第1章 出会い

遭遇

3月下旬のある夜、その日一緒に遊んでいた友人達と別れた雪城優太は、少々遅めのタ食をコンビニで買い、家までの通り慣れた道を黙々と歩いていた。


その途中。

普段はただ通り過ぎるだけの公園の入り口で、優太は思わず立ち止まり、公園のある一画を凝視した。


生まれた時から住んでいる特にこれといって特徴のない街の中にある、優太も幼い頃は何度も遊んだ平凡な公園の中に、平凡でない存在がおり否が応でも目を引いていたのだ。


その平凡でない存在は、1人の少女であった。

少女は公園の奥にあるブランコに腰掛けていた。

うつむいている為、顔は見えない。

髪は金髪。

肩より少し長めのウェーブがかかったその髪は月の光を浴び、神秘的に輝いていた。


それだけでも十二分に目を引く存在であったが、加えて、少女の着ている服がその髪と同様、またはそれ以上に目を引くものであった。


彼女が着ているのは純白のドレスであった。

結婚式やパーティーなどに着るような一般的なものと違い、様々な意匠が施されて華やかでありながらも、どこかまとまりのある落ち着いた感じがする。


服飾関係に疎い優太からみても、そのドレスが高価なものである事は一目で分かった。

更に、少女の胸元で揺れているペンダント。

雪の結晶を模した銀色の飾りの中心に、球状の赤い宝石のようなものが埋め込まれており、雑貨屋などで取り扱っているようなお手軽なものどころか、少し高級な店でもまず見かける事は無いような代物かもしれないと優太は感じ取る。


そして、それらを身に着けているのが異国の、それも美しい金髪の少女という事もあり、その姿はまるで童話や歴史小説などに登場するーー


「お姫様・・・?」


「っ!?」


思わず優太が呟いた次の瞬間、ブランコに腰掛けていた少女は、うつむいていた顔を勢い良く跳ね上げ、優太の方へと向いた。

綺麗というよりは可愛い、まさしく美少女然とした顔立ちだった。

年齢は優太と同じか、少し年下といったところか。

まだ幼さが残る顔に陣取る2つのクリっとした大きめの瞳は海のように澄んだ青色である。


公園の入り口にいる優太とブランコに腰掛けている少女との間には少しばかり距離があったが、それでも優太の視線は少女の瞳に吸い寄せられた。

ただ、この時、彼女の瞳は濡れていた。


少女はしばらくキョトンと優太を見つめ返していたが、少しして自身の瞳が濡れている事に気付いたのだろう、慌てて横を向きドレスの裾で見た目の上品さとはかけ離れた豪快さで顔を拭った。


拭い終わった後、再び少女が優太へ顔を向けた時には先までの潤みは完全に消えており、代わりに敵意と警戒の色が浮かんでいた。

彼女は優太を威嚇するように睨みながら立ち上がり、距離をとる為、後退ーー


ー ガタンッ ー


「ぴぎゃっ!?」


失敗して盛大に尻餅をついた。

目の前の優太に気を取られていた為、後ろのブランコに足を引っかけてバランスを崩して転倒したのだ。


少女は尻餅をつきながら、恥ずかしさと痛みをブレンドした涙目で再び優太を睨みつけた。

その姿を見た優太は、割と面倒見の良い性格もあって放っておけなくなり、少しの躊躇いの後、少女へと歩み寄るため公園に足を踏み入れた。


― と ぷ ん ―


入口にある門を通り公園に足を踏み入れた瞬間、まるで水に入るような不思議な感覚が優太を包み込む。

しかし、それも一瞬の事ですぐに元の肌寒さに戻った。


「?」


気になったが、一瞬の事なので気のせいだと思い、そのまま少女の方へと近付き声を掛けた。


「大丈夫、か?」


尋ねてから気付く。


(日本語は通じるのか?)


