第2章 彼女のプロローグ

祭りと蠢く影

「はあ、はあ・・・ぜえ・・・っ!た、助けて!」


遡る事7年前。

8歳の少女、アリスティア・・・アリスは人込みの間を懸命に走り、助けを求める。

しかし、行き交う人々は笑顔か苦笑かまたは無関心であり誰も手を差し伸べない。

子どもの遊びか催し物か、せいぜい迷子で親を探している程度にしか思われていないのだろう。

誰も大きな事件が起こっているとは微塵も思っていなかった。


何故なら、この場所は国王のお膝元である王都であるから。


それに加えて、今日はこの国にとって建国日と同じくらい大切な日であり、大規模な祭りを催している最中である。

まさか、そんな日にこの場所で犯罪を犯す愚か者はいるまいと誰しもが思っていた。


だから彼らは知らない。

祭りの裏で命を賭けた鬼ごっこが行われていた事を。


祭りの時期、王宮に用事がある母親に付き添い、居城である北の砦から出て、王都で数日間滞在するのがアリスの毎年の恒例であった。

そして、今年も例に漏れず、母親に付き添って王都を訪れており、今日で3日が経っていた。

毎年の事であるが王都に滞在している間、アリスは退屈であった。

母親と、唯一同行している侍女は今日も朝から王宮へ出向き不在である。


彼女らが王宮に滞在する事はない。

アリスは一度その理由を尋ねたが、母親は言葉を濁すにとどまっていた。

彼女らが王都へ来る場合、いつも同じ建物に滞在している。

その建物は大通りから近い為、外からは昨日から行われている祭りの賑やかな音がよく聞こえた。


陽気な音色に耳を傾け、アリスはため息をつく。

彼女は祭りに参加する事が出来ない。

それどころか出歩く事さえ出来ない。

毎回の事だから彼女は部屋の窓際に陣取り、外の様子を眺めるしかなかった。


1人取り残されたアリスは窓から通りを眺め、しかし、ついに今日、我慢の限界が訪れた。

毎年窓際から眺めるだけしか出来ず、また、日々1人ぼっちにされた長年の鬱憤も溜まっていたのだ。

その日の昼下がり、母親の言いつけを破り、従業員達の目を盗んで滞在する建物から抜け出し、いざ大通りへと繰り出した。


「わあぁ・・・」


幼いアリスは感嘆の吐息を吐いた。

建物の窓からでは伝わらなかった興奮が、熱気が、彼女の身と心を焦す。


大通りには人、人、人。


セラフィリアス国内全ての者が押し寄せたといっても過言でないほどの人が行き交い、笑い合い、踊り合い、祭りを盛り上げていた。

アリスも彼らの輪に入り、一緒に祭りを楽しんだ。

この日、彼女は正装とまではいかないが、それでも上等なワンピースに身を包んでいた為、通常時なら身分がばれて騒ぎになる可能性もあった。


しかし、幸いにもこの祭りでは姫や騎士、魔法使い、中には敵など、祭りに関する、また、アリスも大好きなある物語の登場人物に仮装する者達が多い為、彼女の格好が上手く紛れ、身分がばれずに済んだ。


