幕間 巫女と魔法使い

火守灯音ひのもりあかねは優太の願いを受け、自身の過去の出来事を話す事にした。

彼らなら笑わないし、交換条件で彼らの話も聞く事ができるので、灯音にとっても魔法使い探しの手掛かりになるかもしれない。

そして何より、優太達に聞いて欲しかったのである。

魔法使いの存在を肯定している理解者達に。


灯音は火守神社の神職を代々務める家の長女として生まれ育った。

火守神社は古くからある由緒正しい神社なのだが、いつ頃建てられたのかは定かではない。

一説によれば平安時代には既にあったともいわれている。

そして、祀られているものが特殊であった。


『火』なのである。


現在は火を模した木彫りの像が納められているが、何代か前までは実際に『火』が納められていたらしい。

何故『火』を祀っているのかは、この地域の伝承に由来する。


まだ争いが絶えなかった時代。

数多の地で多くの血が流れ、やがて血に誘われるように鬼などの魔物が各地に現れ人々を苦しめた。

深刻な事態に陥った事を理解した人間達は、争いを一時休戦し、足並みを揃えて魔物の討伐にあたる。

しかし、魔物側もただ討たれ続けてはおらず、次第に集結し、人間の討伐隊と戦い始めて1年経つ頃には万を越える群れとなっていた。

その大物量を以て東側の国々をほぼ壊滅させた魔物達は、都を落として日本中を蹂躙せんと西の方へ進撃を開始した。

人間の討伐隊も都を守る為に西側へと集結し、魔物の群れを迎え撃ついくさの準備をした。


そして、その戦いの舞台となったのが、現在の盾上市であった。

特に護角町辺りは迎撃戦の最前線であったと云われている。

当然ながら、当時はそこに神社はなく、簡易的な物見櫓ものみやぐらと竹壁が並び、戦いが始まる前は魔物達の進撃を監視していた。

魔物達は『火』を恐れ、火の前では力が弱まると伝えられており、いざ戦いが始まれば物見櫓や竹壁に火を付けて魔物達の弱体化を謀った。


その効果があったかは定かでないが、戦いは見事に討伐隊が勝利をおさめ、魔物達の数を減らし、追撃戦で魔物の群れを壊滅させる事に成功した。

その後、魔物討伐に一役かったとされる『火』と、その『火』を魔物達から守り抜いた武士の功績が称えられ、その中心地に『火』を祀る神社が建てられた。

また、彼の武士一族には『火守』の名が与えられ代々神社の神職に従事する事となった。


それが『火守神社』と『火守』の起こりであった。


もちろん、これは伝承であり、事実かどうかは定かではない。

そして、時代が進むにつれてその神秘性も薄れ、現代に至っては『珍しい由来があるマニアくらいしか知らないマイナーな古い神社』という程度の認識しかされていない。



「せえっ!やあっ!」


早朝、神社の境内で幼い少女の掛け声が響く。

少女は掛け声と共に、多少ぎこちないが流れるような動作で手に持っている稽古用の模造刀を振るう。


ー ヒュンッ、ヒュッ ー


朝日を浴びた銀色の刀身は、少女が動く度に煌めきを放ち風を切る。

やがて、一通りの型が終わったのか刀身を鞘に納めて、彼女は本殿の方へと一礼する。


「ふう」


朝の稽古が一段落し、少女、当時9歳の灯音は深く息を吐いた。

火守神社の神職に代々就く火守家は、その成り立ちゆえ、朝の務め終わりに剣術の型稽古を行う事が習わしとなっている。

灯音はまだ正式に神職に就いていないが、5歳の頃から巫女見習いとして神職を手伝い、型稽古も覚えるようになった。


「さあ、朝のおつとめしゅーりょーっ!次は学校のじゅんびー!」


模造刀を片付けた灯音は、元気良く家へと駆けていく。

普段は内気で大人しい彼女であるが、朝稽古の直後で興奮が冷めていない為か、普段より声が弾んでいた。

また、本日は快晴で気持ちの良い朝であるのも要因の1つかもしれない。


(今日は良い事ありそう!)


