少女の願い

「おぉ・・・」


白狼の威風堂々とした美しい姿に優太は目を奪われ、同時に感嘆の息を漏らした。

時を忘れる程見惚れていた優太だったが、突然聞き慣れぬ声がしたので驚き我に返った。


(ユータ殿。そのような熱い眼差しを向けられると照れてしまいます)


それは落ち着きのある優しい女性の声であった。


「誰だ!?」


辺りを見回すが、今この場には片手で十分数えられる人数しかいない。

何故ならアリスティアが人払いの結界を張っているからだ。


(キョロキョロして何を探しておられるのですか?私はこちらですよ)


今度は少しイタズラを含んだ声音であった。

声がした方を向くとアリスティアがニヤついた表情で立っていた。

しかし、先程の声は彼女のそれとは大きく異なる。

そして、当たり前だが自分の声でもない。


では誰か。


2人以外はこの場には誰もいないはず・・・いや、もう1人、もといもう1頭いるではないか。


「ま、まさか!」


(そのまさかです。ユータ殿。驚かせて申し訳ありません。改めて自己紹介させていただきます。私はアリス・・・アリスティア様の使い魔で名をリリエッタと申します。どうぞリリとお呼び下さいませ。そして以後お見知りおき下さい)


「あ、ああ、分かっ、分かりました・・・こちらこそよろしくお願いします。ちょっと驚きで頭が混乱して・・・もう驚く事はないと思っていましたが、まさか動物が・・・失礼しました。リリさんが喋れるとは思いませんでした」


リリの言葉遣いが丁寧であった為、優太も驚きと相まって思わず敬語で返した。

対してリリはコロコロと笑い、柔らかい物腰で話す。


(知らぬ方からすれば当然の反応なので気になさらないで下さい。あと、どうぞ敬語もお止めになって。主人であるアリス様と同様に私にも気さくにお話し下さい)


「はい、あっ・・・いや、分かった。・・・それにしても魔法ってすごいな。人間以外とも会話ができるって。もしかして、そこらにいる動物とも会話出来るのか?」


「残念ながら出来ぬ。普通の動物は魔法が使えぬのでな。リリがわらわ達と会話出来るのはリリ自身が魔法を使っているからじゃ」


答えたのはアリスティアであった。


会話に入れず不貞腐れ気味であった彼女だが、リリの事をまるで我が事のように自慢気に話した。


「リリは誇り高き『雪華狼せっかろう』なのじゃ。雪華狼は聖獣の一種で雪のような白い毛並と2本の尾、そして、氷のように半透明で鋭く美しい牙が特徴でな。また、聖獣全般に言える事じゃが魔力と知能がとても高いゆえ、こうしてわらわ達と念話で意志疎通を図れるのじゃ」


「念話?リリの声は耳から聞こえるし会話じゃないのか?念話というと直接脳に響くイメージがあるんだが。あと、聖獣っていうのは普通の動物とどう違うんだ?」


(私達雪華狼は舌周りがそれほど発達していないので、人間のような複雑な言語を口にする事が出来ません。そのため思考を魔力でとばして直接脳に語りかけているのです。ユータ殿の場合、魔法の存在自体知らないのですから、脳に直接語りかけられるといった経験や知識がなく、脳が混乱して耳から聞こえるように錯覚を起こしているのでしょう。特に問題ない事ですし、慣れてくれば脳に響く感覚が分かるようになると思います。あと、聖獣に関してはーー)


ーくちゅん!ー


その時、可愛いくしゃみの音が公園内に響いた。

リリとの念話を中断し音がした方を向くと、アリスティアが鼻を真っ赤にしてすすっていた。

1人と1頭に注目された彼女は顔全体を真っ赤にして吠える。


「な、何じゃい!わらわだって王女である前に1人の人間じゃから、くしゃみぐらいするわっ!」


「別に何も言ってないだろう。それよりその格好は寒くないのか?」


ドレスの厚みは問題なさそうに見えるが、首元が大きく開いているデザインのせいか寒そうに見えた。


「寒さには馴れておるし、このままくらい平・・くちゅん!」


「慣れてるからって寒いものは寒いだろう・・・ほらっ」


優太は巻いていマフラーを取り、かつて妹にしてあげていたようにアリスティアの首に巻いてやった。


「はうぅ」


アリスティアは顔を真っ赤にしながらも首に巻かれたマフラーの暖かさに一息ついた。


「な?暖かいだろ?」


彼女の表情を見た優太は満足そうに笑いかける。


「うっ、あ、ああり、ありが・・・」


「おっと、もうこんな時間か。そろそろ帰らないとな。ん?何だ?」


「っ!な、何でもないっ!」


アリスティアが更に顔を赤くしてお礼を言いかけた時、運悪く優太はたまたま公園の時計に目が行き、現在の時刻を確認していたので、彼女の言葉を聞き逃してしまった。

タイミングを逃したアリスティアは赤い顔をマフラーに埋めて、結局お礼が言えずじまいになった。


「さて。俺は帰るけど、君達はどうするんだ?」


(・・・ユータ殿。少しお待ち下さい)



