異世界姫滞在記

いぬがさき

序章 彼のプロローグ

目指すもの

雪城優太ゆきしろゆうたには命の恩人がいる。



彼が小学校低学年の頃の出来事である。


ある日、学校からの帰り道、優太は冒険と称した道草の最中に誤って道に迷い、そして、見知らぬ街に行き着いた。


知ってる街のようで知らない街。


しかし、不思議と怖くはなかった。


それどころか気分はすっかり冒険者で、彼は心を弾ませて辺りを散策した。


ワクワクが止まらなかった。


彼らに会うまでは。


その者達は3人組であり、薄暗い路地裏で何かを話していた。

服装も普通とは違い、ゲームや漫画に出てくる魔法使いが着ているような、黒いローブで全身を覆っていた。


優太は彼らが何をしているのか気になり、近寄ろうとした。


だが、その直前に直感が警告を鳴らした。

近づいてはいけない。

逃げろと。


幸いにも、その3人組に気付かれていないようだったので、優太は音を立てずにゆっくりと後退しながら、大通りへ戻ろうと踵を返した。



だが、その瞬間ーー


ー トスッ ー


「え?」


ー カラァアン ー


「っ!?」


肩に鋭い痛みを感じると同時に甲高い音を立てて目の前に落ちる金属の物体。


その正体はナイフだった。


肩が熱い。

そう感じた優太は肩に手を置いた。


ー ヌルリ ー


不快な感触が手にまとわりつく。


突然の出来事と恐怖で頭が回らず、状況を把握しきれないまま手を見ると、そこには少なくない量の血が。



優太は我に返り声にならない悲鳴を上げて逃げた。

大通りに出て大声で助けを求めたが、先ほどまでと違い行き交う人がいない。


世界に自分だけが取り残されたような錯覚にとらわれる。


いや、違う。


奴らもいる。


優太は脇目もふらず必死で逃げた。


しかし、如何せん子どもと大人では知恵も体力も差があり過ぎた。

気付いた時には袋小路に誘い込まれ、ジリジリと距離を詰められる。


3人組の口元には嫌らしい笑みが張り付いていた。


楽しんでいるのだと気付いた。

まるでハンティングゲームをしているように。


優太は悔しさと恐怖で顔を歪ませながら、背負っていたリュックを漁り、中にあったハサミを彼らに向けて全力で投げた。


反撃されると微塵も思っておらず、油断していたのだろう。

そのうちの1人、男の顔に刃先が当たり血が流れた。


それでプライドを傷つけられたのか、彼らは先ほどまでの嫌らしい笑みを消し、代わりに明確な殺意をもって新たなナイフを取り出した。


殺意を向けられ足をすくませた優太にはもうどうする事も出来なかった。


(ああ、僕はここで死ぬんだ・・・)

 

子どもながらに感じた。



その時である。


命の恩人である彼が現れたのは。



「もう大丈夫だ」


堂々とした大きな背中。


力強く、そして、聞く者が安心する声。


その姿はまるで当時夢中で見ていた番組に出てくるヒーローのようだった。


弱きを助け、強きを挫く。


まだ危険な状況であるにも関わらず、優太の心は踊り、同時に彼なら負けないという根拠なき確信と安心感をもった。


(ヒーローがテレビから出てきて僕を助けにきてくれた!)


そして、確信通り彼は流れるような動作で鮮やかに悪漢達を次々と退けた。



その後、これ以上の危険がない事を確認した彼は、不思議な道具で優太の肩の傷を治してくれ、見知った場所に着くまで導いてくれた。


(僕もこうなりたいな)


優太は元の場所へ戻るまでの道中、彼の事を知りたくて色々聞いた。

また、彼も安心させようとしてくれたのか色々話してくれた。



彼とはそれっきりである。


彼に会いたくて優太は休日毎に街中を探し回ったが見つかる事もなく、あの見知らぬ街なら会えると思い、行こうと挑戦したが何故かどうやっても辿り着く事が出来なかった。

また、不思議な事にその出来事ははっきり覚えているのに、彼の顔についてはまるで霧がかかったかのように何故か思い出せない。


だが、彼について覚えている事もある。


力強い声、堂々とした背中、優しい手。


そして、1つの言葉。


「どうしたらお兄ちゃんみたいになれるの?僕も困っている人を助けたい」


本当になりたかったから真剣に聞いた。


彼もこちらの意志を感じたのだろう。



「身体も心も強く優しくなれ」



当たり障りのない答えかもしれない。

ただ、そう言った時の彼の声はとても厳しくて、そして、とても優しかった。


更に、彼は別れ際にあるものを手渡してくれた。


優太は今でも寝るとき以外は肌身離さず持ち歩いている。



それは、安産のお守り。



「なんで安産なんだ・・・?」


日課である朝の鍛錬を終え外出用の服に着替えた優太は、何百回、何千回になるかもしれない疑問を口にしながらもお守りを大事に胸ポケットにしまい込んだ。


「あっ!?やばい!遅れる!」


そして、慌てて服装と持ち物のチェックをし、友人達と待ち合わせしている場所へ向かった。



季節は3月下旬。

中学校を今月卒業した優太は、来月から高校に通うことになる。

今まで一緒だった友人達とも高校からは別々になるのだ。


別々になるといっても、もう会えない訳ではない。

だが、確実に会える機会は減ってしまうだろう。

そこで高校に入学する前に、今日この日は盛大に遊ぼうと決めたのだ。


優太は待ち合わせ場所まで走る。


これまで親しんだ日常が終わる不安と、これから始まる新たな日常への期待を胸にして。

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