そんな仄かな期待を胸に、行き慣れた通学路を近所の人と挨拶を交わしながら登校する。

こうして、彼女にとって運命の1日はいつもと変わらない穏やかな朝で始まった。


「黒やぎさんからお手紙とーどいた。白やぎさんたら読まずに食べたー・・・」


放課後、友達の家へ遊びに行った帰り道、灯音は夕暮れ時の薄暗い中、彼女にとって一番の難所を歌いながら通っていた。


護角町には広大で深い森がある。

そこは木々が生い茂り日中でも日差しが入らず常に薄暗い。日暮れ時は尚更顕著で、まるで町中の闇を集め固めたかのように森全体が黒く塗り潰される。

それゆえに、一度踏み入れれば二度と出られない迷いの森であるとか、大昔の戦で倒しきれなかった強力な鬼が封じられているだとか、または、国家機密レベルの秘密基地だとか。

そんな途方もない噂話が数多くある。

ただ、真実を調べようにも、その森の周りには『立ち入り禁止』の看板がいくつも並び、いくら好奇心旺盛な者でも、森へ入る事を躊躇ってしまうものであった。


内気な灯音なら尚更である。

本当は近付きたくもないが、そこを通らないと家へと帰れない。

だから灯音はそこを通る時は恐怖と不安を紛らわす為に必ず歌を歌うのである。


「仕方がないのでお手紙かーいた。さっきのお・・・あっ!」


ー ビュオォッ! ー


何度目かの同じ歌詞を繰り返し歌っていた最中であった。

突然、生ぬるい風が吹き、灯音が被っていた帽子を森へと運んでいった。

その帽子は彼女にとって、大のお気に入りであった為、そう簡単に諦め手放せるものではなかった。


「う~っ、ど、どうしよう・・・誰も見てないし、少し入るくらい良い・・・よね?」


立ち入り禁止の森に入る恐怖と不安に、しばらく躊躇いの時間を有したが、やがて決心がついた灯音は帽子が落ちている場所へと踏み入った。

幸いにも帽子はまだ森の外から目の見える範囲に落ちていたのですぐに拾う事ができた。

そして、急いで森を出ようと踵を返したその時、森の中から助けを呼ぶ若い女性の声が聞こえた。


ー 助けてお嬢ちゃん。足を挫いて動けないの ー


「お、お嬢ちゃんって、私のこと・・・だよね?」


一瞬ドキッとしたが、聞こえてきている女性の声は尚も助けを呼び続けている。

灯音は大人しいが正義感が強い為、どうしても放っておけず、助けを求めている女性を探しに森の奥へと入っていった。

最初、女性の声は割と近くからしていた。

その為、灯音はすぐに彼女を発見できると思っていたのだが・・・その声を辿って歩くも一向に彼女の姿を捉える事ができない。


しかし、声は近くから聞こえている。


次第に灯音は恐怖を感じ始め、森に分け入った事を後悔した。

やがて呼吸に嗚咽が混ざり、彼女はこの森から出ようと外へと急いで向かった。


だがーー


「あ、あれ?こんなところ知らない・・・」


来た道を辿って戻っていたはずなのだが、途中で見知らぬ場所に出てしまった。

そこはちょっとした広場になっていた。

知らない場所であり、また、戻り道も分からなくなった灯音はパニックになってついに泣き出してしまった。

そして、追い討ちをかけるように更なる恐怖が彼女を襲う。


ー 助けてお嬢ちゃん。足を挫いて動けないの ー


あの女性の声が近付いてきたのだ。

だんだん、段々と近付き、やがて近くの大人の背丈ほどある大きな茂みから聞こえるようになった。

この時、既に灯音は恐怖のあまり、泣く事もできず、呆然とその光景を見つめるしかなかった。


「助けてお嬢ちゃん。足を挫いて動けないの」


ー ガサガサ・・・ガサッ ー


助けを呼ぶ女性の声と共に、茂みの中から現れたのは、若い女性などではなかった。

それどころか人間ですらなかった。


身の丈は2メートル程あり、肌の色は黄土色。筋肉隆々の肢体を簡素なボロ布で覆い、頭部は大猪の毛皮を被っていた。

毛皮の奥から覗く目は赤く爛々と輝き、牙が見える口からは絶えずヨダレが滴り落ちている。


この化物の名は『オーク』というが、灯音は知る由もない。

何の能力かは不明だが、このオークが女性の声を真似て、灯音をこの場に誘き寄せたのだ。


「グガァアアアア!」


オークは久々の上物の獲物に歓喜の雄叫びを上げる。

灯音の意識があったのはここまでだった。

雄叫びが上がる寸前、突風と共に自分と化物との間に誰かが割り込んだ気がするが、その正体を確認するまでに意識が途切れてしまった。

ただ、その背中が大きく、そして、安心するものであった事は、薄れゆく意識の中でも鮮明に心に刻まれた。


目が覚めた時、そこはもう森の中ではなく、見慣れた神社の神楽殿であった。

日はすっかり暮れ、境内は人工の光が灯っている。

起き上がった灯音はその床で寝ていたのだと気付いた。


「私なんで・・・?・・・っ!あ、ああ・・・!」


その途端、オークと遭遇した光景がフラッシュバックし、再び恐怖で震えが止まらなくなってしまった。


「大丈夫かい?」


すると神楽殿の縁から、優しく落ち着いた男性の声で問い掛けがあった。

そちらを見ると縁に腰掛け、こちらを向く人物がいた。


(あっ。絶対この人だ!)


