白騎士

ー カシャン ー


全身鎧フルプレートアーマーにしては軽すぎる着地音を伴い、『それ』はアリスを背に庇うように降り立った。


「御待たせ致しました。姫様。もう大丈夫です」


力強く優しい声。

身に纏うは白を基調とした鎧。

左腕に白銀の騎士盾ヒーターシールドを通し。

腰には藍白あいしろに彩られた柄の片手半剣バスタードソードを帯びる。

そして、威風堂々とした立ち姿。


そう、舞い降りた『それ』はまさしく白騎士であった。


アリスはその姿を目にした時、夢をみているのだろうかと疑った。

もしくは都合の良い幻覚を見ているのかと。

しかし、彼の声を聞いた瞬間、悪夢から覚めた気分になると同時に、心の底から安心した。


ー もうだいじょうぶ ー


アリスは自分でも不思議なくらい彼を信じ切っていた。

大丈夫だと言ったのだから、絶対に大丈夫なんだと。


また、確証はないが確信していた。

彼は、白騎士は仮面の魔法使い共になど負けるはずがないと。


一方、仮面の魔法使い達には動揺が走った。

人払いの結界を越えられたのである。

しかし、その者の格好が白騎士であった為、現実味が薄く、危機感をあまり抱けなかった。


白騎士は大昔の人間であり、今を生きているはずがないのだから。


今この都は仮装した者達でごった返している。

もちろん、白騎士の仮装をした者も多い。

その中には結界魔法に対して耐性を持つ者もいるかもしれない。

少しばかり腕に覚えのあるお調子者が白騎士の真似事をする可能性も大いにある。


そうだ、目前の奴もその類いに違いない。


そう都合良く結論付け、落ち着きを取り戻した魔法使い達は嘲笑を浮かべて、乱入者を挑発した。


「王女もどきの次は白騎士もどきか!白騎士に扮した調子者がしゃしゃり出てきやがって!」


「それをいうならお前達も魔法使いもどきだろう?」


しかし、彼は魔法使いどもの挑発をどこ吹く風のように聞き流して挑発し返す。


「どうせどこかの貴族の私兵だろう?・・・それにしても幼い姫1人を相手に3人で追い掛け回さないといけないなんて底が知れるな。そんなお前達を雇わないといけないなんて、主人の貴族もよほど人員不足で悩まされているんだな」


「なんだと!」


「おお、怖い。図星を指されて逆上か?」


「っ!コイツ!殺すっ!」


「・・・待て、逆に挑発に乗せられてどうする。怒りに任せてそのまま突っ込んでも返り討ちに合うだけだ」


「はあ!?アレはただの白騎士もどきだ!格好を似せただけで気を大きくしてやがる勘違い野郎だ!そんな奴に負けねえよ!」


「やれやれ、頭に血が昇り過ぎて正常な判断が出来なくなってるな。・・・まあ、障害ごと王女もどきを排除しろという命令が出ているから、どのみち斬り合わないといけないか」


