5月8日(土) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで木下惠介監督の「陸軍」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで木下惠介監督の「陸軍」を観る。


1944年(昭和19年) 松竹(大船) 87分 白黒 35mm


監督:木下惠介

原作:火野葦平

脚色:池田忠雄

撮影:武富善男

美術:本木勇

録音:小尾幸魚

出演:笠智衆、信千代、横山準、三津田健、杉村春子、山崎敏夫、田中絹代、星野和正、原保美、上原謙、長浜藤夫、東野英治郎


数日前に「海軍」を観たら、今度は「陸軍」が上映された。


陸軍省後援と前置きされたあとに物語が始まると、すぐに眠くなってしまった。元気な一時の午睡への誘いなら我慢もできるが、心身やる気のない時はいともたやすく眠りに入り、起きる時間も気にならなかったので、四代にわたる一家の物語の前半を喪失する。


昨日の舞台の続きのように小倉から始まり、「陸軍」という現在を直接語り始めるのではなく、長州藩の奇兵隊が攻め込んでくる時代から描かれる。眠りに落ちる前に目にしたのが水戸光圀の大日本史への扱いで、それが家宝なのか、どういった経緯があるのか内容は飲み込めなかったが、大東亜戦争の最中に息子が中国へ出征するラストシーンの直前にもその書物は登場するので、男の子は天子様からの授かりものだから無事に届けなければならない、のような台詞が母親からたびたび出てくると、このあたりに江戸時代から続く武士の主従関係に国家神道が組み合わさった軍事教育の厳格さと精神論への引継ぎもあるのかもしれない。


目の覚めた頃には笠智衆さんと田中絹代さんが登場していて、すぐに10年単位で物語は進展するが、内容に取り残されることなく観賞できるようになる。田坂具隆監督の「海軍」は子供の成長にスポットを当てた物語構成だったが、木下監督の「陸軍」は家系の中でも中盤から後半にかけては両親に的が当たり、無骨で一本気な性格を誠実な眼差しの笠さんが愚直に演じており、世間を知る優しくも厳しい母親を田中さんが豊かに演技して、長回しのショットを基本とした演劇要素の強い編集のなかで、パンショットの移動の速さや遠近を含めた劇的な構図で組み立てられている。


「海軍」の場合は軍隊の歴史学習や思想の伝播が強くあったものの、「陸軍」の場合は人間模様の描き方に焦点があり、その中に三国干渉の苦渋が述べられたり、列強諸国と中国への一面的な見方なども盛り込まれているが、東野英治郎さんの演技や友人関係なども丁寧に扱われているので、国策映画として作られているにしても、より確かな映画作品としての要素を多く含んでいる。


ただし、ラストシーンには疑いなく陸軍の息がたっぷりかかっており、小さい日本の国旗を持ってマラソンランナーを見送るように道路の両端に延々と陣取り、ラッパを吹いて行進する兵隊さんを見送る民衆の画面は、軍隊礼讃の風潮が教科書通り存在していたことを明確にみせている。ただし木下監督はここでこそ映画らしい画面作りをしていて、群衆の中での移動撮影は田中さんの本分を漏れなく捉えており、悲喜こもごも瞬間として変化する母親の複雑な表情は映画の良点として腕のある結末を演出している。


あとあとになって前半の睡眠は悔やまれたが、そうでなくても昭和を代表する名優達が手本のような演技をしており、作品の生み出された背景とは別に、映画という芸術表現の発露は本物以外ないのだと、昭和の映画人が持つ豊穣な力を感じられる作品となっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る