『僕は今日、家出をした』
バスがどこに行くのかは知らない。歩いていて見かけたバス停に丁度よくバスが来たから何も考えずに乗っただけだった。
『何時に帰ってくるの?』『夕食は食べるの?』『あんまり遅くまで遊び歩かないように』
何度も届く母からのメールに返信はしなかった。もう二度と家に帰るつもりはなかったからだ。僕は今日、家出をした。
普段バスに乗る事なんて殆ど無かったから、バスがどの様なシステムで運行されているのかよく知らなかった。乗車口の隣の小さな機械から切符が出ていたからとりあえず取った。降りる時、運賃と一緒に運転手へ渡すのだろう。
バスには僕のほかに乗客は居ない。夜10時過ぎの最終の便だからだろうか。あるいは田舎のバスに元々利用者なんて少ないのかもしれない。
「次は終点、終点です」
運転手が行き先を告げる。乗客は僕しかいないから僕に対して伝えられるメッセージと言ってもよかった。
しばらく走り見えてきたバス停の前で停車する。扉が開くが僕は座席に座ったまま動かない。ここで降りたところで何をしたらいいのか自分でも分からなかった。
「なんだ、またお母さんと喧嘩したのか」
アナウンスからそんな言葉が流れる。運転手が振り向いて僕に話しかけていた。
僕は返事をせず、窓の外をただぼんやりと見ているだけだ。
「早く帰らないとお母さん心配するぞ。何回も連絡が来てるんじゃないのか」
彼の言う通り、何度も母からの電話やメールの着信がきていた。
「さあ、もう帰るぞ」
そう言うと、バスは扉を閉じてゆっくりと動き出した。
「今日のおかず、一つ貰うからな」
「運賃だろ? 分かってるよ」と僕は無愛想に返事をした後、「ありがとう、兄さん」と一言、聞こえるか聞こえないか位の小さな声で呟いた。
バスは夜道を走る。僕の短い家出はもうすぐ終わる。もうすぐ、終わる。
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