清にして楚、激にして烈
わたしの真の属性。
ワナビ。WEB小説投稿者。
表面属性。
清楚なピアニスト。
「
「ええ。わかったわ」
さあ、間違い探し。
何が違う?
正解。
『ええ。わかったわ』
わたしは
それ以外のクラスの子たちには「ええ。わかったわ」と抑えた低音ヴォイスでクールに答える。
自分で言うのもなんだけれども、多分わたしの見た目はそこそこいいらしい。身長もまあかなりある方だし、ピアノ弾いてるから指が太らないように節制もしてきてる。そしてそのピアノそのものがまるでわたしの人格の象徴であるかのように、皆錯覚している。
「美しい・・・」
あくまでも合唱の伴奏で黒子のはずなんだけれども、どうしてもわたしの演奏は目立ってしまうらしい。
まあ確かに一定基準の歌唱力をクラスのみんなが発揮しれくれれば、わたしのピアノのプラスαのアシストで、合唱レベルの底上げは可能だ。
けれども、わたしは音楽の残酷さをはっきりと知ってる。
『美しい曲を奏でる音楽家が、必ずしも美しい内面の持ち主とは限らない』
でもよく考えれば当たり前のことだ。
だって音楽は、人間の本質を突く芸術だから。
それは小説とて同じ。
だからわたしは鍵盤とPCのキーボードは同一の『楽器』と見ている。
「あ」
気まずい。
「お、おはよう」
「ああ、おはよう」
以前のわたしと啓吾の朝の挨拶はこんなんじゃなかった。
『啓吾。朝っぱらからシケてるわねー』
『おお、嶺紗。朝メシ何杯食ったー?』
もう、二度と戻らない日々なのかな。
代わりにわたしと
『恵当、赤兎馬が脱走したっ!』
『はあ? 嶺紗の妄想ノベライズででしょっ!』
こんな感じだ。
恵当、
受験生とて合唱コンクールはそれなりに力を入れる。まだ6月だ、っていう思いもあるし。
「じゃあ、最後の全体練習ね。嶺紗、お願い」
「ええ」
最初の鍵盤から伝わるハンマーの打撃だけでもって、わたしはみんなの歌唱へのモチベーションを最高潮に引き出す術を知ってる。
これは1歳の頃からピアノの前に座らされ、祖母がわたしに仕込んできた文字にはできない『感覚』だから、他者に伝えることはとても難しい。
今もラ・カンパネラを目指してレッスンを続ける恵当に口で伝えようとしたこともあったけれども、彼の明晰な頭脳をもってしてもなかなかに理解に苦しむようだ。
そんなわたしは、この感覚を、小説を書くときになんとか応用できないかと足掻いている。
最初のワンセンテンスでもって、読者の心を物語にどっぷりと浸からせる感覚。
あるいは、最初のワンセンテンスでもって、読む人を救う小説。
なんとかやりとげたい。
「はい、ラスト、声だしてっ!」
指揮者の
わたしも演奏のダイナミックさを加速させる。
ただし、みんなの歌唱のレベルを追い越さないように抑えて。
ああ。
満足はしないけど、これでいいわ。
・・・・・・・・・・・
久しぶりにCDショップへ行ってみた。
合唱コンクール自由曲の小倉一斉さんの演奏によるバージョンがあると知ったからだ。ことクラシック、特にピアノに関してはCDというのはまだ有効な媒体だ。欲しいピアニストの演奏がネット配信で入手できるとは限らないからだ。その辺はポップ・ミュージックとはまた異なるところだ。
「あれ」
「あれ」
同じ反応を互いにした。
啓吾がショップに居た。
「・・・こんばんは」
「ああ、こんばんは」
おはようがこんばんはになっただけだ。
用が済んだのか、啓吾はわたしと入れ替わるみたいな感じで店から出て行こうとする。
「じゃあ、さよなら」
さよなら、って・・・
ほんとにさよならなの?
