会敵

日本はセラフィリアスとの交流や貿易について秘密裏に行っている。

言い分としては、不要な混乱や争いを避ける為とされているが、その実、他国からの干渉、独占している異世界の技術や資源の流出をおそれているからだと推測される。

また、セラフィリアス側は日本人の流入について、自国の歴史も相まって、積極的かつ寛大であり、公にもしているが、逆に日本側はセラフィリアス人の流入について消極的であり、公にしていないのはもちろん、渡航者にも制限を設けている。

その為、現在日本にいるセラフィリアス人は王政関係者や王侯貴族、その関係者達に限られている。


つまり。


優太の家に侵入した犯人は、セラフィリアス王国において高い地位にいる人物、または、その関係者である。

アリスは日本とセラフィリアスとの関係を説明した上で、悔しさから唇を噛む。


「日本に来た者達は王国の代表としての誇りを持っておる。更にここは救国の英雄の地じゃ。みな尊敬の念を抱き無礼のないよう心掛けておる・・・そう思っておった。それなのに、こんな恩を仇で返すような真似を・・・どうやらわらわが思っておる以上に我が国の腐敗は広がっておるようじゃ」


優太よ、迷惑をかけてすまぬ。


消え入りそうな声で謝罪するアリスに対して、優太は何でもないとぶっきらぼうに、しかし、優しく、そして、力強く声を掛ける。


「アリスのせいじゃないからそんな顔をするな。それに、もしかしたらそのセラフィリアスの奴も誰かに脅されて嫌々してるかもしれないだろ?まずは犯人を捕まえて話を聞こう。悩んだりするのはその後だ」


「・・・そうじゃな。今出来る事をするのが先じゃな」


浮かない顔をながらもアリスは優太の意見に賛同し、リリの先導の下、犯人の追跡を開始する。


そして、優太の予想は悪い方に裏切られる形となった。


追跡当初はすぐに追い付くかと思われたが、犯人側も移動していた事と、セラフィリアス人が関わっている為、なるべく人目がない場所で確保する必要があった事から、接触のタイミングを見計らった結果、最終的に犯人達に追い付いたのは、日が落ちて薄暗くなった運動公園であった。

本日、優太達も訪れたそこは、日中こそ人はそれなりにいたが、今は完全に犯人達と優太達だけである。


公園内は街灯がポツリポツリとまばらに寂しく光るだけで、昼間の明るさとは天と地の差があり、まるで別世界のようであった。


(待て。俺達だけ・・・?)


犯人達に追い付いた事から、少し余裕ができた優太は園内に入り覚えた違和感の正体を探る。


自分達だけしかいない世界。


そう、これはーー


「・・・どうやら、人払いの結界を張られたようじゃな」


(追跡は御見通しだったようですね)


アリスやリリも異変に気付き、そして、優太と同じ結論に達した。

その直後、犯人達が振り返り、初めてお互いに顔を認識し合う。

相対する距離は10メートル程あったが、お互い街灯の側にいた為、顔がはっきりと分かった。


「何だ。誰がつけてくるのかと思えば・・・王女もどきじゃねえか」


「・・・そなたも日本に来ていたのじゃな。シュードイラ殿」


『シュードイラ』と呼ばれた男は表情に侮蔑を含ませ、見下した物言いと共にアリス達に向き合った。


犯人達は2人組であった。


2人とも男性で、身長は優太とほぼ同じくらいだが、シュードイラは小太りであり、もう1人は細身である。

また、シュードイラの方はアリスや優太と年齢が近いようだが、もう1人の男は10代後半から20代前半くらいで優太達より年上のようであった。


「チッ。何か用かよ?俺様は今忙しいんだ」


面倒臭そうにシュードイラは応対する。


そこには王族に対する礼節など微塵もなかった。


「・・・そなた。自身が何をしたか分かっておるか?」


対するアリスは怒気をはらんだ表情でシュードイラを睨み付ける。


「ああ?お前みたいなもどきにかしこまる義理はねえよ」


「別にわらわへの態度はどうでも良い。それよりも・・・シュードイラ殿。そなた、日本の民間人の住居へ侵入し、家財を盗ったであろう」


「はっ。それこそどうでも良い事だろう。俺は徴収しただけだ。まあ、しょうもない物ばかりだったがな。所詮は別世界の平民の家だ。貴族の俺様が非難される道理はねえんだよ」


「徴収などわが国内でも稀な事例ではないか!それを軽々しく行うなど・・・しかもこの恩ある白騎士の地で!そなたはセラフィリアスの貴族としての誇りや礼節を持っておらぬのか!?」


「うるせえな。王女もどきが説教垂れてんじゃねえよ。ギレ家の次期当主である俺様に野垂れ死ねって言うのかよ。この事を親父に報告して次の議会の場に取り上げてやろうか?そうしたらお前の母親はますます立場が弱くなるだろうなあ?」