「え?あ・・・、だ、大丈夫じゃ!こ、これはその・・・そう、貧血じゃ。貧血で膝をついたのじゃ。断じてこけた訳ではない!」


「・・・え?いや、でも、今尻もーー」


「うるさいのじゃっ!」


結論からいうと日本語は通じていた。

ただ、少女の古めかしい口調と、恥ずかしい姿を見せた事を無かった事にするためのとんでもない言い訳を聞いたせいで、優太の頭の中からその事を懸念した事自体、吹き飛んでしまっていた。


少女は立ち上がるとともに優太から距離をとる。

優太の気遣った言動から敵意を多少薄れさせたものの、警戒は解いていなかった。


「それより・・・そなたは何者じゃ?」


「何者って・・・名前は雪城優太っていうんだが・・・」


「違う、そうではないっ!この公園には人除けの結界を張っておるのじゃ!普通なら公園に入る事はおろか、ここの存在にさえ気付く事ができぬ。しかし、そなたは公園を認識し、更に内部にまで入ってきたのじゃ」


「結界って・・・漫画じゃないんだし、んな馬鹿な」


何を言っているんだこの子はと、優太は少女を訝しげに見るとともに、少女の言葉を笑いとばした。

その後、彼女の言葉を否定するため公園の外にしばらく目を向けていたが、時間の経過と共に次第にその表情は余裕から驚きへと変化していった。


(誰も俺やこの子に気付いていない?それどころか公園の存在自体気づいていない?)


この公園や通りは街の中心から外れており、昼間はそれなりに人の行き来はあるが、夜になると人通りは極端に少なくなる。


しかし、誰も通らない訳ではない。

優太のように買い物帰りに通る者もいるし、部活や仕事の帰りで通る者もいるのだ。


現に、優太が観察している間にも数人が通った。

しかし、その全てが、優太や少女に見向きもせず、通り過ぎていった。

優太はともかく少女は、優太も思わず立ち止まり凝視してしまった程、目を引く存在であるのに。


また、優太は通り過ぎる人を呼び止める事も試みた。

しかし、それもうまくいかず、大声で叫んでも通り過ぎる人は誰一人として、こちらに顔を向ける事さえしなかった。


まるで公園の前に壁があるかのように。


「何だこれ」


優太が呆然として呟くと、少女は呆れるように答えた。


「だから言ったであろう。結界を張っておるから、この公園を認識する事はできぬと。・・・それで、そなたはどうやって結界外からわらわを見つけ、結界をくぐり抜け、そして、どのような目的でわらわに接触してきたのじゃ?」


「いや、そんな事言われても・・・。結界云々については俺の方が聞きたいぐらいだ。それよりも君こそ何者なんだ?その服装といい、結界といい、とても普通の人には見えないんだが・・・」


優太は信じられない現象を目にして動揺したが、何とか落ち着きを取り戻し、少女の方へと向き直り尋ねた。

結界という非現実的なものに、自身が影響を受けていない事よりも、そもそも、その結界を張る事ができる少女の事の方が気になったのである。


しかし、その優太の問い掛けは予想外だったのか、少女は目をパチクリして尋ね返した。


「む?わらわの事を知って声をかけてきたのではないのか?そなたはわらわを『姫』と呼んだであろう?」


「あ、いや、あれは君の格好がお姫様のようだからそう呟いただけなんだが。・・・あれ?っていうか『姫』って、まさか・・・」


少女の言動で、ある可能性に気が付いた優太は困惑した。

一方、少女は慌てる優太の姿を見て、安堵とともにようやく敵意と警戒心を解き、納得したように呟く。


「なるほどのう・・・。なんじゃ、わらわの勘違いか。てっきりわらわの事を知った上で、悪意をもって近付いてきた者かと思ったわ」


そして、少女は優太に声をかける。


「意図せずとはいえ、そなたに名乗らせておいて、わらわ自身の名を明かさないとなれば、我がイリアメント家末代までの恥となろう。そなた、雪城優太と申したな。・・・では、優太よ。わらわの名をわらわ自身の口から聴ける事を光栄に思い、そして、わらわの名をしかと心に刻み込むがよい」


少女は胸を誇らし気に張り、そして、『少女』ではなく『王』を思わせる凄みを纏った笑みで、声高らかに名乗りを上げた。


「わらわこそはイシュリナ全土に名を轟かせる七雄国のうちの一国、セラフィリアス王国の第3王女、アリスティア・トラネス・イリアメント・セラフィリアスじゃ!」

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