「け、啓吾」
啓吾が止まる。ゆっくりとわたしを振り返る。
「なに」
「っと・・・なんで一緒に居てくれないの?」
「・・・なんで?」
「うん」
啓吾はしばらく床を見つめた。
啓吾が俯くなんて、初めて見たかも。
「嶺紗。ほんっ、とうに、恵当のこと好きなのか?」
「・・・分からない・・・」
「だろう? ほんっ、とうに小説書きたいのか?」
ああ。啓吾にはやっぱり見抜かれてる。
「ごめん・・・分からないんだよ」
「・・・ピアノは?」
「多分、弾きたくて弾きたくてたまらないんだろうと思う」
「でも、我慢してるよな? 合唱コンクールの練習でも。いや、一年生の時も二年生の時も、ずっとそうだったよな」
「そうよ」
「・・・想像だけど、恵当のピアノのレッスンでもそうなんじゃないのか」
「多分。本当はわたしのレベルをそのままぶつけて弾かせてみたいって思うこともあるけど、恵当の頭の良さをわたしのフィーリングで潰すなんてできないし」
「潰せよ」
「え」
「潰してやりゃいいじゃないか。嶺紗が思うような男にしてやりゃいいじゃないか。俺はな」
啓吾の顔が段々上がる。
「俺はな、二年生の時に嶺紗に振られて、嬉しかったんだぞ」
「・・・マゾ?」
「違う! 茶化すな! あのなあ。思い通りにならない嶺紗だから、余計に好きになったんだよ。そういうことだ」
「そういうことだ、で収束されても」
「小説だってそうだぞ。ほんとはもっとドロドロしたこと書きたいんだろ」
「う・・・」
「はっきり言え!」
「う、うん! ドロドロのベトベトのぐちょぐちょの、くらーいくらーいキャラばっかり登場させてさ!」
「おう」
「最後には全員、スカーっ、て昇天させたいっ!」
「ふ。ふははははっ!」
「はっ、あはははははっ」
「ははははっはははっは!」
「うふ、うふふふふふふふふっ!」
「お客さん、外行ってください」
合唱コンクール当日になった。
会場は市民ホールを借り切って、一般の方たちも鑑賞できるシステム。
そしてお隣さんのよしみで、恵当の中学校も音楽の授業ってことで聴きに来てる。
わたしたちのクラスは課題曲で最高評価を受けたので、自由曲の合唱は大トリになった。
「じゃあ嶺紗。いつも通り頼むわね」
「ええ」
いつも通り、か。
序盤は静かな立ち上がり。
いつも通りのタッチでいつも通りのテンポでいつも通りの盛り上げで。
前半のパートが終わって、わたしの間奏の部分に差し掛かった。
『そう。ミスタッチしないように。丁寧に。ゆるやかに・・・・』
やってられるかっ!
ダン! ダン! ダン!
ダ・ダンダ・ダン! ダンダンダンダン!
クラスのみんなが一斉にわたしの瞬間的な筋力増し増しでぶっとく鍵盤に突き立てられる指先を見る。
観客席も。
『とぅるらー、たらっ、たらっ、たったったったーっ!』
わたしの指の動きが止まらない。
加速し続ける。
わたし自身も弾いたことのない速弾きで間奏、ううん、ソロパートを叩きつける。
ハンマーを連打し、弦を加熱するようなわたしの超スピード・ハイパワー打鍵にため息をつく客席。
と、ステージ上のクラスの誰かが無理矢理に手拍子を打ち始めた。
『あっ』
啓吾!
そのまま後半パートになだれ込む。
テンポは速いけれども、みんな滑舌良く、腹から声を出してくれてる。
『歌え。ほれ、歌えっ!』
わたしはわたしのピアノでみんなに命令する。
もっと声出せっ!!
口の開きを極大にするクラスのみんな。指揮する美由紀もまるでマエストロのように激しく髪を振り乱す。
観客席の手拍子の音もどんどん大きくなる。
それに負けまいとわたしも高い打点から、鍵盤の奥底まで突き込むように、撃つ、撃つ、撃つっ!
いけーっ! もっと、もっと!
突き抜けて飛んでっちまえーっ!!
わあああー、っていう怒号のようなうねりの中、わたしは最後の音を、ガン!! って鳴らしたさっ!!
まだ会場がどよめいている中、ステージ袖に恵当が降りてきてくれた。
まるで抱きつくような勢いでわたしの両手を握って讃えてくれる。
「恵当。ありがとっ!」
「嶺紗、あのね、あのね」
「うんうん」
「あのね、ラ・カンパネラの前にねっ」
「うんうんうん」
「今の曲、教えてっ!!」
そっか。
いっちょやるかい!
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