大人のケンカにして子供の死闘
ハローワークから戻ってきた父親と話す機会がちょうどできた。
「父さん、どう?」
「どう、とは」
「大丈夫かなぁ、って思って」
父親は軽く息を吐いてからわたしに語りかけるように話してきた。
「嶺紗。すまない。私が不甲斐ないばかりに」
「父さんが悪いわけじゃないよ」
「じゃあ、誰が悪いんだ」
「え」
父親のこんな顔は初めて見た。
「嶺紗。私は大学を出てこの会社に入り、それからずっと仕事をしてきた。誠実に職務にあたったつもりだ」
「う、うん。父さんならそうだと思う」
「だが、不誠実な社員たちが私の心を蹂躙した。それも、10年単位でだ」
「パワハラ、とか?」
「パワハラは当たり前だ。セクハラも職場内ではあった。でも、嶺紗。耐えきれないのは、そういう行為が『カネ』に直結することだ。骨の折れる仕事ばかり誠実な社員たちに押し付けてきた奴らが、私よりも給与が高い。恐るべき耐え切れない事象だ」
「どうしてそのひとたちの方が給料が高いの?」
「労多い仕事を他人に押し付けておけば、自分は失敗しないだろう。一事が万事それだ」
「そうだね」
実はわたしは学校と受験に父親が言うことを置き換えてみた。
残念だけれどもわたしの高校にも『いじめ』がある。
そして、一年生の頃は理系でトップだった男の子が理由なき理由で深甚ないじめに遭い、受験間近のこのタイミングでは成績を落としたままの状態でいる。
父親が耐え切れないと言った通りだ。
いじめに遭う子は本来東大に行ける成績だったのにそれをいじめによってガタ落とされ、逆にいじめの中心人物である男が模試で東大合格率90%なのだ。
やってられるか。
父親に起こったことがわたしの高校でのいじめのような状況なのだとしたら、確かに耐え切れないだろう。
実はわたしの高校でのいじめの話には最新の展開があって、彼の父親が学校に怒鳴り込んできたのだ。
「どうせ訴訟したところで勝てないだろう。だから損害賠償などと言う気はない。ただ、ひとつだけ条件がある」
「な、なんでしょうか」
校長に向かってその子の父親はこう言ったんだ。
「いじめをしていた生徒に東大を受けさせるな」
わたしにはとてもよくわかる。
だって、いじめに遭わなければ東大に行けたかもしれない子を貶めて自分が東大に行こうなんて。
卑怯の最たるものだよね。
ただ、わたしの父親の話を
でも、恵当はわたしも想像できなかったことを言った。
「嶺紗のお父さんの会社に乗り込もう」
「え」
「だって、パワハラを野放しにしたのはマネジメントの欠如だよ。会社が悪い」
中1の恵当の中二病だね。
・・・・・・・・・・・・
わたしと恵当は平日の午後、授業をサボった。2人とも生まれて初めてだ。
恵当とふたり、父親の会社の総務部の受付にやってきた。当然父親には何も言わずに。
「社長さんにお会いしたいんですが」
中1の中でも小さく子供子供した容姿の恵当が応対した男性社員にそう告げると、なんだお前、という表情で、言葉だけは丁寧に言われた。
「アポイントメントがおありですか?」
「ありません」
恵当がそう言うとその男性社員は面倒臭そうにけれども言葉だけは丁寧に、
「お名前は? どういうご用件でしょうか?」
わたしはその時の恵当の姿を、多分一生忘れない。
「有塚恵当。
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