憧れの姿

朝の鍛練はジョギングから始まる。

軽くストレッチを行ってからいつもより明るい道を優太は走る。

この時間帯は通勤や通学する人で街は溢れるが、彼が走っている道は駅や学校から離れている為、行き交う人数はまばらである。


優太はこの静かな川沿いの道が好きであった。


この道を20分程走った先に一軒の古い剣道場があり、そこで筋トレや運動を行い汗を流すのが彼の日課であった。

道場主の老夫婦とは、ある出来事がきっかけで知り合い、それ以来孫のように可愛がってもらい、道場も快く使わせてもらっている。


優太は春の爽やかな景色の中、息を弾ませて走る。


その姿を近くの家の屋根から見下ろす影があった。

金髪碧眼の少女、アリスだ。


(ユータ様はどこへ行くのでしょうか?)


姿は見えないが、リリも一緒のようである。


「分からぬ。優太の奴め、どこまで行くつもりなのじゃ!」


1人と1頭は走る彼の後頭部を恨みがましく眺め、彼の行き先を見守っていた。


ー ぐ~ ー


(・・・アリス様?)


「し、仕方ないじゃろう!ええいっ!これもそれもユータが悪い!優太のアホー!」


アリスのお腹の限界は近い。


アリス達はいつから優太を追っていたのか。

時刻は遡り、優太が家を出た直後の事である。


ー カチャン ー


(・・・?)


先に起きたのはリリであった。

玄関が閉まる音が聞こえた為、ムクリと身体を起こして辺りを見回すと優太の姿が消えていた。


(先程の音はユータ様だったのですね。どこへ行かれるのでしょう?)


単純な興味と、用事であれば何か手伝おうと思い、優太を追う事に決めた。

その許しを得る為に主人であるアリスを起こす。


(アリス様、朝ですよ!起きて下さい!ユータ様がどこかへ行かれましたよ!)


「うへへ・・・わらわと優太は友人じゃ~」


(そんな事は知っておりますともっ!)


当のアリスは顔をだらしなく緩ませ、むにゃむにゃ寝言を言う。

起きる気配は一向になかった。


(そうとなれば!アリス様、申し訳ありません!)


リリは自慢の尻尾をアリスの顔に近付け、尾の毛を鼻先に擦り付けた。


ー さわさわさわ ー


「ぶ、ぶえっくしゅん!」


絶妙な感触が鼻を刺激し、堪らずくしゃみをしてしまう。

無理矢理起こされたアリスは恨みがましく犯人を睨む。


「何をするのじゃリリ。せっかく良い夢をみておったというのに」


(申し訳ありません。しかし、もう朝ですし、それにユータ様がどこかへ出掛けられたようです)


「昨日は疲れたのじゃから、今日の朝くらいゆっくりしても・・・ん?優太が出掛けた?」


(はい)


「じゃあ、わらわ達の朝食は?」


(分かりません)


「わらわのオヤコドンは?」


(元からないと思います。っていうか、とても気に入ってますね)


「味、センス共に抜群じゃしな。まあ、それよりもこのままでは朝食抜きになってしまう。早く優太を追わねばっ」


(元よりそのつもりです。では行って参ります)


「待て、わらわも行くぞ。わらわ達を置いて行くなと説教してやる!」


文句を言う気満々のアリスは、昨夜優太に教えられた彼の妹の部屋で服を借り、出掛ける準備を行った。


準備が整ったアリスは家の外に出て、周りに人がいない事を確認してから呟く。


限定交戦リミテッド・エンゲージ開始スタート


すると、昨夜の人払いの結界を解除した時のように、身に付けているペンダントの中心にある赤い宝石が淡く光った。

次の瞬間、宝石がペンダントごと赤光の粒子となり、胸元から脚へと移った。


粒子の光は広がり脚全体を包む。


やがて光が納まると、そこには銀色に輝く鎧に膝下まで包まれた脚があった。


「さあ、追いかけるぞリリ!」


アリスはリリに呼び掛けた後、膝を曲げ、勢いをつけて向かいの家の屋根に向けて跳躍した。

本来なら絶対に届かない高さなのだが、鎧に身体強化の魔法が施されているのか、彼女の跳躍は楽々と目的の屋根まで達した。


ー カシャン ー


そして、脚鎧の見た目の重さに似合わない軽い音を伴って着地する。


「リリ、優太がどちらへ向かったか分かるか?」


(少しお待ち下さい・・・あ!川の方から微かにユータ様の匂いがします)


「でかした!では行くぞ!」


(はいっ!)