暖かく安心感を与える声を聞いた灯音は震えが止まった。

また、気絶する間際にオークと自分との間に割り込んだ頼もしい背中をもつ人物と、目の前にいる人物の雰囲気がピタリと重なり、あの時助けてくれたのはこの人だと確信した。


「あ、あの・・・あなたが助けてくれたんですか?」


灯音は目の前の人物に確認する。

その人物は全身を覆う灰色のローブを着込んだ怪しい出で立ちであったが、不思議と不信感を感じる事はなかった。

また、顔はローブのフードに隠れてよく見えないが、ちらりと見えた口元には懐かしむような淡い笑みを浮かべていた。


「怪我が無くて本当に良かった。君に何かあったらあの人に合わせる顔がなかった」


彼は灯音の問いに頷くとともに、彼女が無事である事に安堵したようであった。

灯音は他にも聞きたい事がたくさんあったが、次いで行われた彼の行動に、目が釘付けとなった。

彼が下を向き何かを呟くと、突然彼の両手近くに淡く光る円状の幾何学模様が2つ浮かび上がったのである。

それは彼女の好きなアニメに出てくる魔方陣というものにそっくりであった。

やがて魔方陣から2つのものが出現し、彼はそれぞれを手に取る。

出現したものの正体はティーポットとマグカップ。


彼は優雅な手付きでポットの中身をマグカップに注ぎ灯音に渡す。

おずおずと受け取ったマグカップにはチョコレート色の液体が入っており、漂う優しく甘い香りが彼女の鼻をくすぐる。

彼に促され一口飲むと、程よく温かく、程よい甘さが口のなかいっぱいに広がった。


「美味しいっ!これ・・・ココア?」


「そう。疲れている時にはこれが一番なんだよ」


彼はそう言うと、もう1つマグカップを出してココアを注ぎ飲んだ。

しばらく2人はココアを味わって飲み、マグカップの中身が空になる頃には身も心も暖まった気がした。


「どう?落ち着いたかい?」


一息ついた後、彼が灯音を気遣うように問う。


「はいっ。あの、ありがとうございました」


「そっか。それは良かった」


灯音の笑顔に、彼は再び口元に淡い笑みを浮かべた。

落ち着いた彼女は先程の光景が頭から離れず、好奇心を我慢できず彼に訊ねた。


「あの、あなたはもしかして魔法使い・・・さん、ですか?」


その質問は予想外だったのか、彼は少しだけ考え込み、やがて優しく答えた。


「ちょっと違うかな。どちらかといえば魔法使いの友達兼召し使い、かな」


「めしつかい?」


「お手伝いさんみたいなものだよ」


「っ!なるほどです!」


確かに灯音が見るアニメでも、ヒロインである魔法使いのサポート役として、可愛いマスコットが存在している。

なので、イメージしやすく、また、マスコット達も魔法の力を使い活躍しているので、彼もそうなのだと納得する事ができた。

ただ、灯音にとっては、お手伝いする側も魔法を使うので、魔法使いとの違いが分からず、とりあえず彼自身も魔法使いだと認識する事にした。


「それで魔法使いさんはなんでこの町にいるんですか?やっぱりさっきの怪物をやっつけに?」


「それはねーー」


彼は魔法使いと呼ばれる事をわざわざ否定したりせず、灯音の好きなように呼ばせ、また、彼女にも分かるように簡単に説明する。

怪しい人物がオークを連れて何かをしようとしていたこと。

護角町は不思議な力を持った場所だから、その力を利用しようと悪者が集まりやすいこと。

火守の家系は特別な血を持っているので悪者に狙われやすいこと。

それを聞いた灯音が顔を真っ青にしたので、慌てた彼が「滅多にない事だから」とフォローする珍しい場面もあった。


また、その他にも、彼の主人の魔法使いの事や、趣味、今学校で流行ってることなど様々な話をして、すっかり打ち解けたようであった。