先程まで激昂する男を諌めていた魔法使いから殺気が膨れ上がり、他の2人に指示を出す。


「ヴェーナ、お前が先陣をきれ。ヴィーナはヴェーナの援護に付け」


「アイツ絶対に殺してやる!」


「了解しました」


3人の魔法使いが剣を構えて戦闘態勢に入る。

殺気は尚も膨れ上がり、空気がピリつく。


「はぁ、はぁ。うぅ・・・」


白騎士の後ろに控えていたアリスは空気の重さに耐えきれず、呼吸が浅く息苦しくなって思わず喘いだ。


「姫様、目を閉じて。ゆっくり息を吸って下さい」


そんなアリスの様子を察して、白騎士は目線を3人の魔法使い達から外さず、背中越しに彼女に優しく話掛ける。


「一旦止めて。はい。ゆっくり吐いて下さい」


ピリつく空気などものともせず、白騎士は和やかに優しくアリスへ指示を出す。

そんな彼の空気に当てられてか、深呼吸を繰り返すうちにアリスの緊張もほぐれ息苦しさも薄まった。

彼女が回復した事を空気で感じた白騎士は、自信に満ちた声で宣言する。


「姫様。もうしばらくの間だけお待ち下さい。すぐに姫様の悪夢を打ち払いますので」


「ええ、信じております。白騎士様」


アリスは白騎士が兜の中で笑みを浮かべたように感じた。

彼女の言葉を耳にした後、白騎士も戦闘態勢に入る。


ー シャラン ー


美しい音色を響かせながら、腰に提げた純白の鞘から剣が引き抜かれた。

白銀に輝く刀身は聖獣、雪華狼せっかろうの牙を思わせるほど冷たく鋭い。

彼は流れるような動作で、引き抜いた右腕を半身ごと後ろに引き、盾を通している左腕を身体の前にした半身の構えをとった。


白騎士がこの構えをとった時から、先頭で構えているヴェーナと呼ばれた魔法使いから侮りが消えた。


過去、現代ともにセラフィリアスにおいて、フルプレートアーマーで身を固めた上、更に騎士盾を持つ騎士は珍しい。


しかし、全くいない訳ではない。


鎧と性質の異なる魔鉱石、金属等を盾の材料とする事で、鎧では防げない類いの武器での攻撃を防御する事が可能となる。

また、盾を打撃武器として使用する事で、相手の不意を突く攻撃で体勢を崩せたりと、有用性は認められており、どの時代においても一定数の支持が獲られているのだ。


そして、その使い手の中で最も有名であるのが白騎士であった。


彼の盾と剣を用いた攻防一体の剣術は、洗練された実力も相まってとても強く、とても優美であった。

現代のセラフィリアスにおける盾と剣の連携剣術は、白騎士の剣術がモデルとなっている。


魔界の軍勢との戦争後、白騎士の剣術に惚れ込んだ仲間や部下達により模倣、鍛練され、現在まで跡絶とだえる事なく騎士達の間で伝え続けられてきたのだ。

そして今、仮面の魔法使い達の前に立ちはだかる白騎士の構えも、長年受け継がれてきたその構えである。


つまり、目の前の白騎士は『騎士』である。


本物の白騎士ほどではないにしろ、それでも十二分に強い存在である事は明白であった。


「チッ!どこの騎士だ!主人以外を守るなんて聞いた事ねえぞ!それに、そいつは王女もどきだ!守る価値もねえ!」


ヴェーナは油断なく剣を構えながら悪態をつく。


「言いたい事はそれだけか?・・・いくぞ」


対して白騎士は言葉少なく応じた。

そして、彼が言い終わった瞬間ーー


ー バァン! ー


破裂音と共に白騎士がいた場所の地面が砕け、同時にその場から彼の姿が消えた。


否。


尋常でない脚力を以て、一瞬でヴェーナとの間合いを詰めたのである。


「なっ!?」


突然目の前に現れた白騎士にヴェーナは反応出来ず、ただ驚愕するしかなかった。

白騎士はその無防備な腹部に膝蹴りを放つ。


「ぐぇっ!」


ローブの下に鎖帷子を身に付けてたとはいえ、その衝撃は凄まじく、ヴェーナは苦悶の表情を浮かべ、思わずくの時に折れ曲がった。

白騎士は追撃とばかりに、再び腹部に脚を当て、アリスと逆方向にある公園の入り口側へと蹴り飛ばす。

ヴェーナは数回バウンドしながら入り口手前まで吹き飛び、気絶したのか倒れたまま起き上がらなかった。


白騎士はその様子を見届けずに、次の目標であるヴィーナと呼ばれた魔法使いへと肉薄する。

右下から左上へと斜めに鋭く斬り上げた白騎士の剣は、しかし、辛うじて反応出来たヴィーナの剣によって阻まれた。


ー キィイイインン! ー


剣同士がぶつかり合い、甲高い音が鳴り響く。


そのまま両者共に剣を引こうとせず、白騎士は斬り上げる為、ヴィーナは押し返す為、お互いの刃を押し合った。


ー ギィイイイイイ! ー


刃と刃が擦れ合い不快な音が響くが、お互いに一歩も譲らない。

