正義のヒーローと騎士

朝食を食べ終え、出掛ける準備を完了させた優太達は午前11時頃に家を出た。


一行は街の中心部へ出る為に最寄り駅へ向かう。


1日で街の全てを案内する事は難しい。

そこで今回は最も栄えている中心部を案内する事にした。


「おお!建物がたくさんあるの!」


目的の駅に着いて、辺りを見渡したアリスは目を輝かせる。


「地方だから都会に比べたら全然だけどな。アリスの住んでた所はどうなんだ?」


「わらわの居城は北の辺境にあってな、人口も建物もここより少ないのじゃ。その分自然が多く景色が美しいから、わらわは気に入っておるがの」


「そうなのか。アリスの家系はずっとそこに住んでるのか?」


「いや、母様の故郷は別の場所だったそうじゃ。まあ、今の場所と同様に辺境の地だったらしいが。そこで当時農家をしていた母様を、たまたま巡業中に通りかかったセラフィリアス王・・・父様が見初め、周囲の反対を押しきり婚姻した後、王都に移り住んだそうじゃ。その後紆余曲折あり今の場所に移ってから、わらわを産んだと聞いておる」


「なるほどな。お母さんも農家から急に王様の奥さんになってびっくりしただろうな」


「当時の王宮での生活について、あまり多く語って下さらないが相当苦労したらしい。他の妃や王宮を出入りする貴族達の風当たりが厳しかったのじゃろうな。それでも、今でも挫けずに民の為に弁を振るう母様をわらわはとても尊敬しておるし、力になりたいと思っておる。その為にもわらわは立派な王女にならねばならぬ」


アリスは決意の籠った眼差しを空に向けた。

同時に地面にいた鳩の群れが空へ羽ばたいていく。

その中には白い鳩が混ざっており、まるで彼女の未来を祝福しているかのようであった。

優太はそんなアリスを眩しげに見て、改めて彼女が目指すものを応援したいと思った。


(出来る事は限られてるけど、アリスの助けになれるよう力を尽くそう。その為にもまず街の案内と白騎士捜しだな)


優太は案内をすべくアリス達を促す。


「さて、それじゃ案内を始めるぞ。リリも付いて来てるか?」


「おう!」


(はい、ここにいますよ)


リリの念話がしたかと思うと、手に極上の絹のようなものが当たり優太は思わず声が出た。


「うおっ!?」


(ふふっ)


次いでリリのクスクスとした笑いが聞こえたので、彼女のイタズラだと知った優太は肩を竦めて苦笑した。


「リリか。びっくりしたぞ。姿が見えなくても触れられるんだな」


(はい。周りの風景に同化しているだけで、それ以外はここにいるのと変わらないのです)


「そうなのか。まあ他の人にはイタズラするなよ?」


(分かっております)


返事はしっかりしたものだが、心なしか声が弾んでいるようである。

聖獣であっても見慣れない場所や物珍しいものに対して心踊るんだなと優太は思い、それ以上の小言は言わないようにした。


街の案内はレジャー施設をはじめ、ショッピングモールなど優太が友達とよく行く場所を中心に案内した。

アリスはレジャー施設に興味津々であったが、残念ながら時間がとれなかったので、また今度遊びに来る約束をし、その場を後にする。


途中、昼食を何にするかの話し合いでは、アリスの希望でハンバーガーの某有名チェーン店を訪れた。

店内では異世界の王女が庶民的なファーストフードをものすごく上品に、そして、美味しそうに食べるという滅多に見る事の出来ない光景を優太は目撃する事となった。

食べ終わった後、一行は近くにある運動公園のベンチで一休みした。

そばにある桜の木は花が咲き始め、あと一週間程経てば見頃を迎えそうだ。


春の暖かい陽気と心地よい風に誰しもが気を緩める。

そんな中、優太はふと疑問を口にした。


「なあ、アリス。成人の儀式って自分の騎士を捜す旅に出る儀式なんだろう?」


「正しくは騎士契約を結ぶ儀式じゃが、だいたいそんな感じじゃ」


「ちなみに騎士になるには何か条件があるのか?」


「特別な条件はないし、主人に気に入られれば誰でもなれる。中には聖獣を騎士にしたり、双子の貴族が互いを騎士にしたという例もあるそうじゃ」


「そうなのか。アリスはやっぱり白騎士を自分の騎士にするつもりなのか?」


「それを夢見た事もあるが、残念ながら不可能なのじゃ。わらわの国の騎士は1人の主人にしか仕えぬ。白騎士は紛れもなく騎士じゃ。つまり既に主人がおる。今の主人との契約を破棄して、わらわと契約してもらうという方法もあるが、白騎士がそれをするなどあり得ぬし、第一わらわにとっては彼の主人も命の恩人じゃからそれはできん」


