手掛かりへの道標
リリが拾った声は、奇しくも優太達が見学しようとしていた超常現象研究会の部室からであった。
今も中から男女の声が聞こえる。
どちらも聞いた事のある声で、女性の声には困惑と怯えが混ざっていた。
「そ、それは困ります」
「良いじゃん。会員募集してたっしょ?俺らは授業サボる為のたまり場が欲しかったし、そっちは人増えるしで悪いとこないじゃん」
「私が募集しているのは、超常現象に興味のある方です。誰でも良い訳ではありません。それに、ここでサボられたら、この同好会が目をつけられて活動できなくなってしまいます」
「そこは先輩がうまく言い訳してよ。会員を守るのも会長の役目っしょ?」
「だ、だから、あなた達を会員にした覚えはーー」
「お、何これー?」
「なんか飾られてんな。ガキが書いたような下手くそな絵だな。誰かの似顔絵か?」
「これって魔法使いじゃねー?部活紹介の時に言ってたやつ」
「ああ、あれか。魔法使いに助けられたってマジでウケたわ!しかも絵まで描いてるし妄想ハンパねえ!」
「マジウケるよねー。あ、超常現象研究会だし、わざわざ飾ってるのって、もしかして変な仕掛けがあるからとかー?」
「さ、触らないでっ!」
言い争ってる男とは別の男達の声が聞こえ、それに伴い女性の悲痛な叫びも聞こえた。
助けるにしても状況が分からず、しばらく部室の外で様子を探っていた優太達は、我慢の限界がきてドアを蹴破るように突入した。
「おい!さっきから聞いてれば、人の大切な物を笑うなよ!」
入室するやいなや優太は怒りを露にして、中にいた少年達を睨みつけた。次いで室内に入ってきたアリスやリリも彼らをゴミを見るような目で眺める。
案の定、中にいた少年達は昨日アリスを口説いていた者達であった。
彼らは突然入室してきた存在と目に一瞬怯んだものの、その人物が優太達だと分かると、敵意のこもった目で、主に優太を睨みつけた。
「誰かと思えば、昨日の
先程まで超常現象研究会の少女と言い争っていたリーダー格っぽい茶髪が、ターゲットを優太に変え、昨日の恨み言を吐く。
「マジうざい。何でここにいんのー?」
「また俺らの邪魔をしに来たのかよ?」
絵の入った額縁を触ろうとしていた長髪と金髪もそこから手を離し、威圧するように優太に一歩近付いた。
「お前らの邪魔をしに来たんじゃない。先輩を助けに来たんだ」
「あ?助けるって何だ?お前は正義の味方気取りか?」
「正確には見習いだけどな」
ー しぃん ー
優太が正義のヒーローを目指してる旨の発言をした直後、先程まで騒がしかった少年達が急に静まりかえった。
だが、数秒も経たないうちに超常現象研究会の部室内は少年達の爆笑に包まれる。
昨日を彷彿させる、完全に優太を馬鹿にした笑い方である。
「せ、正義の味方ってマジで言ってんの!?」
「昨日もそうだったけど、やっぱりコイツ頭おかしいな」
「あははは!腹いてー」
更に、3人で優太を貶すところも昨日と同じであった。
だが、もう1つ起こった昨日と同じ繰り返しが、再びリーダー格の茶髪を襲う。
「人の夢を笑うでないわっ!!」
ー ドカァッ! ー
「っ?!」
否。
昨日のビンタより凶悪な一撃が茶髪を襲い、彼は声もなく股間を押さえその場に突っ伏した。
金的に攻撃を受けたのだ。
男性の一番大切な箇所に容赦なく蹴りを入れたのは、もちろんアリスであった。
彼らが優太を笑って油断しているところに物理的制裁を加えたのだ。
彼女は倒れ込み悶絶する茶髪や、咄嗟に自身の股間を庇う長髪や金髪に対して鋭い視線を浴びせる。
「即刻失せよ。不愉快極まりないわ。昨日もそうじゃが、そなたらは何故他の者を嗤う?人を貶して面白いか?自分達の方が上だと優越感に溺れたいのか?何にせよ、これだけは言っておく。そなたらは最底辺の人間じゃ。そなたらより下の者など、どこにもおらぬ。最底辺から抜け出したいならば、他の者を貶し夢を嗤う前に、己を磨く努力をせよ」
「・・・ちっ」
アリスの言葉に対して、リーダー格の茶髪が沈黙していたからか、少年達は何も言い返さず、茶髪を介抱しながら舌打ちの音だけを残して部室を去っていく。
彼らの目に反省の色はなく、ただただ屈辱と憎悪がこもっていた。
「何じゃ。先程まではピーチクパーチク騒がしかったくせに。反省もせずにあのような目を向けるとは、ますます不愉快な奴らじゃ」
彼らが出ていくのを見届けた後、アリスは嘆息と愚痴をこぼした。