アリスは幸せであった。

こんな大勢の中に自身も入れている事が。

彼女には友達がいなかった。

彼女の特殊な出自により、周りの王侯貴族の娘、息子達からは見下され、あるいは妬み蔑まれており、常に1人であった。


でもこの日は違う。


道行く多くの者が笑いかけてくれ、時に手をとり一緒に踊る事が出来た。

単にアリスの事を知らない、もしくは王侯貴族のドロドロ事情など興味がないだけかもしれない。


それでも彼女は幸せだった。

そして、彼女は決心をする。

友達を作ろうと。

賑やかな雰囲気に勇気をもらい、彼女は行動を開始した。


しかし。


この先待ち受けていたのは恐怖と絶望であった。

彼女もまた出会ってしまったのだ。


彼らと。


アリスがこの大通りに来た時、印象に残った仮装がある。

それは、魔法使いの仮装をした3人組であった。

通常、魔法使いの仮装をしている者はローブを羽織るのみなのだが、その者達は加えて仮面もしていた。

珍しさで記憶に残っていたが、その者達が度々アリスの視界に入るのだ。


最初は気のせいか偶然だと思った。

その者達も大通りを右往左往して、たまたま何度も会うだけなのだろうと自身に言い聞かせた。

視線がこちらに向いているのも偶然なのだと。


しかし、そんな言い聞かせはすぐに無駄に終わった。


始まったのだ。

恐怖の鬼ごっこが。


アリスは初めて見た時から、仮面の魔法使い達から言い様のない不気味さを感じていた。

現在、その者達とは遠すぎず近すぎずの距離にいる為、離れようと魔法使い達に背を向けて、やや早歩きで歩き出した。

人混みを縫うように歩き、ある程度の距離に達した所で、さすがにもう見えないだろうと、確認も含めて今来た道を振り返ると・・・その者達はいた。

変わらず、遠過ぎず近過ぎずの距離に。


そして、今度はアリスに明確な視線を向けながら。


魔法使い達は王族の関係者でアリスを連れ戻しに来ただけかもしれないし、ただの誘拐で結果に関係なく、危害を加えられずに解放されるかもしれなかった。


しかし、アリスの直感はこう叫んでいる。

『逃げないと殺される』と。


アリスは直感に従い、必死で逃げた。

少しでも見つからなくする為、身を低くし今まで以上に人混みを縫い駆ける。


だが、彼らの視線は外れてはくれない。


彼女は背中に刺さる視線、一定の距離を保ち追ってくる恐怖感から泣きそうになった。

同時に母親の言いつけを破った事を後悔する。

無性に母親に会いたくなった。

泣いて、怒られて、抱き締められて安心したい。


そのためには何としてでも帰らなくてはいけない。

アリスは消えそうであった小さな勇気を無理やり奮い立たせた。


まずは現状を打破しなければいけない。

彼女は考える。

人混みのせいで思うように動けないから奴らを撒けない。


ならばいっそ隙を突いて路地裏に隠れてやり過ごそう。

そして、母親のいる場所へ帰るのだ。

アリスは自身の身体が隠れるよう、出来るだけ大柄の人の間を縫い駆ける。


また、時には同じような背丈、似た格好をした子どもと並び紛れ混む。


魔法使い達の視線を外す方法を幼いながらも必死で考え実行した。


そして、チャンスは訪れた。


今まで痛いくらい突き刺さっていた視線がふと消えたのだ。

その瞬間、アリスはそばにあった路地裏に飛び込んだ。

建物から伸びる配管やゴミ箱等に隠れつつ、逃げる本能からか路地裏の奥へと奥へと進む。


奥に進むにつれ路地幅が広がり、やがてこぢんまりとした広場に行き着いた。

公園の中心には、祭りでも仮装する者が多かった、物語に出てくる有名な騎士の銅像が立っていた。


年月が経ち、所々緑錆が目立つものの、その威風堂々とした姿は力強く美しかった。


また、公園自体も古いながら、細部まで手入れが施されており、見るもの全てに綺麗な印象を与えるものであった。

多くの者が憩いの場として利用しているのだろう。


「・・・!?」


そんな中、アリスはある違和感に気付く。


(人がいない!)


丁寧に手入れされているという事は多くの者が訪れる場所という事だ。

路地裏にあるとはいえ、ここは有名な公園なのだろう。

しかし、祭りで大通りには人がごった返しているというのに、ここには誰もいない。


来る途中の路地にもだ。


(しまった、罠だ!)


気付いた時には、もう手遅れだった。

公園の入口、路地の方からコツコツと足音が鳴り響く。

アリスは最後の望みをかけて銅像の裏に隠れた。

その直後に路地から足音の正体が姿を現す。


出てきたのはただの一般市民。

などではもちろんなく、アリスを追っていた仮面の魔法使い達であった。

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