぼんやりと夕日に映える、ほうっ、とするようなかわいらしい積みわらを飽きることなく見つめた。
「嶺紗」
「なに」
「嶺紗のお父さんみたいに手紙、書いたら?」
「恵当に?」
「そう。メールやLINEじゃなく、手紙」
わたしが聞きながら、それでも積みわらを眺めていたら、
「ラブレター」
って、梨子はやたら嬉しそうにわたしに言った。
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