夏にして涼し
わたしの高校の校舎の屋上は、登ることができる。今時希少な学校だ。
大盛況、とはいかないけれども、お昼の時間などは今でも屋上でお弁当を食べる女子同士や時には彼氏・彼女同士もいたりする。
ただ、夏は例外。
コンクリートの床面が太陽の熱をしっかりと吸収してアチアチの温度となる。気温が高くて暑いという以前に、足元が物理的に熱い。
ならば、冷やせばよい。
そう考えるのが、わたし、
そして、そこに
「どうして屋上で受験勉強を?」
「いやー、空いてるから。ねえ、啓吾」
「ああ。広々してるし。なあ、嶺紗」
「ううん。わたしたちがバカだから」
「あっはっはっ」
恵当が笑ってくれただけでもやる価値はありそうだ。
作戦その1:ビニールプール満水。
「ああ・・・あと何杯?」
「多分、100杯くらい」
ビニールプールなので水を貯めないといけない。屋上には水場はない。なので、バケツリレーをやっている。
「はー。水が溜まる前に脱水症状で死んでしまう!」
作戦その2:打ち水
「ああ・・・あと何往復?」
「多分、100」
以下同文。
作戦その3:アイス100本
「溶ける」
作戦その4:風鈴
「吊るす場所が、ない」
作戦その5:蚊取り線香
「趣旨はなんだ?」
・・・・・・・・・・
「うーん。どうすれば涼しくなるんだ。なあ、恵当。いい方法ないか?」
「えー。啓吾くんは高校生でしょ? 中学生の僕に頼って恥ずかしくないの?」
「別に」
「ねえ、嶺紗。いっそ屋上は諦めてプールに行くとか」
「梨子。受験生であることから逃避してるよ」
「いや、嶺紗。そもそもこんなことやってることが現実逃避だよ」
初志貫徹。
日の暮れた夜ならば涼しいだろうとの結論に達した。
「啓吾、鍵は?」
「うん。守衛さんと交渉して・・・ほら、この通り」
「大丈夫? こんなこと勝手にやって守衛さんの立場、まずいんじゃないの?」
「嶺紗、それはバッチリ。守衛さんに、『青春の思い出作りなんです』って言ったら、2つ返事だったよ」
もはやなんのためにやっているのかすら分からなくてなっちゃってるけど。
「恵当くん、ごめんねー。ウチらのくだらないレジャーにつき合わせちゃって」
「平気ですよ、梨子さん。でもレジャーなんですかこれ」
校舎内の照明をつけるわけに行かないので、全員ライト持参。啓吾はヘッドバンドで頭につけるやつを持って来てる。
「啓吾。いいね、それ」
「へへ。いーだろー、嶺紗。なんとインポート品さ」
「ふうん。恵当、怖くない?」
「え。特に。嶺紗は?」
「実はね・・・」
「うん。なに?」
「この学校にはいわくがあってね・・・」
「はは。お決まりのパターンだね」
「それが、異常なのよ。手口が」
「手口?」
「そう。恵当。人間が死ぬ時に一番屈辱を味わう死に方ってどんなのだと思う?」
「え? そ、そうだね・・・不意に殺されちゃうとか」
「汚物の中で死ぬことよ」
「汚物・・・」
「悪魔がいたの」
「・・・」
「その悪魔はね、学校のトイレがまだ水洗式じゃない、汲み取り式の頃から校舎の一番西側の便所に巣食っててね。一年に一回、新月の夜にその汲み取り式の
「な、なんで・・・」
「なぜかって? 薔薇園の肥料にするためよ」
「え・・・どこに薔薇園が・・・」
「ほら、グラウンドの端を見て。暗くて見えにくいけど、あのポプラの木のあたりに地面がドス茶色になってる箇所があるでしょう? そこにね、汲み取り式の弁壺から掬った糞尿を、その薔薇園に撒くのよ。そして、その糞尿には落とされた一年生が、腐乱して、溶けて・・・」
「な、なんで一年生なのさ!?」
