『ちいちゃんの箱』
押入れの奥を整理していたら見覚えのある古い小さな箱を見つけて、あれ、これは何の箱だったかしらと思いそっと出してみた。上面には「ちいちゃん」と幼い字で書かれていた。
それを見た私は、
「ああ、ちいちゃんの箱だ」
と、思わず言葉が漏れて微笑んでしまった。
ちいちゃんとは小学生の頃に仲の良かった同級生のことだ。同じクラスで性格もすごく合って、先生から、あなた達二人は本当に親友って感じねと言われる程だった。
手で箱に積もった埃をそっと払った。色々な思い出が蘇ってくる。ちいちゃんは学校帰りにいつも私の家の前まで一緒に歩いてくれた。少し方向が違ったし、毎日悪いからと思い、今日は私がちいちゃんの家まで歩くよと言った時もあったけれど、ちいちゃんは何故かいつもそれを拒んだ。噂によると、彼女の家は貧しい家庭だったらしく所謂ゴミ屋敷と言われるような家だったらしい。今思うと、きっと私にそんな家を見られるのが恥ずかしくて嫌だったのかもしれない。
「ねえ、お互いに箱を交換しない?」
ある日の帰り道、ちいちゃんは私にそう言った。
「箱?」
「うん。中に大切なものを入れて交換するの。でも、中身は私たちが大人になるまで絶対に開けないっていうルールで」
彼女は楽しそうに「ね、面白いアイディアでしょ」と言って笑った。
私も「それ、面白そうだね」と言ってその提案に乗った。要は、交換する形のタイムカプセルという訳だ。
「何を入れよっかなぁ」と言って嬉しそうに悩んでいる彼女の姿が脳裏に浮かび上がってきた。
今、私の目の前にある箱はその時ちいちゃんから貰った箱だ。私は確か当時親に買ってもらってお気に入りだったシュタイフのテディベアを入れた気がする。結構悩んで、最終的に一番好きだったぬいぐるみを入れようと決めた。
ちいちゃんは箱に何を入れたのだろう。ゆっくり揺すってみると、ゴソゴソと布に包まれた何かが揺れる音がした。
厳重に止められていたカラフルなテープを外しフタを開けると、中にはやはり布に包まれた何かが入っていた。その布を外すと、そこには懐かしいおもちゃや小さなぬいぐるみ達が入っていた。
「あれ、これって私の?」
すっかり忘れていたが、そこに入っていたのは全て私が小学生の頃、親に買ってもらった物だった。
箱の中には、他に四つ折りされた手紙が入っていた。開いてみると、
『ごめんなさい。これは私がぬすんでしまったものです。ほんとはすごくうらやましくて。ほんとうにごめんなさい』
と、幼く懐かしいちいちゃんの字で書かれていた。私はふっと笑みが溢れてきたと同時に、名状しがたい感情が湧き上がり涙が溢れ出てくるのを抑えることが出来なかった。彼女の家は貧しかったのだ。親におもちゃやぬいぐるみをねだっても買ってもらえず、私の家に遊びに来た時、きっと魔が差して私に気づかれぬように盗んでいったのだろう。
おそらく箱を交換しようと提案した彼女は、最初から私にこのおもちゃを返すつもりだったのだと思う。「何を入れよっかなぁ」と言って楽しそうに悩んでいた彼女の演技に気付き、私は切ないとも悲しいとも言えない、この胸の苦しみを抑えることが出来なかった。
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