「まあ、アイツらからすれば、俺達は邪魔ばかりする鬱陶しい奴という認識だろうし、反省はおろか自分達が悪い事をしてるっていう自覚もないだろうな」
「あ、あの・・・」
優太も呆れた表情で少年達が退室していった部室のドアを眺める。
「自覚なき悪事は
「そりゃ、ムッとはしたさ。でも、俺はまだまだ力不足だし理想からは程遠いしで、今はまだ笑われても仕方ないと思ってな。それに、怒りにまかせたら手が出そうだったし」
「あの~・・・」
実際、少年達に手を出さなければいけばい状態になる前に、彼らが去っていった事に優太は人知れず安堵していた。
「手を出して懲らしめたら良かったのじゃ。日頃から鍛練しておるそなたなら楽勝のはずじゃ」
「勝ち負けの問題じゃないんだ。あそこで手を出して、物理的な喧嘩になったら先輩に迷惑がかかってしまうだろ下手すりゃ超常現象研究会が活動できなくなってしまうし、そうなれば白騎士の手掛かりになるかもしれない話も聞けなくなってしまう。だからあれで良かったんだ」
「むう。そういう冷静なところは騎士然としおってからに。これでは手を出したわらわが馬鹿みたいではないか」
「いや。だからといってアイツらから言いたい放題言われて癪だったのも事実だ。正直アリスのおかげでスッキリしたよ。ありがとう」
「う、うむ」
自分の考えの足らなさが浮き彫りになり、若干不貞腐れかけたアリスだったが、優太の笑顔と感謝の言葉で早くもいじけた表情は崩れ、変わりに照れた表情が浮かんだ。
「あのっ!」
「「!」」
その時、優太達の近くから大きな声がした。
驚いて声の方を向くと、そこにはリリに付き添われた超常現象研究会の会長がいた。
「大きな声を出してすみません。先程から何度か声をかけたのですが、気付いていらっしゃらなかったようで、リリさんに相談したら大きな声でと言われたので、つい」
少女は驚かれた事に、申し訳なさと恥ずかしさで真っ赤になり、声が尻すぼみになった。
元々彼女は大人しい性格であり、人見知りもあって初対面の人と話すのは得意でない為、今回も優太達を前にしてとても緊張していた。
「あの2人は大の仲良しなので、話に夢中になると周りの声が聞こえないのですよ。だから今のように大きな声を出さないと気付いてもらえないのです」
そんな少女を気遣って、リリはいたずらっ子のように優太達をからかい、場を和ませようとする。
「そ、そのような事はない・・・ぞ?確かに優太とは友達じゃしよく話しはするが、周りの声もしっかりと耳に届いておるぞ?」
「そうだぞリリ。話に夢中になるとはいえ、アリスはともかく俺は常に周りにも注意して耳を傾けてるからな」
「わらわはともかくって何じゃ!?」
「アリス様はともかく、ユータ様も意外と鈍いところがありますよ?」
「なっ!?リリまで!?」
「マジでか?ちょっとショックだ・・・」
「ゴルァッ!そなたはわらわを何だと思っておるのじゃ!」
リリのからかいと優太の同調で、アリスの表情がくるくる変わる。
少女は3人の微笑ましい?やり取りを見ているうちに緊張が解れ、自然と笑みがこぼれるようになった。
「ふふっ。3人は仲良しなのですね」
少女の柔らかい笑顔に、優太も戯れを止めて微苦笑で返す。
「実はまだ出会ってから1週間ちょっとしか経ってないんですけどね。ある出来事があってこうなったんです」
「まあ。羨ましいです」
少女は心の底から羨望するように、目を輝かせた。
だが、すぐに我に返り、顔を赤らめ恥じらいの表情になった。
「す、すみません。私ったら」
「いえ、こちらこそ騒がしくてすみません」
「そんなっ!謝る事なんてないです!ただ羨ましくて・・・それよりも、先程は助けていただきありがとうございました」
優太が謝罪すると、今度は慌てたように彼女は手を振り、そして、改まって感謝の言葉を口にした。
「俺は何もしていません。異変に気付いてここまで誘導したのはリリですし、奴等を追い払ったのはアリスですしね」
「もちろ
そして貴方にも。何もしていないとおっしゃいましたが、確かに私はあの時貴方に助けられたのです」
優太達が部室内に入る直前の事であった。
少年達の馬鹿にする笑い声が部室内に響き渡る。
彼女は大切な絵を笑われる事も馬鹿にされる事も慣れていた。
その絵を描いて、魔法使いに助けられた話をしてから常に付きまとってきた事だ。
絵をからかわれ、話を嘘つき呼ばわりされる度に、自分を助けてくれた彼自身が否定され、侮辱されている気がして、悔しさで胸が痛くなる。