「あら。心配しないで。中1じゃなくて高1の話だから。とにかく若い方が肉が柔らかいし新陳代謝がいいから腐敗も進みやすいし。いい肥料になるのよ」
「嶺紗。やめようよ」
「それで、肉が崩れたあとのむき出しになった臓物がね・・・」
「やめてったら!」
わたしが恵当の恐怖に慄く
「おいおい、恵当。そりゃあ嶺紗が一年生の時に投稿してたホラーの短編だわ」
・・・・・・・・・
わたしたちは暗く細い廊下と階段を踏破して最上階へ。
そしてその更に上へと続く階段を、コッ、コッ、と歩む。
キチッ、ドアノブの鍵穴をひねり、スチール製のドアをギ・ギ・・・と押し開けた。
さて、上空の天候やいかに。
「わあっ」
4人が揃えて感嘆の声を挙げるとおり、ドア枠の長方形目一杯から、涼風が、ぶわっ、と溢れてきた。
「涼しーっ!」
みんな、とっ、と屋上への第一歩を踏み出す。
新月だけれども、街灯りがコンクリート表面を照らして、まるで月面みたいだ。
「みんな、脱いじゃえよ!」
「啓吾、セクハラっ!」
「ち、違っ! 靴とくつ下脱いで裸足になれ、っての!」
「それも女子の足への嗜好かっ!? やっぱりセクハラ!!」
とは言いながら、みんな裸足になった。
「あ、サラサラ」
「うわー、気持ちいー」
「だろう? 前言撤回せんかー」
「うんうん。啓吾、天才!」
実際、コンクリートが風雨と厳しい陽光とに晒されて、表面が粒子の細かい良質な砂浜のような感触になっている。そして昼間の熱が適度に残ったぬるさが、返って足裏に心地よかった。
「恵当、足、冷やさない?」
「え。嶺紗。どうやって?」
「こうすんのよ」
わたしは膝下までの綿のスカートをきちんとたくしてコンクリートの上に体育座りをし、そのままでつま先を、くっ、と少し宙に浮かせて足裏を恵当に向けた。
「ほら」
視線のやり場がなくてドキドキしている様子の恵当。
同じところをウロウロ二、三歩歩いたあと、ようやく自分も体育座りをして、足裏をわたしの方に向けた。
わたしは自分の足をクレーンゲームのように、ういん、と動かす要領で恵当の足裏に、ぴとっ、とわたしの足裏を当てた。
あ。わたしの足の方がサイズが大きい。
恥ずかしいな。
梨子がびっくり声を出す。
「わ、なんかエロい!」
「エロくないエロくない。冷やっこくていい気持ち。ね、恵当?」
「う、うん・・・」
わたしと恵当を見て、啓吾が梨子に言う。
「梨子。俺たちもやるか?」
「やだ! 啓吾の水虫が感染ったらどうすんのよ!」
「俺は水虫じゃねー!」
コミック雑誌みたいな啓吾と梨子の掛け合いを聞きながら、わたしと恵当は足裏をぴったり合わせたまま、顔を横に向けて上空の雲を見る。
「きれいだね」
「うん」
雲に街の灯りがサーチライトのように届いて反射しているのだ。
不思議なことに、時間の経過とともに、灯の色が、青、オレンジ、赤、と変わっていく。
わたしの足の方が大きいので、わたしの足指で、恵当の足指を、きゅっ、と挟んでみた。力を入れると、わたしの方の圧なのに、恵当の足指の形がわたしの指をきゅきゅっ、と押し返すような感じで、ちょっと不思議な感覚になった。
「ふふ。気持ちいい?」
わたしが訊くと恵当は視線がますます定まらなくなる。
光がないのでわからないけれども、きっと顔を赤らめていることだろう。
それでも、「うん・・・」と小さな声で答えてくれた。
恵当も自分の足指でわたしの指をマッサージするように挟んできてくれた。
時間が経つと、冷やっとした肌の感覚の上に、お互いの体温が伝わって来るようになった。
ああ・・・
気持ちいい・・・
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