「白騎士の主人を知っているのか?」


「いや、知らぬが騎士は主人の命令に従い行動するものじゃ。白騎士がわらわを助けてくれたという事は、彼の主人がわらわを助けるよう命令したか、普段から白騎士の意志を尊重し、彼の自由な行動を容認しておるという事。どちらにせよ間接的とはいえ、わらわは白騎士の主人の命令もしくは気高い心により救われた訳じゃ」


「なるほどな。それにそんな立派な主人なら、白騎士も契約破棄するはずがないか」


「そういう事じゃ。まあ、白騎士をわが騎士にする事は出来ぬが、わらわも白騎士の主人のように立派な人物となり、白騎士に負けず劣らずの気高き者と騎士契約を結ぶつもりで成人の儀式に臨んでおる」


春の心地よい日差しに気持ち良く目を細めながらアリスは柔らかく、しかし固い決意を感じさせながら微笑んだ。

優太はそんな彼女を眩しげに見て、昨日から持ち始めた自分の思いを口にする。


「俺も・・・騎士になれるかな?」


「優太が?」


「おう。俺も白騎士に助けたれた時から、彼と同じように困っている人を助けたいと願って、彼の言葉通り心と身体を鍛えてたんだ。でも、今朝言ったように行き詰まりを感じてな。憧れだけで始めた分、明確な目標が定まらずに時間だけが過ぎて最近迷いと焦りが出てきたんだ。

そんな中、アリスと出会って白騎士の話を聞いて、そして、夢の中で彼を見て、やっぱり俺はあの人のようになりたいと改めて思った。稚拙な願いかもしれないが、白騎士のような騎士になって多くの人を助けたいってな」


春の優しい風は彼の子どものような純粋な願いも優しく包む。

だが、春の風は時として冬終わりの冷たい空気もはらんでいる。

現在、優太の思いを聞くアリスのように。


「先程も言ったように、特別な条件はないゆえ、騎士になる可能性は誰にでもある。唯一と言ってよい『主人に気に入られる』という条件も、そなたが本当に白騎士の弟子として修行出来たのなら、その噂を耳にした者達によって引く手余多となるであろう・・・しかし、じゃ。はっきり言うが、そなたは騎士に向いておらぬ」


「・・・やっぱりこんな半端な思いじゃ難しいか?」


アリスの否定的な言葉を聞いて優太は自嘲気味に苦笑する。

しかし、彼女の言い分は違っていた。


「違う。それに今日まで鍛練を怠らず続けておるそなたの思いが、半端なものだとわらわは決して思わぬ」


「じゃあ何でだ?」


「そなたは多くの者を助けたいと言っておったな」


「ああ」


「つまり、そなたは全民の味方になる事を望んでおるのじゃろう?」


「そうだ。恥ずかしいが俺は正義のヒーローになりたいんだ」


「素晴らしい願いじゃぞ?恥ずかしい事など何もない。しかし、それがそなたが騎士に向いておらぬ理由でもある。良いか。騎士は主人の剣であり盾じゃ。つまり、騎士は主人の味方であって全民の味方ではない。騎士の守護は主人にのみ注がれる。彼らが守り優先するものは主人と主人の命令じゃ。

多くの者が困り助けを求めていようとも、主人の命令がなくては手を差し伸べる事もできぬ。騎士とはそなたの目指す正義の味方からは程遠い存在じゃ。初めはそれでもそなたは一生懸命力を果たすであろう。しかし、いつか必ず綻びが生じる時がくる。理想と現実の狭間で下手をすれば精神も身体も壊れてゆくかもしれぬ」