「くっ・・・!」


母親という言葉に反応し、アリスは口をつぐむ。

アリスの母親は民間人出身という事もあり、民衆の立場から政治に臨んでいる。

その為、民衆達からはそれなりに支持を得ているが、逆に貴族等の権力者達からは疎まれており、風当たりは相当強い。

少しでも下手な事を言えば、飢えた獣達に見つかった生け贄のように、寄ってたかられ糾弾される。


アリスが幼い頃に一度、彼女が原因で糾弾された事がある。

偶然その様子を目にして以降、彼女は母親への攻撃の糸口とならないように周りの者からの時に理不尽な侮蔑に対しても日々耐えてきた。

その出自から友達がいなかったアリスは、母親と、彼女が寝かし付けに話す物語に登場する白騎士を心の支えにして、今日まで独り孤独に耐えてきたのである。


いつか白騎士のような騎士が助けに来てくれる事を夢みて。


「ははは!そうやって黙っときゃ良いんだよ!もどき風情がでしゃばりやがって!」


「っ・・・」


アリスは今も口を閉ざす。

悔しさと怒りに唇を震わせながら。


「それに、白騎士の地だあ?そんな大昔の奴なんかに恩なんて誰も感じてねえよ。だがまあ、人気だけはあるからな。日本の奴を騎士にしたら箔が付くと思ってわざわざ儀式の場所に選んでやったが・・・俺様を知らねえし敬いもしねえ、融通も聞かねえ面倒い奴らばかり。マシなのもこの程度の奴しかいねえときたもんだ」


シュードイラは溜息をつき、隣に控えている茶髪の男に目をやる。


「シューさん、勘弁してくださいよ。俺マジリスペクトしてるっスから。見限るのはナシっスよ?」


雰囲気も口調も軽いその男はヘラヘラしながらシュードイラに媚びる。


「それはお前次第だなリュウヤ。せいぜい俺様を失望させないようにしろよ。ああ、そういやもどき、お前、昔に居もしない白騎士に助けられたって嘘ついてたよなあ?王女もどきのお前なんか白騎士がもし仮にいたとしても助ける訳ねえって笑わせてもらったが、もしかして今でもそんな嘘をついてんのか?」


日本に来て積もった鬱憤をアリスで晴らすつもりであるシュードイラは、心底馬鹿にした目と嗜虐的な笑みをもって彼女に言葉の刃を突き立てる。


「・・・」


アリスは俯いて完全に沈黙している。


「おい、何か言えよ。つまんねえな。お前もここに来たって事は白騎士の地の奴を騎士にしようとしてんだろ?

嘘をつくのが苦しくなったから契約した奴を白騎士に仕立てあげるつもりか、俺と同じように箔を付ける為かは知らねえがそんな事しても無駄なんだよ。所詮、お前は王女もどき。例えお前が何をしようがーー」


一拍置いてシュードイラは嗜虐の増した笑顔で、アリスの心に止めを差さんと必殺の刃を抉り込んだ。


「誰もお前を王女なんて認めねえんだからな」


「・・・っ!」


俯いたアリスの顔からポタポタと水滴が落ち始める。

我慢しきれず涙を流したのだ。

独り孤独に戦い続けてきたアリスは、いつからか耐える事が当たり前となっていた。


反論したら、反抗したら駄目だ。

いつしかそんな強迫観念に捕らわれ、やがて呪縛となって彼女の心を身体を縛りつけた。


その呪縛を解いてくれる人物はまだ現れていない。


「アリス!顔を上げて胸を張れ!」


否。


いた。


聞こえてくる力強くて優しい声にアリスは思わず顔を上げる。

すると、目の前に大きな背中が見えた。


「誰も認めていない?いつの話だそりゃ?」


アリスに背を向け、シュードイラと対峙しているであろう声の主は、シュードラを小馬鹿にしたように否定する。


「ああ?そういえばテメエずっと突っ立ってたよな。びびって動けねえ弱虫かと思ってたが何者だ?」


喧嘩を売られたシュードラは声を低くして威圧するが、その者はシュードイラの言葉を無視してアリスに檄を飛ばした。


「リリも認めてるし俺も認めている。アリス。お前は立派な王女だ。だから、しっかり胸を張って王女らしく立て!」


「っ!」


アリスはコクコクと頷き、涙で視界が霞む中、しっかりと胸を張って立つ。


「そう。それでいい。それでこそ俺達が認めた王女だ」


彼の声を聞く度に、心に刺さったナイフの傷が癒えていくのが分かった。


どうして忘れていたのか。

今の自分が過去の自分と違う事を。

独りじゃない事を。

友達がいる事を。

アリスは今この瞬間、長年にも渡る呪縛から解き放たれた。

背中越しに彼女の変化を感じ取った彼は満足げに微笑む。


「だから何者なんだよ、テメエ」


無視されたシュードイラは苛立ちの積もった表情で自身とアリスの間に割り入ってきた男を睨み付けた。


「おお、怖い。こんな事で怒るなよ。貴族様だろ?程度が知れるぞ」


飄々としながらも、どこか勇ましく感じられる声で応じる彼は、シュードイラに名乗りを上げる。


「しっかり覚えておけよ貴族様。俺は雪城優太。白騎士の弟子(予定)でアリスの友達であり、そしてーー」


途中で一呼吸置いた優太は、堂々と胸を張って力強く告げる。


「アリスティア王女の騎士だ」

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