嫉妬にしていじける

 啓吾けいごが突然わたしのマンションにやって来た。

 いや、今までにも何度か押しかけて来てわたしの自部屋たるロフトで大江健三郎など読んで行ったこともあるのだ。


 ただし、全ての来訪は梨子リーコと一緒だったんだけどね。


「どーぞ」

「どーも」


 わたしはエスプレッソを啓吾にふるまった。なぜかというと。


恵当けいとはココア飲むようなお子様だろ? 本気で相手にしてるのか?」


 などとのたまうから。


「じゃあアンタは大人ということで」


 と、突き出したのだ、エスプレッソを。


 どうしてだかわからないけれども恵当を軽く扱われると無性にイライラする。彼氏だから、ってだけじゃなくってどうやらそれ以上の感情がわたしの中に芽生えてきているように思う。


「なんかあったのか?」

「なんか、ってなに」

「だから・・・なんかはなんかだよ!」

「意味わかんない」

「分かれよ」


 不毛なやりとりを繰り返していると、母親から、ちょっと、と呼び出された。


「なに? 母さん」

「ちょっと・・・大丈夫?」

「え。大丈夫って?」

「だってほら。啓吾くんとはいえ男の子だから。で、嶺紗は女の子じゃないの」

「?」

「ほら・・・男と女が2人きりで部屋に居て何かでもあったら」


 そもそも筒抜けのロフトでも何も起こりようがないと思うけど、なんだか違和感があったので母親に言ってみた。


「この間、恵当が来た時は何も言わなかったよね? どうして?」

「だって恵当くんは子供だから」

「恵当は大人だよっ!」


 自分でも驚いた。

 なんなんだろう、これは。

 ただ、はっ、として母親にはすぐに謝った。


「ご、ごめん、母さん」

「う、ううん。いいんだけど・・・どうしたの? まるで恵当くんが嶺紗の彼氏みたい」


 うんそうだよ、とはやっぱり言えなかった。そのかわりわたしはこのフラストレーションを晴らすべく、ドンドン、と床を踏みならしてロフトに戻った。


「啓吾。やっぱり言うよ。なんかあった」

「え・・・なに?」

「キスした」


 啓吾の顔面が瞬時に白くなったのが面白いように分かった。

 トドメを刺すように、もう一度言ってみた。


「キスした。恵当に」

「おまおまおま・・・」

「おま?」

「お、お前、そりゃ、不純異性交遊だぞ!」

「? 多分、語彙を間違ってる」

「じゃ、じゃあ、あれだ。未成年に対する淫行だ」

「ちょっと! 人聞きの悪い。わたしも未成年なんだけど。12歳の男の子にキスするのが、そんなにいけないことなわけ!?」

「ん? 男の子?」

「うん」

「・・・男の子?」

「・・・ちがう。

「白状しろ、嶺紗」

「ごめん・・・フカした。わたしが恵当のおでこにキスしただけ。唇じゃない」

「そうか・・・」


 啓吾はそう呟いて立ち上がった。

 ・・・当然、ロフトの低い天井に頭をぶつける。


「・・・つつ」

「ちょっと、大丈夫?」

「帰る」

「・・・そう」

「嶺紗。もう学校で一緒にいるのはやめよう」

「え」

「じゃあな。さよなら」

「ちょ・・・啓吾・・・」


 行ってしまった。


 なんなんだろう、これは。

 まるで子供だ。

 やっぱり恵当の方が大人だ。


 ああ・・・


 寂しい・・・

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