しかし、元来内気な性格である彼女は、言い返す事も争う事もできず、ただ唇を噛み締めて耐えるしかなかった。
そう。慣れていようとも心の痛みはあるのだ。
今回も彼女は叫ぶのが精一杯で、その後、少年達がどうしようと何もできず、いつものように耐えるしかないはずであった。
しかし、新たに入ってきた人物達によってそうはならなかった。
突如入室してきた彼は少年達の近くにある絵を見てなお、笑わないどころか、少年達を激しく非難した。
続いて入室してきた少女達も絵に否定的な感情をみせず、傍にいてくれたリリという少女に至っては、心のこもった絵だと褒めてくれたのだ。
家族以外の者から、大切な絵を笑われなかったり、からかわれなかったのは初めてであった。
特に
『大切な物を笑うな!』
この言葉を聞いた時、彼女は長く曇っていた心の中が、一気に晴れ渡った気がした。
それは少女の心が救われた瞬間であった。
少女はその出来事を反芻し、改めて優太達に笑顔を向ける。
「貴方の言葉に私の心も助けられました。だから、私は皆さんに心身ともに助けられた訳です」
そこで彼女は深々と頭を下げて、再度感謝の言葉を口にした。
「本当にありがとうございました」
そこまで感謝されるとは思わず、優太達は若干困惑しながらも、彼女の微笑みに照れ臭そうにしていた。
しかし、少女はそれだけで終わらず、ある提案を持ちかけた。
「それでですね。助けていただいた皆さんに何かお礼をしたいのです。もちろん私にできる範囲のものになりますが」
「お礼なんてそんな・・・いや、お礼というよりお願いになるんですが・・・良いですか?」
さすがに言葉以上のものをもらう訳にはいかず、断ろうとした優太だったが、ある案を閃いた。
「お願いですか?もちろん良いですよ。・・・あっ、で、でもえっちなのは、ちょっと・・・」
「いやいやいや、この状況でそんなお願いはしませんよっ!」
変な発想に至った彼女は顔を真っ赤にさせてうつむきながらゴニョゴニョととんでもない発言をする。
もちろん優太は慌てて否定した。
「わらわの騎士とあろうものが、助けた事を出しにして、なんと下劣な要求を・・・」
「ユータ様も健全な男性ですので、そういう興味もおありでしょう」
「だから、違うと言ってるだろっ!」
じと目を向けひそひそ話をしているアリス達にも吠えるように否定する。
アリスはともかく、リリの方は明らかに楽しんでいる様子であった。
「こほんっ。それでは先輩・・・あ。そういえば先輩のお名前を聞いていませんでしたね」
軽く咳払いをして、気持ちを落ち着かせた優太は、まだ少女の名前を知らない事に気付いた。
「まだ自己紹介していませんでしたね。私は
「火守先輩ですね。こちらこそよろしくお願いします。俺は雪城優太です。今日入学しました」
「わらわはアリスティア・イリアメント・セラフィリアスじゃ。優太と同じく今日からこの学舎で学ぶ事になっておる」
「私はリリエッタ・シエラウルナです。御二方と同じ新入生です」
「雪城君に、アリスティアさん、リリエッタさんですね。ちなみに、ここに来たのは私を助ける為だったのですか?それとも、超常現象研究会に興味があったとか?」
灯音は自己紹介のついでに今更ながらに聞けなかった事を尋ねた。
「実はその両方なんです。この超常現象研究会を部活見学しようとしたら言い争う声が聞こえて。そして声の主を助けようとして向かった先が偶然にも初めの目的地であったここだったんです」
「そうだったのですか。皆さんも超常現象に興味があるのですね」
「超常現象にも興味はあるのですが、もう1つ興味のあるものがあるんです。それを聞くのがさっき言ったお願いなんですけどね」
だから下心あるお願いじゃ断じてありません。
優太は念を押すように再度強く否定する。
そして、お願いの内容を灯音に伝えた。
「火守先輩は部活紹介の時にこう言われましたね?『魔法使いに助けられた。』と。多くの人は冗談だと笑いますが、俺達は笑いません。何故なら魔法使いはいるからです。そして、俺達も命の恩人を探しています。俺達が助けられたのも小さい頃の一度きりです。今は手掛かりすら掴めていません。そんな中、先輩の話を聞いてもしやと思い、先輩と接触する為にこの部室に来ようとしたのです。火守先輩。どうかお願いします。魔法使いに助けられた話を俺達に聞かせて下さい」
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