聖獣であるリリは魔力だけでなく身体能力もずば抜けて高い為、アリスに続いて軽々と屋根に登った。

その後、驚異的な嗅覚を以て優太の現在地を察知し報告する。

アリスはその情報に従い、魔法で姿を消したリリと共に優太の追跡を開始した。


彼女らは屋根伝いに移動した為、障害物が極めて少なく、優太を発見するまでにそう時間がかからなかった。


(アリス様、ユータ様に声をお掛けしますか?)


「いや、少し様子をみよう。一緒に住んで、尚且つ王女であるわらわに声を掛けずに出ていったのじゃ。もしかしたら内緒で歓迎パーティーの準備をしているかもしれぬ」


(まあ実際は強引に押し掛けたんですけどね。起こさなかったのもユータ様の気遣いでしょうし)


リリはそう思うも念話にせず心の中に留めた。

アリスの判断に反対する理由も特になく、優太の行き先にも興味があったからだ。


優太は彼女らに追跡されているとは露知らず、適度に息を切らせて、目的地である一軒の古い剣道場に着く。

道場主である老夫婦の御好意から合鍵を渡してもらっているので鍵がかかっていても問題ない。


「おはようございます!よろしくお願いします!失礼します!」


道場の鍵を開けた優太は、挨拶と共に一礼して道場内に上がった。

彼はこの道場の門下生でないので正式な礼儀作法を知らない。

だからといって無作法に使用しては、老夫婦の好意を無下にする形となり、第一心が育たないと優太は考える。


ー 身体も心も強くなれ ー


優太が目指す未来の為には心も鍛えなくてはいけない。

道場での礼儀作法など些細なものかもしれない。

それでも彼は、どんなに僅かな事でも積み重ねて継続していく事で、心が鍛えられると信じている。

なので毎朝、彼なりの礼儀作法を以て臨んでいるのだ。


剣道場では、始めに軽くストレッチをして身体をほぐし、次に筋トレを行った後、竹刀を借りて素振りを行う。

そして、最後にクールダウンを行う事が優太の日課メニューであった。


この日も優太は例に漏れず、ストレッチを行い、続いて筋トレ、素振りとメニューをこなしていった。

締めにクールダウンしようとした矢先、不意に今朝の夢を思い出す。


「・・・まだ時間はあるな」


普段なら家に帰ってから学校へ行く準備をしなければいけない為、道場での滞在時間は限られているが、今は休みなのでその制約もない。

優太は憧れとちょっとした出来心で、夢の中で再会した彼の姿を真似た。


夢の中の情景を思い出し、彼の姿と自分を重ねて構える。


(あの人は最後に剣を振るった。それも扱い慣れた様子で。もしかしたら彼は剣術の達人で、最初の構えも剣ありきの構えだったかもしれない)


そう思った優太は、彼の動きを1から再現する為、少し離れた床に置いていた竹刀を右手に持ち、最初の構えをとった。

身体の左側を前にした半身の体勢となり、左腕を身体の前に出し、右手の竹刀は相手から見えにくいよう身体の後ろで下向きに持つ形となった。


(もしかして左手は盾か何か持つのか?)


優太は夢の中で彼が左手でナイフをいなした事、左手が前に出ている構えをしていた事から、左手に何らかの防御手段があったと考え、左腕を曲げて盾を持っているように構えた。

すると、予想以上にしっくりくるではないか。


恩人である彼が剣術家であるという事が予感から確信に変わった優太は、剣を持った状態の彼の動きを再現しようと、想像の盾と竹刀を持ち、夢の中の彼に合わせて動き出したがーー


「優太!何故そなたがその構えを知っておるのじゃ!?」


道場の入り口から響く真剣な少女の声にすぐに中断させられた。

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