少女がみた夢

アリスは出そうになる悲鳴を何とか押し殺し、銅像の裏で震えながら祈る。


(ごめんなさい!もう言いつけを破ったりしないから!お願い助けて母様!白騎士様!)


アリスが祈った相手は大好きな母親と、そして、大好きな物語に出てくる騎士であった。

その物語は史実を元に創られた英雄譚であり、彼女は就寝前にいつも母親あるいは侍女にねだり、読み聞かせてもらっていた。


物語の舞台はおよそ千年前のクリシュナ。


とある国が起こした周辺諸国への侵略戦争を火種に、戦火はやがて全国に燃え広がり、そして、いつしかクリシュナ全土を巻き込んだ大規模な戦争へと発展していった。

絶え間なく続く戦争に、多くの国が疲弊していく。

元凶である国も例外でなく、徐々に力を削がれ、戦争を仕掛けた当初の勢いは完全に鳴りを潜めていた。


窮地に立つその国は禁忌の一手を打つ。


魔界の門を開き、魔の軍勢をクリシュナに迎え入れたのだ。

だが、不測の事態が、国の思惑を大きく外した。

魔界の軍勢が予想以上にクリシュナを渇望しており、また、予想以上に国力が低下していたのである。


招き入れた軍勢を制御出来ない程に。


結果として、利用しようとした魔界の軍勢に逆に国を乗っ取られる事態に陥る。

それだけに留まらず、クリシュナに放たれた魔界の軍勢は、手当り次第に次々と国を滅ぼしていく。


クリシュナ全土が魔界の支配下に置かれるのも時間の問題となった時、残された7つの国が結託し対抗手段を練りに練った結果、新しい魔法が編み出された。


『異世界英雄召喚』


世界の枠を超えて、一騎当千の英雄を招き入れる魔法。

自国だけでは魔界の軍勢を押し返す力も残っていない7つの国にとって、最後の希望である。

そして、召喚魔法は見事成功し、異なる世界より7人の英雄がクリシュナの地に降り立った。

ついに反撃の狼煙を上げた7つの国は、総力をあげて彼らと共に魔界の軍勢に立ち向かい、苦戦辛勝しながらも見事、魔界の軍勢をクリシュナから追い払い、魔界の門を封印したのであった。


クリシュナで生まれた子ども達は全員この物語を聞いて育ち、そして誰もが一度は物語に登場する騎士や王、姫に憧れる。

アリスも例に漏れず姫に憧れた。

姫はセラフィリアス出身という事もあり親近感が湧き、よく姫の真似事をして遊んでいた。


更に、彼女は違う世界から召喚されたという7人の英雄も好きであり、特に『白騎士』がお気に入りであった。

白騎士はセラフィリアスの姫が召喚した英雄で、その名の通り、白を基調とした鎧を身に纏い、騎士盾と剣を奮って魔界の軍勢を打ち払い、国や姫を守った騎士である。

また、勇敢ながら、姫や仲間を決して裏切らず、最後まで忠誠を尽くした忠義の騎士としても知られている。


彼女はそんな、この世界とは無関係でありながら、世界を救う為に剣を奮い、忠義を尽くしてくれた白騎士の事が大好きであった。

彼なら自分を決して裏切らずにいてくれると。

将来、彼のような者と『騎士契約』を結びたいと夢みるほどであった。

しかし、その夢も今この瞬間、仮面の魔法使い達によって儚く終わってしまう。


彼らは公園に入り、銅像から5、6メートル離れた所で立ち止まった。


「銅像の裏に隠れてる事は知ってんだよ。『出てこい』!」


「っ!」


低い男の声であった。

その言葉を聞いた時から、アリスは身体の自由が効かなくなり、自身の意思とは無関係に動き出して、銅像の裏から姿を現してしまった。


「手間を取らせやがって・・・王女もどきが!」


「っ!」


男の魔法使いが憎々しげに吐いた『王女もどき』という単語を耳にした瞬間、アリスの目から涙が溢れた。

彼女は王侯貴族の子どもや、あるいは当人達から陰でそのように侮蔑されている事に気付いていた。

彼らがいつもアリスを蔑みの目で見ていた事も。

そのような仕打ちを、まだ年端もいかぬ少女が耐える事など出来るはずがなく、いつしか心に深い傷を負ってしまっていた。


「お前の母親がただの一般人のくせに、王に見初められて第3王妃となっただけでも腹立たしいのに、そんなただの一般人を親に持つお前が王女と名乗るなど許されてたまるか!」


魔法使いは独白のように侮蔑と妬みが入り交じった恨みの感情を吐露する。


「しかもあの女、教養のない一般人のくせにしゃしゃり出て、貴族らの私兵縮小を王に進言しやがって。これじゃ俺達の計画がーー」


「そこまでにしておけ」


男は恨み言を続けたが、途中で別の声が遮った。


「誰に聞かれているか分からない。余計な愚痴は慎んで迅速に事を進めろ」


落ち着いた渋みのある声であった。

壮年期後半といったところで魔法使い達のまとめ役のようである。


「はっ。結界も張ってあるってえのに誰に聞かれるんだよ。まあ、時間をくって王女もどきを探してる奴らとかち合うと面倒だし、さっさとやるか」


そう言うと、アリスを侮蔑した魔法使いは、おもむろにローブの背中側に手を差し込み、何かを引き抜いた。


それは一振りの剣であった。


同じく他の魔法使い達も剣を抜き出す。

長さは70センチメートル程の、俗にいう片手剣ブロードソードであった。


「さあ、時間だ、王女もどき。今から楽にしてやる。それに寂しくないぞ?この後、お前の母親も同じとこに送ってやるからよ!」


「っ!?」


アリスは自由に口も開くことが出来ず、ただただ涙するばかりであった。

しかし、心の中では必死に叫んでいる。


助けて!


逃げて!


自身の助けを求め、同時に母親の身を案じる。


(わらわと母様を助けて!白騎士様!)


大好きな騎士に助けを求める。

しかし、白騎士は来ない。

何故なら、彼は物語の人物だから。

姫の騎士だから。


それでも求めずにいられない。

まだ死にたくなかった。

やりたい事がたくさんあった。

友達を作り一緒に遊びたかった。

母親ともっと一緒にいたかった。


だからーー


「助けてぇええ!白騎士様ぁあああ!」


ー ガキィンッ! ー


アリスが心の底からありったけの力を振り絞って叫んだ時、鎖が千切れるような音がして彼女の身体に自由が戻った。

そして、心の叫びは自由となった口を通じて、世界へと発せられる。


「チッ!拘束魔法を解きやがった!」


事態に気付いた魔法使いは慌てて剣を構え、アリスに向けて一歩踏み出した。


その時ーー


『それ』は舞い降りた。

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