別れと約束

「それでは姫様。王宮へ戻りましょうか」


白騎士は周囲を念入りに見渡し、危機が完全に過ぎ去った事を確認してから、アリスに安全な場所に戻るよう促した。

しかし、彼女は首を横に振る。


「白騎士様・・・実はわらわは王宮に住んでいないのです。先程の王女もどきという言葉を御聞きになったでしょう?わらわの戻るべき場所は別にあるのです」


アリスは自嘲気味に答え、自身の身の上話を白騎士に話した。

彼女は、本当は語りたくなかった。

本物の王女でないと幻滅される事が怖かった。

しかし、その一方で嘘を付きたくなかった。

彼は命の恩人であり、憧れであったから。


語り終えるまでに多くの時間を有した。


また、途中で想いが溢れて嗚咽混じりになった時もあった。

聞く方からすれば、長い上に聞き取り辛く、面倒で退屈だっただろう。

しかし、白騎士は最初から最後まで、紳士な態度を崩さず、少女の話を静かに耳を傾けて聞いていた。

そして、語り終えたアリスに、優しい声で一言告げる。


「姫様。貴女は紛れもなくセラフィリアスの王女です」


その一言でアリスは心から報われた気がした。

白騎士から認められたのだ。

王女『もどき』ではなく、本物の王女なのだと。

今まで周囲からの蔑みに耐え、時に喧嘩し、時に涙してきた。

その苦しみが今日この場で報われたのだ。


アリスは再び涙する。

先程までの悲しみの涙とは違う、歓喜の涙を。

その間、白騎士は何も言わず、アリスの背に合わせてその場に片膝を立ててしゃがみ、彼女の頭を優しく撫で続けた。

しばらくして気持ちが落ち着いたアリスは、名残の涙を袖で拭いとり、潤みの残る瞳で白騎士を見上げ、恥ずかしげに微笑んだ。


「御手数をお掛けしました」


白騎士は兜の奥からアリスの目をまっすぐ見ながら優しく、そして、誇らしげに答える。


「いいえ、姫様。御気になさらず。私達騎士は主人の剣であり盾です。盾として貴女様の心を守る事は当然の務めなのです」


彼は立ち上がり、アリスに手を差し出した。

ただ、少し申し訳なさそうに言葉を付け加える。


「それでは安全な場所へ戻りましょうか。しかしながら、御恥ずかしい限りですが、この辺りの地において王宮以外は疎いのです。なので大変申し訳ございませんが、姫の御所を教えていただきたいのです」