彼と話す時間は楽しかったが、灯音の帰りがあまりに遅くなると大騒ぎになるので、彼女はしぶしぶ家へ帰る準備に取り掛かった。

火守神社から彼女の家は目と鼻の先である為、神社を出た所で彼とお別れになる。


「わたしも魔法使いさんとお友だちになりたいです」


灯音はすっかり彼を気に入ったようで、別れを惜しみ、また会いたい気持ちから、そんな言葉が出た。

友達になったらまた会える。

そう願って。


「俺と君はもうお友達だよ」


「っ!ありがとうございますっ!」


灯音の心からの笑顔を見て、また淡い笑みを浮かべた彼は、彼女にある物を手渡す。

それは『家内安全』の御守りであった。


「友達の証にこれをあげよう。魔除けの御守りだよ。これを持っているとさっきの怪物達から狙われなくなる」


そして、彼は申し訳なさそうに言葉を続ける。


「・・・俺と出会った事で、今後、君の未来が少しだけ大変になるかもしれない。でも、必ず救われる日がある。だからどうか希望を持っていて欲しい」


不安になる言葉であったが、対して灯音は笑顔で答える。


「魔法使いさんにまた会えるなら、へっちゃらです!」


「そっか。君はこの頃から強かったんだな・・・そうだな。きっとまた会えるよ。その時は俺の御主人様とも友達になってくれるかい?」


「はいっ。もちろんっ!」


彼の口元に再び笑みが戻り、彼女の笑顔も更に輝いた。

そして、別れの時。


「今日は本当にありがとうございました。魔法使いさんも気を付けて帰ってくださいねっ!」


「ああ、ありがとう」


灯音は神社の鳥居を出てから一礼をして、踵を返す。

そして、2、3歩歩いたところで思い出したように彼の方を振り返った。


「そういえば大切な事を忘れていました。あの、1つだけ良いですか?」


「もちろん」


「魔法使いさんのお名前を教えてくださいっ。」


「そうだな、仲間からは『白騎士』って呼ばれてるし、そう呼んでくれたら良いよ」


「しろきしさん・・ですね!ありがとうございます。

あっ、わたしは火守灯音です!」


しろきしさん、と噛み締めるように何度か呟き、決して忘れないよう心に刻み付ける。

そして、自分の名前も伝えた。彼は灯音の事を知っているようだが、やはり自分自身の口からも名乗りたかった。

できるだけ覚えておいて欲しかったから。


「灯音・・・ちゃん。良い名前だね」


「ありがとうございます!ちゃんと次に会う時まで覚えておいてくださいね?」


灯音は冗談ぽく言うと、手を振り今度こそ踵を返して神社を後にする。

そんな彼女の姿が見えなくなるまで、彼、白騎士は最後まで淡い笑みを浮かべて見守っていた。


その日から7年経ったある日の夜。

等間隔に並ぶ電灯に照らされる道を、16歳になった火守灯音は急ぎ足で歩く。

部活動の後、市の図書館で護角町の歴史を調べているうちについ夢中になり、気付けば日が暮れてしまったのだ。


しかし、その表情は明るい。

今まで独りで活動していた超常現象研究会に2人も仲間が増えたのだ。


それだけではない。

なんとその2人も自分が探している魔法使いと会った事があるのだ。

ただ、その2人も魔法使い、白騎士を探しているとの事なので、彼とすぐに会える訳ではない。

それでも独りで探すよりは心強く、そして嬉しかった。

同じ目的を持った理解者であり、本当の仲間なのだ。


やがて、例の場所に差し掛かる。

灯音の運命を変えた深い森である。

彼女は今でも森の前を通る時は緊張する。

あれから、その場所に限り、帽子を被っている場合は脱いで手にしっかり握り締めていた。

死にかけたのだから無理もない。


今日は学校の制服なので帽子は被っておらず、少しだけ気が楽であった。