優太がアリスティアが食べた親子丼のゴミを片付けて帰り支度をしていると、リリが引き止めた。

先程までアリスティアと優太のやり取りを微笑ましげに眺めていた彼女であったが、今は真剣な表情で優太と向き合っている。

言葉にも緊張と真剣な感情が混ざっていた。


(ユータ殿、いえ、ユキシロ・ユータ様。大切な頼み事が2つあるのですが)


「・・・さっきも言ったが、出来ない事もあるからな」


優太はアリスティアの発言もあって、警戒しながら尋ねた。


(存じ上げております・・・まず1つ目ですが、滞在出来る場所が見つかるまで、もしくは今日だけでも良いのでアリス様を泊めて差し上げていただけませんか?)


「・・・何で今日会ったばかりの俺の家にこだわるんだ?異世界でも王女なら、良いホテルとかがあるんじゃないのか?それに、一応俺も男だし、君もアリスティアさんも女の子だろう?」


(確かにセラフィリアスと日本は秘密裏に外交を行ってますので、滞在する場合は通常、要人用のゲストルームに泊まります。ですが今回はとある事情で利用する事が出来ないのです)


「・・・やっぱり誰かに追われているのか?」


(いえ、そのような危険な事情ではありませんので御安心下さい。それに・・・確かにユータ様とは今日偶然に会ったばかりなので、こだわるのはおかしな事かもしれません。しかし人払いの結界を張っているにも関わらず、アリス様を見つけて下さった事や、無償でアリス様に手を差し伸べられる姿をみて、運命を感じざるを得ませんでした。もちろん不埒な事をするような御人でない事も分かっています。なので、どうかお願い致します。御礼も必ず致します。今頼れるのはユータ様だけなのです)


リリの真剣な眼差しと言葉を受けた優太は少しの間考え、そして、答えを出した。


「まあ・・・本当に困っているようだし仕方ないな。ちょうど家族は家に居ないし好きに使いくれ」


(ありがとうございます!この御恩は必ずやお返し致します!良かったですね、アリス様!)


「う、うむ。」


「ただし、俺は自分の生活で精一杯だし、アリスティアさんの世話や侍従は出来ないからな」


(もちろんです。侍従は使い魔である私の役目なのでお気になさらないで下さい。それにイリヤメント家では『自分で出来る事は自分ですべし』という家訓がありますので、アリス様も王女であれど、ある程度の事は御自身でなされます)


「そうなんだ。えらく庶民的な家訓なんだな。でも、俺に侍従になって世話しろって言ってたぞ?」


(それはアリス様なりの友好の表現でございます。セラフィリアスでは、同年代で親しい間柄の者があまりおられなかった為、仲良くなりたいとは思われるのですが、どうすれば良いかお分かりになられてないのです。まあそれはもう1つの頼み事に関わるのですが)


「そういえば頼み事が2つあるって言ってたな。そのもう1つの頼みっていうのは何だ?」


(それは・・・ユータ様。今日出会ったばかりで大変恐縮なのですが、是非ともアリス様とごゆ・・・)


「ま、待つのじゃリリ!」


1つ目の頼み事よりも真剣な眼差しで訴えかけるリリの声を遮ったのは、彼女の主人であるアリスティアであった。


(アリス様?しかしこのまたとない機会を逃す訳にはいきません)


「違うのじゃ、リリ。そなたの心遣いはありがたいが、その頼み事はやはりわらわ自身で言わぬとならぬ。ここで甘えてしまったら、立派な王女からまた一歩遠ざかってしまい、の騎士に申し訳が立たぬ。じゃから、すまぬがわらわの口から言わしてくれ」


(アリス様・・・分かりました。出過ぎた真似を御許し下さい)


「良いのじゃ。むしろそなたの心遣いを嬉しく思う。・・・では、ユータよ。わらわの頼み事を聞いてくれ」


アリスティアはリリに軽く微笑んだ後、軽く深呼吸し、優太の方を向いて語り出した。


「ユータよ。まずは数々の無礼を詫びる。それでもそなたは、わらわに無償で手を差し伸べてくれ、時に注意し諭してくれた。とても感謝しておるし、そんなそなたの誠実さに触れて、わらわも勇気を貰い決心する事が出来た」