するとアリスは小さく首を振り、申し訳なさそうに、しかし、どこか期待した声で答えた。


「実はわらわも王都の館から出たのは今日が初めてで、今どこにいるのかさえ分からないのです。館自体は大通りに近く、見れば分かるのですが・・・」


白騎士は少し思案し、浮かんだ案を口にする。


「では、大通りに沿って御所を探しましょう。それにせっかくですから、祭りに参加しながら戻るのはいかがでしょうか?」


「はいっ。是非!」


アリスは差し出された手を喜んで握り、公園の外へと歩き出した。


白騎士と過ごす時間はアリスにとって、夢のようであった。

祭りの音楽に誘われ踊り、連なる出店を冷やかし、時に名物である苺蜜実ベルヌーガのパイを食べ、人の輪の中心で行われている催し物を眺め。

普段なら目立つ2人の出で立ちも、この場では周囲の仮装した者達と大差なく上手い具合に溶け込んでいる為、人目を憚らずに楽しむ事が出来た。

最初は畏まっていたアリスだったが、祭りの陽気にあてられ次第に口数も多くなり、年相応の無邪気な笑顔を振り撒くようになった。


白騎士は、時折くる彼女からの質問に丁寧に答え、また、一緒に笑い、彼女の変化を優しく見守った。

2人はたくさん話し、お互いに笑顔が溢れた。


しかし、そんな楽しい時間もやがて終わりがくる。

アリス達は館近くの見知った場所まで戻って来た。

彼女を捜索しているであろう館の者達に発見されるのも時間の問題であった。

アリスはまだ1つだけ言い残している事があった。

どうしても聞きたくて、でも、怖くて聞けなかった事。


「あっ!アリスティア様!御無事でしたか!?」


その時、アリスを捜索していた者の1人が彼女を発見し駆け寄って来た。


「どうやら、無事に御所近くに戻れたようですね。それでは姫様、私の役目はこれで終わりのようです」


白騎士は近寄って来る館の者の姿を確認し、彼女と再会させようと、アリスと繋いでいた手を解く。


「あっ・・・」


これでお別れ。

それを自覚したアリスは不意に寂しさが込み上げてきた。


「ま、待って下さい!白騎士様!」


(何も言えずにこのままお別れするのはやっぱり嫌だ!)


アリスは我慢出来ず、勇気を振り絞って白騎士を呼び止める。

心配して駆け寄ってきた館の者には申し訳なかったが、少しの間、白騎士と2人きりにしてもらい、改めてアリスは彼と向かい合う。

彼女の顔は緊張と興奮で、今まさに沈みかけている太陽のように朱に染まっていた。


「白騎士様。本日は助けて頂きありがとうございました」


彼女はスカートの裾を持って御辞儀をし、感謝の気持ちを伝える。

そして、仮面の魔法使い達との戦いの時に教えてもらった深呼吸を行い、いよいよ本題へと移った。


「白騎士様。わらわには友達がいません。王女もどきと蔑まれ、いつも独りだったわらわにとって、貴方様と過ごした時間は夢のようでとても幸せでした。このままずっと共にいて欲しいと願うくらいに。でも、それが無理だという事も分かっています。なので、せめてもの御願いを聞いていただきたいのです。どうか、どうかわらわと友達になって下さいませんか?」


アリスは一生懸命に自身の想いを白騎士に伝えた。

友達になりたいという、ささやかな願いながら口に出すことができなかった願望。

自分の存在を認め、一王女として扱ってくれたからこそ勇気を出して口にした望みなのだ。

アリスは白騎士の兜を見て答えを待つ。

緊張と不安で思わず俯きたくなるが、こらえて目は逸らさない。

どんな結果であれ、彼の顔を見て聞きたいから。


白騎士が沈黙したのは僅かな時間であったが、アリスにとっては永遠に近く感じられた。


「姫様」


彼は優しく語りかけた。

兜の奥では微笑んでいるようにみえる。


「ありがとうございます。姫様の御言葉を生涯の宝に致します」


「あっ・・・じゃ、じゃあ!?」


「はい。こちらこそ御友達としてよろしくお願い致します」


「っ!!!」


アリスは飛び上がって喜ぶ。

嬉しすぎて言葉がでない。

産まれて初めての友達が出来たのだから無理もない。

落ち着きを取り戻すまで短くない時間が過ぎたが、その間、白騎士は何も言わずただ優しく見守っていた。


彼女の願いは叶えられた。

もう思い残す事はない。


そして、アリスと白騎士の別れの時がやってきた。


「白騎士様。本当にありがとうございました。白騎士と友達になれた事、わらわにとっても一生の宝物です・・・もし、また会う事が出来たなら、その時はいっぱい遊んで下さいませ。それでは、どうかお身体に気を付けて御元気で」


また会う事が出来たなら。

それが不可能な事はアリスも自覚していた。

騎士には主人がいる。

もちろん彼にもだ。


主人からの命令だったのか、偶然だったのかは分からないが、今回はたまたま助けられただけだ。

そうでなくては王女もどきなど誰が助けようか。


だからこれは叶わぬ夢物語。


友達と言ってもらえて舞い上がった自分の、別れの寂しさを紛らわすちょっとした出来心。

アリスはそう自身を納得させていたのだがーー


「もちろんです。次に会う時も是非御一緒させて下さい」


白騎士の返事は社交辞令的な曖昧なものではなく、また会えるという確信に満ちたものであった。


「また会えるのですか・・・!?」


「貴女様が立派な王女を目指されるのであれば、きっとまた御会いできるでしょう。そして、姫様。私からも御願いがあります。私と会う時までに御友達をたくさん作って下さい。私が姫様の一番最初の友達だと胸を張って自慢出来るように」


