第3章 時間は動き出す

夢の中で

アリス達と出会った日の深夜、気付くと優太は子どもの姿になっており、ある人物の背中を眺めていた。


優太はすぐにそれが夢だと気付く。


何故なら、その背中は命の恩人である『お兄ちゃん』のものであったからだ。

よく見ると、周りの景色もかつて自分が迷い込んだ街に似ており、更に彼の背中の向こうにはローブを着た3人組が見える。

この状況は彼に救われた時そのものであり、夢というより記憶に近かった。


優太にとって、これはチャンスであった。

当時の自分は幼かった上に不安と興奮で、彼がどのようにしてローブの男達を退けたのか、詳細を覚えていなかった。

しかし、今は結果を知っている為、不安もなく安心して彼の動きに集中する事が出来るのだ。


優太は大きな背中に懐かしさを感じつつ、まばたきする間も惜しんで、彼の姿を目に焼き付ける。

全ては彼に一歩でも近付きたいから。



記憶に基づいているのか、彼の顔は靄がかかっていて見えない。

彼はローブの男達と言い合っているように見える。

すると、彼が挑発したのか、3人のうち、かつて優太が顔を傷付けた男が何かを怒鳴った後、ナイフを腰だめに構え突っ込んで来た。


対して彼は、身体の左側を前にして半身に構えると、左腕の拳を胸の前まで上げ、相手から見えない位置にある右腕の拳を下げた体勢で迎え撃った。


彼と接触する直前、男は腕を伸ばしナイフを突き出す。


そのまま彼の胸へと吸い込まれたように見えたが、男の腕が伸びきる前、彼は右斜め前に一歩踏み出し、突きのタイミングをズラしてナイフの切っ先を避けていた。

そして、胸の前に構えた左腕で相手の伸びた腕を弾き、追撃される可能性を潰すと同時に、右下からアッパー気味に拳を振り上げた。


腰の捻りを加えた一撃は見事に左顎を捉え、男の顔を跳ね上げる。

男は意識を刈り取られ、その場に崩れ落ちた。

彼は間髪を入れず、次の目標へと攻撃を仕掛ける。


瞬く間に相手との距離を詰めた彼は、腰を落として半身に構え、曲げた左肘を槍のように勢いよく敵へと突き出した。

不意を突かれた敵は慌ててローブに手を入れ、得物を出そうとしたが間に合わず、彼の肘槍が鳩尾に突き刺さった。


「がはっ!」


敵の身体は『く』の時に折れ、肺の中の空気が強制的に吐き出される。

そのまま地面に手をつき、何度も何度も咳き込んでおり、しばらくは動けそうになかった。


敵は残り1人。


その敵は既に戦闘体勢に入っていた。

長さ30センチメートル程の木の枝のような物を彼に向けて何かを呟く。

その棒は映画や漫画に出てくる魔法使いが呪文を唱える時に使用する魔法の杖に似ていてーー


次の瞬間、杖の先に紋様と文字が羅列した陣が浮かび上がった。


(あれは魔方陣!?もしかして奴らはアリスの世界と関係してるのか?)


夢の中で優太は驚愕する。

この記憶ゆめが正しければ、自分はかつて魔法を目撃していた事になり、しかも、襲ってきたローブの男達はクリシュナとも関係がある可能性があるのだ。


ー ゴォウ! ー


魔方陣が浮かび上がった直後、激しい熱風が吹き荒れ、魔方陣の前にボーリング球程の大きな火球が出現した。


火球ファイアーボール


ゲーム等では初歩の魔法として有名であり、威力、大きさとも大した事がないはずだが・・・

目の前にある火球は更に膨れ上がり、人の半身を易々と飲み込む程の大きさとなった。

火球の向こうでは、熱風でローブのフードが捲れ、敵の顔が露になっていた。

口元に嗜虐的な笑みを浮かべていたのは、カイゼル髭を生やした40歳くらいの男であった。


優太は慌てて目の前の彼に視線を戻す。

背後にいたので彼の表情は見えなかったが、特に取り乱した様子もなく、むしろ落ち着いた様子であり、優太は頼もしさを感じた。


だが、次の瞬間、優太は再度驚愕する事になる。


彼が右手を胸の前に出し、何かを呟くと、腰の前辺りに魔方陣が浮かび、一振りの剣が出現したのだ。


(あの人もクリシュナの人間なのか!?)