アリスティアは優太の目を見てゆっくりと話す。

そんな彼女の、自分を見つめる青く澄んだ瞳に意識が吸い込まれそうになりつつも、優太は彼女の独白を静かに聞いた。


「先程言ったようにわらわには人間の友人がおらぬ。実はわらわは少し特殊な出自の王女でな。そのせいか、わらわの周りは皆敵じゃった。信頼出来るのは母様や極一部の者だけ。わらわを蔑み傷付けようとする者、利用する為に近付こうとする者が大半だったのじゃ。わらわは友人が欲しかった。共に遊び、共に笑い合える存在に憧れた。しかし、わらわは臆病じゃった。どんなに親しくなりかけても今までの経験から、悪意があって近付いてるのではと疑ってしまい、なかなか一歩を踏み出せなかったのじゃ。

そんな時、とある事件をきっかけに1人の騎士と出会ったのじゃ。その騎士とは初見であったが不思議と全面的に信頼出来たのじゃ。たぶん、わらわの好きな物語に出てくる騎士と似ていたからじゃろうな。ふふふ。

彼の騎士はわらわの危機を救ってくれ、その後、安全になるまで一緒にいてくれたのじゃ。その間、彼とはたくさんたくさん喋った。しかし友人になりたいとは言えなかった。

信頼はしていたのじゃが、もし断られたらと思うと怖くてのう。しかし、別れ際になりついに我慢出来ず友人になって欲しいと頼み込んだのじゃ。彼はすんなりと受け入れてくれてのう。わらわはおおはしゃぎじゃった。わらわという存在を認めてもらえた気がしたのじゃ。

彼にまた会えるか訊ねた。おかしな話じゃろう?友人にまた会えるかなどと。わらわは子どもながらに彼とはこれっきりだと勘づいていたのかもしれぬ。ただ友人と認めてもらえただけで満足じゃった。

しかし彼はこう言ったのじゃ。立派な王女になる事が出来たらまた会えると。それに、立派な王女を目指していけば、今はできなくとも未来の私と会う頃には心から信頼出来る友人が多くできているだろうと。そして、立派な王女になったわらわの一番最初の友人は私だと自慢させて欲しいと。

そう言われたら立派な王女を目指すしかなかろう。多くの友人を作る為に。最初の友人であり命の恩人である彼に会う為に。そして、母様に安心してもらい、また、力になれるように。

その日から立派な王女になる為、今まで以上に教養や鍛練に心身を注いだ。しかし、じゃ。友人についてだけは臆病のままじゃった。頭では分かってはいても、心が一歩を踏み出せなかった。

時が過ぎ、成人の儀式を迎えた今年となってもあの時から増えた友人はリリだけじゃった。正直わらわは焦っておった。

ユータよ。そなたと会った時、わらわは泣いておっただろう?

とっさに言い訳したがさすがに苦しすぎたのう。あの時、わらわは自身に失望しておってな。

実はこの街は彼の騎士がいるかもしれない地なのじゃ。・・・そうじゃ。わらわは成人の儀式に託つけて彼を探しに来たのじゃ。手掛かりを携えて。そして新たな手掛かりを得る為に。言ってみればズルじゃ。立派な王女になる前に、友人をたくさん作る前に会おうというのじゃからな。

結局1日を通して彼を見つけるどころか手掛かりもないままじゃ。まあ、分かっていた事じゃがな。

そして、今後のあてもなく途方にくれた上、ズルをする自身に嫌気がさして、悲しんでいる所にそなたが現れたのじゃ」


語るアリスティアの表情や声には様々な感情が入り交じっていた。


「そなたはおかしな奴じゃ。デリカシーがないと思えば、他の者は鼻で笑うわらわの目指すものを肯定したり、王女のわらわを怖れず言動を是正したり、食べ物を施したり。そして、そのどれもが打算的でない誠実性からくるものであった。

そのような者はわらわの周りでは初めてじゃ」


おどけた口調であったが、目を閉じ胸に手を当てている姿は幸せを噛みしめているようであった。

そして、一呼吸をおいて再び優太を見つめ、緊張を孕んだ声で言葉を紡ぐ。


「そなたと会えたのは、わらわが一歩踏み出す為に神がくれた最後のチャンスかもしれぬ。ズルせず立派な王女となり堂々と彼に会えという。

・・・ユータよ。わらわは臆病でズルい。それに友人との接し方が分からなぬ不器用な奴じゃ。じゃが、そなたと出会い勇気をもらい、一歩を踏み出す決心がついた。

そなたとは今日先程ここで会ったばかりじゃ。しかし、どこかそなたは彼の騎士に雰囲気が似ており、懐かしさを感じておる。

そして、わらわは運命を感じておる。わらわは未熟じゃ。至らぬ事も迷惑をかける事もあるかもしれぬ。

それでも、もし良ければ、願わくば・・・わらわと友達になって欲しい」


緊張と期待と不安が入り交じった顔でアリスは返事を待つ。

一方の優太は既に答えが決まっていた。


その答えとはーー

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