「わらわに・・・出来るでしょうか?」


「姫様なら立派な王女になれますとも。もちろん御友達も。世界は想像を絶するほどとても広いです。この先も姫様が道を違えず、正しい道を歩み続けていけば必ずや多くの友を得るでしょう」


別れ際、彼はおもむろに盾の裏から何かを取り、アリスに手渡した。

それは長方形の形の袋のようなものであり、上の部分には紐がついてある。

また、布の前面には見慣れない文字が記されていた。


「これは・・・何でしょうか?」


「これは我が故郷の御守りで、記されている文字の御利益があるとされています。ここには『縁結び』と記されており、良い出会いや繋がりに恵まれるという御利益があります。私と姫様が出会ったのも、この御守りが導いたのかもしれません。

姫様。この御守りを友情の証として差し上げます。姫様もどうか良い出会いを通じて、たくさんの大切な友を御作り下さい」


「白騎士様・・・はいっ!分かりました。この御守り、ありがたく頂きます」


「そうしていただけると幸いです。それでは姫様・・・いえ、アリスティア様。また会う時まで御元気で」


「っ!・・・はいっ!白騎士様もどうか御元気で!」


こうして、白騎士は日を落とし始めた街の中に消えていった。

アリスは彼の姿が完全に見えなくなるまで見届け、待たせていた使用人の元へと歩き出す。


その表情に陰はない。

また絶対に会えるから。

その為にも立派な王女になるのだ。

彼女はそう決意して帰路に着いた。


館では王宮から戻ってきた母親にかつてないほどたくさん叱られた。

しかし、同時に抱きしめられた。

無事で良かったと母親は泣いていた。

アリスが母の涙を見るのはこの時が初めてであった。


母の優しさに触れ、そして偉大さに気付いたアリスは抱きしめられた胸の中で泣いた。


片親が王であるアリスでさえ、王女もどきと蔑まれ、酷い仕打ちを受けているのだ。

元一般人である母親に向けられる侮辱はもっと酷いに違いない。

それでも母は一切涙を見せず、凛とした姿で王宮で行われている会議に臨んでいるのだ。


そして、心身共に疲れているにも関わらず手が空いた時は、陰りをみせない優しい笑顔でアリスに愛情を注いでいるのだ。

そんな母の強さを知った彼女は改めて決意する。

自分も母のような立派な王女になろう。

そして、母の力になるのだ。


その日以降、アリスは今まで以上に教養、武芸に打ち込み、めきめきと文武共に腕を上げていった。

ただ、どうしても友達作りだけは、過去の出来事がフラッシュバックして二の足を踏んでしまい、上手くいかなかった。


「・・・白騎士様。ごめんなさい」


時が過ぎ、15歳になったアリスは誰にも聴こえない声でそう呟きながら魔方陣の上に立つ。

セラフィリアスでは15歳から成人だと定められている。

そして、王侯貴族の子息、息女は成人を迎えるに伴いある儀式に参加する。


『騎士探し』


そう呼ばれる成人の儀式は、文字通り騎士を探す事を目的としている。

15歳から18歳になるまでの3年の間に自分で生涯仕えてくれる者を探し、騎士契約を結ぶのだ。

探す場所、結ぶ種族は自由。

ただし、全て自己責任。


現在ではほぼ形骸化し、安全を期してセラフィリアス内の適当な者と結ぶ家、事前にお抱え騎士として育てられた者と結ぶ家が多い中、アリスはセラフィリアスどころかトリシュナを飛び出して、異世界で騎士を探す決意をする。


真の目的は胸に秘め。


場所は彼女の一番最初の友達の故郷、地球という世界にある『日本』という国。


結局、セラフィリアスで出来た友達は白騎士と、10歳の時に使い魔契約を結んだ雪華狼のリリエッタのみであった。

日本なら、白騎士が育った地ならば新たな友達が出来るかもしれない。

彼女は白騎士からもらった縁結びの御守りを握りしめ、今日この日、願いと共にセラフィリアスから日本へと旅立った。


そして、日本の大地に降りたったアリスは1人の少年、雪城優太と運命の出会いを果たすのであった。

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