「でも、白騎士は主人以外、アリスの事を助けたんだろ?俺の事も助けてくれたし。そういう多くの者を助ける騎士っていうのもいるんじゃないか?」


「それは白騎士様の主人が特別だからじゃ。残念ながら、その主人のように多くの民に手を差し伸べる者はセラフィリアス内では極々少数じゃ。今の我が国で力を持つ貴族達はその大部分が腐敗しておる。王や母様達も何とかしようと手を尽くされておるが、なかなか良い方向へ向かぬ。わらわも力になりたいのじゃが。今のままでは何の力も持たぬ小娘じゃ。逆に母様達の足を引っ張ってしまう」


そう呟くアリスは己の無力さに悔しさをにじませていた。

そんな彼女を見て優太は優しく呟く。


「何だ。白騎士の主人以外でもみんなの事を考えてる人がいるじゃないか」


「王や母様の事かの?じゃが、さすがに御二方の騎士にはなるには難しいぞ」


「その2人も立派だと思うが彼らだけじゃない。アリスもだろう?」


「わ、わらわ!?」


「そうだ。多くの人を助けようとする王様やお母さんの考え方に賛同しているからアリスも力になりたいんだろう?それはアリス自身も同じ考えを持っているという事だし、そもそもアリスが目指しているのは立派な王女なんだろう?だったらアリスの騎士になっても、多くの人を助けられるじゃないか」


「じゃ、じゃがわらわは口だけで何の力も持たぬ」


「口だけじゃない。立派な王女になる為に頑張って努力してきたじゃないか。それに、俺と友達になった。一般人である俺とな。身分や人種を気にせず対等な関係である友達になれるって事は、多くの人に手を差し伸べられる素質を持っているはずだ。俺はそんな人の騎士になりたい」


優太は力の籠った眼差しでアリスを見つめる。


「わらわに素質が・・・」


「ああ。だからアリスの騎士候補に俺も入れておいてくれ。まあ、白騎士を見つけて弟子にしてもらえたらの話だけどな」


「あ、あぅ・・・そ、そうじゃな。そなたが白騎士の弟子になれて、わらわがまだ気高き騎士候補を見つけていなければ契約してやっても良いぞ」


「おう、その時はよろしく頼む」


アリスの言葉は上からであったが、「騎士にしてほしい」と言われた瞬間から、顔が熟れた林檎のように真っ赤であったので、誰の目から見ても照れ隠しである事は明白であった。

そんな主人の顔の火照りを冷ます為に、優しい眼差しで2人を見守っていたリリは春の風に冷気を乗せる。

冷たさと優しさをはらんだその風はアリスの頬を心地よく撫でた。


時刻が15時を回る頃、一同は街で最も高いランドマークタワーの展望台にいた。

街で最も有名な場所である為、優太達の他にも観光客のグループがいくつかおり、眼下に広がる景色に目を奪われていた。


「ここから街全体が見渡せるぞ」


「おお!優太の家の場所も分かるのかのう?」


アリス達も子どもの頃に戻ったようにはしゃぎながら一望する。


「ちょっと遠いからはっきりとは見えないが、まあ、あの辺りかな」


「どれじゃ?うーむ、分かるような分からないような。リリはどうじゃ?」


(私は見えておりますよ)


「本当か?聖獣は目も良いんだな」


(はい。魔力で強化されておりますので。今、優太様の御自宅に不審な者が侵入しているところまでばっちり見えます)


「なっ!?」


(もちろん冗談です)


「っ!リリ~・・・」


(ふふっ。優太様の御家族を不審者扱いするなんて失礼な事はしませんよ)


「え?」


(え?)


「俺の家族・・・?」


(違うのですか?堂々と玄関から入られましたので)


「すまん。街の案内は中止だ。今すぐ帰ろう」


優太は早足でエレベーターに向かう。

アリスとリリも優太を追ってエレベーターに乗った。


「なんじゃ優太。家族に用があったのか?」


「俺の家族は今国外だ。・・・帰ってくるにしても連絡がないし、何しろ早すぎる」


「つまり・・・」


「リリが見たのは俺の家族じゃない。不審者だ」

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