第4話 チョコ作り

 私のチョコ作りへの挑戦が始まった。

 挑戦、何をおおげさなと思うかもしれないが、本当に挑戦なのだ。


 『筋を通す』と決めたからには、やはり、ここは市販のものではなく、手作りチョコしかない。


 しかし、私の挑戦は困難を極めた。


 いったい、何をどうすれば、ここまでまずいものができるのだろう。材料が悪いのか、調理器具が悪いのか、それとも、レシピが悪いのか。


 分量通りの材料を混ぜ合わせる。しかし、混ざらない。なぜだ?、なぜ均質にまざらない?


 正しい材料、正しい分量、問題ない調理器具。それでも、美味しいものができないのは、もう才能がないとしか言いようがない。


 お母さんに手伝ってもらおうか。いや、そうしたら、手伝うどころか、お母さんが作ったことになってしまう。『筋を通す』ためには、自力でやらなきゃ意味がない。


 何度も失敗を重ね、キッチンには、謎の茶色い物体が、積み上がっていった。



 そして、迎えたバレンタインデー前日。


 朝から雪が降り、静まりかえった世界。

 頼れるものは、おのれの腕だけ。

 血の滲むような(うそ!)特訓の成果が、今試される。

 密かに溜めた貯金を使い、最高級のベルギーチョコを使った、失敗の許されない一発勝負。


 私は、持てるすべての力をそそぎこんだ。



 バレンタインデー当日の朝、私はお父さんにチョコをあげた。本番に備える、リハーサルだ。


「恵が、手作りチョコをくれるなんて」

お父さんが涙ぐんでいる。


 こんなに感動してくれるなら、もっと早く作ってあげれば良かったかな。でも、昔、私が目玉焼きを作った時、お父さんがグロテスクな物体を涙ながらに『うまい、うまい』と必死に食べた姿を思い出すと、とても、手作りチョコを渡すなんて、できなかったんだよ。


「感動しているところ悪いんだけど、食べて感想を聞かせてくれない」

「えっ」

怯える父。娘を愛してはいても信じてはいない。複雑な、父親の感情がそこにはあった。


「わかった。大切な恵のためだ。覚悟は決めた」

そう言って、お父さんはチョコを口にした。


「こ、これは?」

「ど、どう、まずい?」

「いや、普通だ! 普通に食べられる! 恵、すごいぞ!」

最高級ベルギーチョコを使ったのに『普通』という微妙な評価。


 「おいしい」でも「まずい」でもないこの味に、あの味おんちは、いったいどういう顔をするのだろう。


 前日に降った雪は、降り止んでいた。

 私は覚悟を決めて、学校に行った。

 真っ白な雪道を歩いて。

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