しかし、ヴィーナが力負けしないよう更に力を込めた時、突如として白騎士は剣を引いた。


「っ!?」


力を込めた時に急に剣を引かれたので、ヴィーナはバランスを崩し、勢いのまま前方につんのめる。

その間に、白騎士は剣を引くと同時に身体を捻り、勢いを利用して左腕の騎士盾でヴィーナの脇腹を強打した。


「ごほっ!」


ヴィーナは激痛の余り身体を硬直させる。


白騎士はその隙を見逃す事なく、ヴェーナと同じように蹴り飛ばそうと腹部に脚を当てーー


しかし、突然割って入ってきた影によって失敗に終わった。

その正体はもう1人の魔法使いであった。

彼は白騎士に斬りかかりながら仲間に指示を出す。


「ヴィーナ、撤退だ。下がってヴェーナを回収しろ」


「りょ、了解です。隊長・・・」


ヴィーナはダメージの残る身体を引きずりながら、隊長と呼んだ魔法使いの命令に従い後退する。

その間も、隊長の魔法使いは攻撃の手を休めず白騎士と斬り結ぶ。

仲間が撤退する間の時間稼ぎか、隙を見せないようコンパクトな動作で斬りつけるその太刀筋は、しかし、迷いなく的確に急所を鋭く攻め立てる。

その猛攻を、白騎士は最小限の動きで避け、時に盾で受け止め、あるいは剣の軌道を反らし、まるで何かを待っているかのように凌ぎ続けた。


そして、その時が訪れる。


何度目かの剣と盾が衝突した時の出来事であった。


ー ピシィイ! ー


盾を打った魔法使いの剣から割れる音が響き、同時にヒビが入った。


こうなるとその剣は使い物にならない。

この出来事は魔法使いにとっても予想外であった為、僅かな隙ができてしまった。

白騎士はこの好機を逃さず、その場で時計回りに回転し、勢いを加えた強烈な薙ぎ払いを相手の胴目掛けて放つ。


剣で受け止めようとしても、剣ごと叩き割る必殺の一撃である。

ましてや魔法使いの剣はヒビが入り、通常とは比べるまでもなく脆い。

防ぎようの無いこの一撃で、魔法使いは叩き伏せられるはずであった。


しかしーー


この魔法使いは、迫り来る必殺の刃の下から自身の剣をか上げて僅かに軌道をずらすと同時に、バク転とブリッジの要領で回避したのである。


仰け反りきった魔法使いの鼻先数センチ上を刃が走る。


かち上げた事により剣はついに砕け、破片が地面に散り落ちた。

魔法使いはそのまま公園の出入り口付近まで後退し、白騎士から距離をとる。

後方でヴィーナがヴェーナを担ぎ、撤退の準備が完了した事を確認した魔法使いは、ローブから丸い玉を取り出し地面に叩きつけた。


薙ぎ払いを避けられた白騎士はすぐに追撃しようと盾と剣を構え直したが、魔法使いが叩きつけた玉から黒い霧が勢い良く吹き出し辺りに広がり始めたので、追撃を中断し、アリスを守る為に彼女の傍へと戻った。


「また会おう。王女もどき、そして、白騎士もどき」


黒い霧の中から魔法使いの声が響き、次いで足音が聞こえた。

足音は徐々に小さくなり、最終的に静寂が訪れた。

それでも白騎士は油断なく辺りを警戒し、アリスの護衛に努める。


霧が晴れた頃には、魔法使い達の姿はなく、戦いの爪痕だけが残っていた。


ー パリン ー


しばらくして、結界の砕ける音が聞こえた。

魔法使い達が遠くへと離れた証拠である。

しかし、アリスは気が気でなかった。

自分達の元を去ったという事は、母親を狙いに行ったのではないのか。


「白騎士様!どうかまた助けて下さい!母様が!母様が奴らに襲われてしまいます!」


「御安心下さい、姫様。母君は私の頼れる仲間が守っております」


白騎士の心強い言葉に、アリスは安心と落ち着きを取り戻す。


「貴方様がそうおっしゃるのなら大丈夫なのでしょうね。その言葉を信じましょう」


「はい。我らの誇りと剣に誓って、母君の無事を約束致します」


「ふふっ、頼りにしております」


騎士が、しかも、白騎士が誇りと剣に誓うのだ。

ならば、絶対に大丈夫。

アリスは心の底から安堵し、向日葵のような晴れやかな笑顔を見せた。

その笑顔を見た時、白騎士からようやく緊張が抜ける。


「ふう」


彼は人知れず溜め息を吐いた。


それはアリスを守り切った達成感からか、激しい戦闘を切り抜けた倦怠感からか、それとも・・・敵とはいえ相手を殺さずに済んだ安堵感からか。

それは本人にしか分からない。


彼が本物の伝説の白騎士かどうかは分からない。

しかし、アリスにとってそんな事はどうでも良かった。

彼女にとっては命を救ってくれた彼こそが本物の白騎士なのである。

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