しかし、不安な事もある。

先日の深夜、護角町一帯に地響きが鳴り、大きい揺れが起きたのだ。

灯音も自宅で勉強中に揺れに襲われたので、テレビで確認してみたが、一向に地震の情報が入らなかった。

その日は疲れていたので夢かと思いすぐに寝たが、思い返してみれば、地響きはあの森の方からしたように思える。

特に今日はあの日の話をしたので余計に意識してしまい、いつも以上に不安と緊張に駆られた。


しかし、通らない訳にもいかず、おそるおそる『家内安全』の御守りを握り締めながら進む。


結局、通過するまで何もなかった。


「ふう」


安堵から深い一息をついた灯音は再び明るい表情に戻って、家の方へと歩を進める。


ー ガサガサ ー


「えっ?」


数十歩進んだ時である。

森の草むらから何か音がした。


そしてーー


不幸にも反射的に彼女は振り返ってしまった。


ー ガサァッ! ー


あの日から7年。

再び絶望が彼女を襲う。


草むらから出てきたのは、以前の大柄なオークと違い、小柄で深緑の肌であった。

尖った耳、ヤギのような目、乱杭歯を持つ小鬼ゴブリンと呼ばれる魔物である。

また、以前にどこかで争いがあったのか、このゴブリンには片腕がなかった。

ゴブリンは荒々しい息を吐き、よだれを垂らして灯音を見ていた。


「ひっ・・・」


その醜悪な姿に悲鳴が漏れる。

逃げようとしたが、足が震えて歩く事すらままならず、結果、その場から動けない。


そして


「ギャガガガガー!」


歓喜の雄叫と共にゴブリンが灯音に向け突進した。


目を瞑る間もなく、灯音の眼前にゴブリンが迫り、残った片腕を振り上げる。

その爪は鋭く、振り下ろせば彼女を楽々引き裂けるだろう。


(助けて!白騎士さんっ!)


襲われる寸前、彼女は祈る。

しかし、いくら白騎士でももう間に合わない。


ゴブリンの腕が勢いよく振り下ろされーー


「グギャッ!?」


何故かゴブリンの方が吹き飛んだ。


「っ!」


灯音は見た。


そこには、大きく安心する背中があった。

その人物は魔物に突撃する為に使用した人間の半身程の大きい看板を構えており、それが盾のようにみえ、なお頼もしく見える。


「大丈夫ですか?」


そして、優しく落ち着いた声。


「あっ・・・」


その時一瞬、灯音には目の前の人物が、長年探している魔法使いに見えた。

違うと分かっているのに。

むしろ彼は自分と同じ、魔法使い、白騎士を探す側の人間なのに。

それでも重なってしまったのだ。


「だ、大丈夫です」


その一言を伝えるので精一杯だった。


「それなら安心しました」


それでも、彼は安堵し柔らかい笑みを浮かべる。

そして、前方にいる少女に声を掛けた。


「アリス。片腕でも油断するなよ。俺の予感だが、ゴブリンは想像以上に強い」


「無論じゃ。我が騎士の進言を蔑ろにする程、わらわは愚かではない。たとえゴブリンだろうと片腕だろうと、全力で戦う」


「それでこそ、俺のお姫様だ」


「アリス様。私も控えておりますので、安心して御戦い下さいませ」


隣で声がしたので、横を見るといつの間にか銀髪の少女、リリエッタが佇んでいた。

先方の少女、アリスに至っては、一般人では一生着る機会がないであろう、夜でも銀に輝く美しい鎧を纏い、ゴブリンと対峙している。


「貴方達はいったい・・・」


目まぐるしく変わる状況に、半ば頭が追い付かないながらも灯音は、目の前の少年に問う。

目の前の少年、雪城優太は堂々と力強い声で答える。


「異世界のお姫様とその友達です」

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