京都にして田舎者
翌日。
日曜日で大学の授業もないので
△△大学は百万遍の近くにあるという。
「百万遍って、弘法大師の百万遍の行に因んでるんですか?」
「違うぞー、
さきさんがすかさず恵当に解説する。
「ところで恵当くんが今言った弘法大師の百万遍ってどういうお話?」
「ええとですね、沙里さん。弘法大師が世を救おうとお誓いを立てられた時のお経なんかを覚えるための勉強法なんですよ」
「ごめん、恵当くん。それって?」
「はい。真言を百万遍唱えると、無類の記憶力を得ることができてお経なんかを自由自在に暗記できる、そういう方法らしいです」
「魔法?」
「みたいなもん、ですかね」
百万遍か。
それを本気でやったのか、弘法大師は。そして知恩院のお坊さまも。
まるで中二病だ。
わたしは小説を百万遍書いただろうか。
「嶺紗ちゃん。百万遍唱えたら赤本も全部暗記できるのでは?」
「はは。さきさん、受験が終わっちゃいますよ」
ひょっとしたらピアノならば、1歳の時から百万回弾いてるかもしれない。
「おー、いいねー」
わたしたちは△△大学のキャンパスに歩み入った。それは沙里さんとさきさんの芸術大学のそれとも○○大学のそれとも違った。
なんというか、アカデミック、というのでもない。
それこそさっき恵当とさきさんが解説してくれたそれぞれの百万遍の重厚さをキャンパスと中を行き交う学生たちとで作り出してるような雰囲気だ。
一通り見終わり、せっかくなので近くの茶葉屋さんがやっている喫茶店に入った。
「ああ、おいしい」
「高いけどね」
ほほほ、と笑い方まで大阪にいる時と違うわたしたち。
でも、田舎者丸出しなんだろうな。
「嶺紗ちゃん。わたしに逢いに来るためにこうして大学下見のアリバイまで。ありがとうね」
「そんな、沙里さん。わたしがとにかく沙里さんに逢いたくて仕方なかった、ってだけです。お陰で素晴らしい出会いがいっぱいありました」
わたしはさきさんを見、昨日お会いした近田ケル人教授をも思い浮かべた。
「ねえ、嶺紗ちゃん。真面目に聞いてくれるかな」
「はい、沙里さん」
「本当にウチの大学の音楽科に来ない?」
「・・・」
「才能、という意味ではあなたは間違いなくピアノについて持ってる。それに、あなたのピアノは時間的な蓄積も含めて圧倒的な努力をしてきてる」
「ふむ。嶺紗ちゃんはそれを努力とすら意識しとらんだろうけどな」
「嶺紗ちゃん、さきの言う通りだよ。どう? 音楽科に入ってピアノをやりながら小説を書くっていうのもアリじゃない?」
「沙里さん。やっぱりわたしの小説は・・・」
「素晴らしいとは思うわ。お世辞じゃなくて。だからこそわたしはあなたの小説にイラストを描いた。でもね」
一瞬だけ沙里さんは視線を逸らし、それからまた真っ直ぐにわたしに向き直った。
「ピアノの比じゃない。残酷だけど」
・・・・・・・・・・・・・
「じゃあ、受験頑張って」
「イチャつき過ぎないように」
沙里さん、さきさん、それぞれから餞別の言葉を頂いて恵当とわたしは新幹線で自分たちの街への帰路に着いた。
クーラーの効き過ぎた車内で恵当はホットのココアを一口飲み、わたしに呟いた。
「一番目標に近いのは多分さきさんだよね。それから、嶺紗のピアノも」
窓側に座らせてくれた恵当に斜め後ろからの横顔を見せたまま車窓の流れ行く風景を見てわたしは呟いた。
「答えを出すためにも小説を書く」
「うん・・・」
そう。
わたしは、書く。
恵当もいてくれる。
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