♀3にして♂1
今日はもともと
そこにさきさんも加わることになった。
「ごはんごはん」
沙里さんによると、さきさんは、小柄・痩せの大食いの典型だそうだ。
4人で夕食を食べるにあたり、何を食べようかと一悶着あろうかと思いきや、
「奢ったげる。わたしのギャラで」
とさきさんがない胸を張って豪語した。
着いたのは梅田駅近くのジャズバー。
「いよっ、さきちゃーん!」
彼女はスタンドピアノの前に座るんじゃなくて、立つ。それでちょうどなぐらいの身長なのだ。
「へろー、大阪っ!」
九州出身の彼女はライブの度に毎回この挨拶をすると沙里さんが教えてくれた。店内の老若男女、と言っていい多様な年齢層の客たちはアイドル歌手でも登場したようにヴォルテージが最高潮に達する。
しかもすごいのは、ウッド・ベース、ドラムともアフリカ系で白髪の年季入りジャズメンなのだ。
そのトリオの花形が、さきさん、というわけだ。
ウッド・ベースのイントロに合わせて即興演奏が始まった。
「うわ・・・かっこいい!」
「ここはウチの学生も結構出入りしてるからね」
ギャラで奢ったげる、と言ってたけれども、ボーイさんが、
「さきさんのお連れ様ですね」
とわたしたちをVIP待遇だ。
つまりまだ一年生の芸大生にしてこの人情酒場のようなジャズバーで彼女は既にドル箱なのだろう。
MCもおもしろい。
「この間先生にね、『ピアノがバック・ビートになってるぞ!』って叱られちゃった。アブねーっ!」
ゲラゲラと会場が笑いに包まれる。
けれどもわたしが驚愕したのは、彼女が即興で弾くメロディー・ラインだ。
間違いなくオリジナル。
そして、そのメロディーがどれをとっても一級品なのだ。
言っちゃあなんだけれども、その辺の映画のサウンドトラックに勝ってると思う。
そして、煽る煽る。
「ほれ、歌えっ! 笑えっ! 泣きたきゃ泣けっ! 吐き出しちゃいなっ!」
マイクを通さずとも彼女の見た目まんまの小学生のような高音ヴォイスが、キンキンと会場によく通る。
楽しい。
これだって、芸術さ。
「こらーっ! そこの高校生と中学生!」
嫌な予感はするけども間髪入れずに個人情報を暴露された。
「嶺紗ちゃんと恵当くん、stand up!」
反射でわたしと恵当は立ち上がってしまう。
「And Dance!」
「れ、嶺紗・・・僕、ダンスなんてしたことない」
「うーん。わたしだって学校の授業で創作ダンスやったっきり・・・取り合えず、手を繋いでみよ?」
「え!?」
わたしが恵当のおでこにキスしたことはあったけど、手を繋いだことは実はない。
わたしがリードして、向き合い、恵当の両手を握った。
「れ、嶺紗・・・」
「うんうん。そのままステップ」
ぎこちないけど、やってみたわたし自身意外だった。
『あれ? 踊れる・・・』
そうこうやってると、客席から次々とカップルたちが立ち上がる。
踊り始めた。
「ふふふ」
と、はにかみあうサラリーマン風のカップル。
「おお、それ、それっ」
とチークダンスのように踊る老夫婦。
「沙里さんも」
と声をかけ、躊躇してたのでわたしと恵当は踊りながらテーブルまで沙里さんを迎えに行った。
そのまま3人で手を繋ぎ、輪になってステップを踏む。
踊れるジャズ。
さきさん、凄い。
「いやー、完全燃焼っ!」
アルコールは無いといいながら、まるで犯罪だ。
そしてもう1人。
「にが・・・」
やっぱり初ノンアルコールビールとなる
この風景も犯罪だろう。
「
「はい、沙里さん。祖母に強制されて」
「わ。先生らしい」
真夏のこととて、フローリングに全員雑魚寝だ。
そしてひとり緊張感を増している人物がいる。
「いやー、恵当くん、どう? かわいい彼女との初夜は?」
さきさんが面白がって恵当をからかう。わたしがどうこうというよりも3人もの20歳前の女性・・・いや、少女たちと一緒に枕を並べ、アルコールの無い缶ビールを傾けながらうつ伏せに寝そべってトークをしているのだ。
緊張しないわけがない。
「もう、寝ます」
「おーっと、そうはいかんぞー!」
恵当がタオルケットを頭からひっかぶろうとするのをズリズリとさきさんは引きずり剥がす。
「や、やめてください」
な、なんというかわいさ。
わたしは恵当の焦りまくっている姿にときめいてしまった。
さきさん、ナイスです。
「じゃあ、恋バナといこうか」
場を完全に仕切ろうとするさきさんを沙里さんが遮った。
「待って、さき。ごめん。それはキツい」
「あ。ごめん」
まったく悪気ないさきさんは沙里さんに素直に謝った。さきさんはこう言う。
「創作バナシ、しよう」
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