優太は魔法を使う人間に過去、こんなに遭遇していた事実に驚く。

そうなると、アリスと出会った事も必然性を感じざるを得なかった。


一方、詠唱であろう呟きを終えた男は、仲間が彼の近くで倒れている事を気にも留めず、瞬時に骨まで溶かせる程の熱量を持った火球を彼に向けて放った。

迫りくる死の炎を前にしても、彼は慌てる素振りすら見せず、目の前に出現した剣を流れるような動作で左腰に構える。

そして、純白の鞘を左手に、白藍の柄を右手に持ち、鞘から刀身を引き抜くと同時に一歩踏み込んで、目前に迫る火球を左下から右上へと斬り上げた。


本来ならば火球を剣で斬ったところでどうしようもなく、剣ごと炎に包まれ焼かれるのがオチである。

敵の男もそう思っていたのか、彼が火球を前にして剣を構えた時も、悪足掻きに過ぎないと蔑視の笑みを浮かべていた。

しかし、それも束の間、男の顔はすぐに驚愕一色に染まった。


放った必殺の火球が、男からすれば苦し紛れにしか見えない剣の斬り上げに触れた瞬間、まるで煙のように霧散したのだ。

絶対の自信を持っていたのか、男は今の出来事が信じられずに茫然とした様子で固まる。


その結果、致命的な隙を生み、突進してきた彼に側頭部を鞘で打たれ、更に、逆手に構え直された剣の柄で鳩尾を突かれて、昏倒、沈黙した。


ローブの3人組を制圧した後、しばらくすると、彼の仲間らしき人物達が現れ、彼と言葉を交わした後、倒れた男達を回収していった。

優太は当時その存在に気付いていなかったか、もしくは忘れていた為、彼らの輪郭はぼやけており、姿をはっきりと見る事が出来なかった。


仲間と敵の姿が見えなくなった後、彼は白銀の刀身を鞘に納め一息つく。

表情は見えないが、雰囲気で彼の緊張が解けていくのが分かった。


とても鮮やかな立ち回りであった。

彼が魔法を使った事に多少驚いた優太であったが、命の恩人である事に変わりはなく、また、自身の目標であり憧れの存在である事も揺るがなかった。


彼が優太の方へ近付いてきた。

顔は忘れてしまったが、それ以外は決して忘れぬよう優太は彼の姿を食い入るように見つめる。

身長は現在の優太より少し高い位に見えるので170後半であろう。

体格は筋骨隆々ではないが程よく引き締まっていた。

服装には特徴がなく、平たく言えば若者がよくする格好であり、彼が比較的若い年齢だという事が分かった。


「よく頑張ったな」


彼は優しい言葉と共に大きい手で頭を撫でると、幼い優太は安心して涙ぐむ。

優太は手のひらの優しいぬくもりを感じ、温かさと懐かしさで胸がいっぱいになった。


涙で霞む目に彼が持っている剣が映る。

柄の部分に1本角が生えた獅子のような生物の紋章が刻まれていた。


彼はしばらく頭を撫で続け、優太が落ち着いた頃合を見計らって手を差し伸べる。


「さあ、君の元いた場所へ戻ろう」


幼い優太はその頼もしく大きい手を取りーー


そこで夢から覚めた。

時刻は午前7時過ぎ。

いつもの起床時間より大分遅い。


だが、今は春休み中で学校へ登校する必要がなく、日課の朝の鍛練も問題なく行えるので優太は特に気にしなかった。

優太は起きて辺りを見回す。

いつもは自分の部屋で目を覚ますのだが、今日は一階のリビングの床で寝ていた。

近くのソファーの上にはアリスが毛布にくるまり寝息をたてている。

楽しい夢を見ているのか時折ニヤけた表情を見せた。

その傍らでリリが二本の尾を器用にまとめ、枕代わりにして寝ていた。


テーブルの近くには昨日コンビニで買ったお菓子が散乱し、夜通し点けていたテレビには現在、桜の開花報告や最近多発している空き巣事件への注意喚起などといった地元の情報が流れていた。

昨日は遅くまでどんちゃん騒ぎをし、最終的に全員が力尽きてその場で眠りに落ちたのだ。

1人と1頭が起きる気配はまだない。


優太は彼女らを起こさないようにゆっくりと部屋を出た後、運動用の服に着替えて、まだ寒さが残る朝の街へと繰り出した。

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