侵入者は

現在いる展望台から優太の家まではかなりの距離があり、今から電車を使い家に戻ったところで既に不審者が逃げている可能性が高い。

なので、急いだところでどうしようもないのだが、優太はそれでも焦らずにはいられなかった。


「今は俺が家を守らないといけないのに・・・くそっ!」


優太はエレベーターの中で怒りを露わにする。

幸いにも乗員は他にいなかった為、不審な目で見られる事はなかった。


「優太よ。焦ったところでこのゴンドラの速度は変わらん。それよりも落ち着いて次の行動をどうするかを考える方が良策じゃ」


「そうは言っても!・・・いや、すまん・・・アリスの言う通りだな。焦ったところで何もできないな」


焦りから語彙がキツくなりかけた優太だったが、アリスの正論を受けて我に返り、落ち着きを取り戻す。


「そうじゃ。己を律して沈着冷静になるのも騎士に必要な事じゃぞ?それに心配無用じゃ。このゴンドラを降りた後、魔法を使えば優太の住居までひとっ跳びじゃ」


アリスは優太の緊張を解す為にイタズラっぽく言う。


「そうだな。頼りにしてるぞ」


「うむ!任せるが良い!では、まずこの後の行動を考えようぞ」


「まずは・・・家に帰って被害の確認をしよう。上手くいけば侵入者の追跡の手掛かりも見つかるかもしれないし」


「賢明な判断じゃな。犯人の匂いが残っていればリリの追跡も可能じゃろうし」


(はい。私にもお任せ下さい。必ずや犯人を見つけますので)


「もちろんリリも頼りにしてるぞ。2人ともよろしく頼む。・・・っと、1階に着いたな。それじゃ行こう」


「優太よ。こちらじゃ」


建物から出た優太達は辺りを見渡し、アリスの先導で人目の付かない路地裏へと入った。


「よし。ここなら大丈夫じゃろ。リリ、乗せておくれ」


(どうぞ、アリス様)


リリが姿を表し、膝を折ったその背にアリスが跨がる。


「ほれ。優太も乗るのじゃ」


そして、優太にも乗るよう催促した。


「え?俺も?」


「当然じゃ。それ以外にどうやってそなたの家に行くつもりなのじゃ?」


「いや、魔法でひとっ飛びって・・・」


「『魔法で』ではなく『魔法を使って』じゃ。まあ、乗れば分かる。あと、乗った後はわらわの腰にしっかりと腕を回し、出来るだけ密着するのじゃぞ」


「あ、ああ。分かった」


優太は恐々とリリの背に跨がり、アリスの腰に手を伸ばす。

彼女の言う通り密着しなければ落ちるくらい狭い。

しかし、その狭さとは裏腹にリリの背は極上の絨毯のようで、優太に安心感を与えた。


「しっかりと乗れておるな。では・・・レーゼ、『騎乗形態モード・ライダー』、『加護共有リンクプロテクション』」


アリスは優太が騎乗している事を確認し、魔法発動の為の言葉を発した。

アリスの言葉に反応したペンダントが淡く光ると、アリスと優太の周りに光の粒子が出現して渦巻き、2人は一瞬だけ光に包まれた。

光はすぐに消え、2人の見た目に変化はなかったが、身動ぎしようとした優太はすぐ魔法の効果に気付く。


「足が動かない!?」


「移動の際に振り落とされぬよう足をリリの背に固定しておるのじゃ」


「やっぱりリリの背に乗って移動するのか。もっと空を飛んだり、瞬間移動するのかと思った」


「場所を繋ぐゲートの魔法は地点登録と莫大な魔力が必要じゃし、そもそも使用許可が降りぬ。空を飛ぶには専用の魔具を使うのじゃが今は持っておらん。なに、リリの速さも他の乗り物に引けを取らぬ。それに跳ぶぞ」


「『とぶ』ってそっちの『跳ぶ』か!でも、リリの跳躍が乗り物みたいに速いなんて、にわかに信じられないんだが・・・」


「百聞は一見にしかずじゃ。あと、舌を噛まぬよう口は閉じておけ。それではリリ、頼む」


(はい)


ー ゴオゥッ! ー


リリの返事が聞こえた直後、優太の身体は暴力的な風とG《重力加速度》に襲われた。


「ぐっ!」


何の前触れもなく、落下中のジェットコースターに突然乗せられた感覚に見舞われた優太は思わず目を閉じ、口の中で唸る。

少しの浮遊感と地面に着地したような軽い衝撃を感じて目を開けると、太陽が傾きオレンジに染まりつつある空が広がり、様々な建物の屋上が見えた。

その内の1つの屋上にいるのだと理解した優太は、一瞬でここまで駆け上がったリリの桁外れの跳躍力と脚力に驚く。

だが、優太が心を落ち着かせる前に、リリは次の着地点へ向かうべく行動に出る。


建物の屋上から屋上へ、時には建物の壁を蹴り風のように移動し、最短距離で優太の家を目指す。

凄まじい勢いで景色が流れ、やがて、優太の家付近に辿り着いた。

連続して猛烈な風と浮遊感を味わった優太は、最初のうちこそ目を閉じ、襲いかかる風壁やGに耐えていたが、次第に慣れていき、目を開けて周りの状況を確認出来るまでになった。


家の敷地内に降り立った後、家に人の気配がない事をリリから知らされた一向は被害の確認を行った。

乱雑には荒らされていなかったが、家具の多くの引き出しが開いており貴重品が数点無く、また、冷蔵庫の中の食品や、買い置きしていたカップ麺等も無くなっていたりと物色された形跡があった。

焦る気持ちを無理矢理落ち着かせ、次の行動を考えていた優太に犯人の手掛かりを捜していたリリが真剣な声音で声を掛けた。

傍らにはアリスもおり、少し顔色が曇っている。


(ユータ様。良い知らせと悪い知らせがあります)


「良い知らせもあるのか。犯人の手掛かりが掴めたのか?」


(犯人の手掛かりも掴めましたが、そちらはどちらかというと悪い知らせの方です)


「そうなのか。じゃあ、良い知らせってのは何だ?」


(匂いの強さ的に賊達はまだそんなに遠くへ行っていません。今からなら十分追い付けるでしょう)


「それは本当か!」


まだ取り返せる。優太の顔に少しの希望が浮かんだ。


(しかし問題は悪い知らせの方なのです)


「犯人の手掛かりの方か」


(はい・・・実は玄関付近で魔法を使用した痕跡がありました)


「なっ!?それってつまり・・・」


「そうじゃ。何かの間違いじゃなかろうかとリリと確認しておったのじゃが」


アリスがリリの言葉を引き継ぎ、悔しさと申し訳なさを滲ました声で優太に報告する。


「賊はセラフィリアスの者じゃ」

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