5月7日(金) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで稲垣浩監督の「無法松の一生」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで稲垣浩監督の「無法松の一生」を観る。


1943年(昭和18年) 大映(京都) 79分 白黒 35mm


監督:稲垣浩

原作:岩下俊作

脚色:伊丹万作

撮影:宮川一夫

音楽:西悟郎

録音:佐々木稔郎

編集:西田重雄

出演:阪東妻三郎、月形龍之介、永田靖、園井恵子、川村禾門、沢村アキヲ、杉狂児、山口勇、葛木香一、尾上華丈、小宮一晃


稲垣浩監督による1958年版の「無法松の一生」を観たことがあったので、その比較となった。どちらの作品も冒頭は観損なってしまい、今日の作品ではラストに松五郎の倒れるシーンがなかったので、そのあたりを映画の入りに想像することになった。


物語の運びはほぼ同じとなっており、各ショットの尺やリズムも同様のものがあるので、リメイクらしい作りは落語の演じ分けのように見えた。


正直言うと、三船敏郎さんと高峰秀子さんの登場する「無法松の一生」は誰が監督だったか覚えておらず、稲垣監督が二度撮っていたとは知らずにいたせいで、真似事まではいかなくても、竹刀で頭を叩かれるシーンから始まり、劇場で煮炊きをして乱闘をしたり、吉岡家での歌や旦那の急死など、あらゆるシーンのコマ割が似ているだけでなく、アングルや演出は多少変わっていても、「無法松の一生」はこのように構成された完成品として眺めていた。


ただ画面の色がモノクロとなれば昭和の時代性は色濃くなり、子供達の服装だけでなく、登場する舞台の素朴感や現実感はより懐古的な雰囲気が表れていた。そこに役者が代われば、流れはほとんど変わらなくても、作品世界は随分と異なった物となる。


三船さんが後だとしても、自分にとってはやや硬質で頑強な松五郎像が先にあるので、阪東妻三郎さん演じる松っつぁんはより柔軟で親しみがあり、お調子者らしい人物像がありありと立ち現れていた。世界の三船さんといえども、松五郎に関しては阪東さんの方が一枚上手と思えるほど丸くて向こう見ずな一本調子があるので、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の両津勘吉のような破天荒さにより無法らしい人物を観るようだった。


ただし歌舞伎のような演技の素養をもたない三船さんとしての凄みは、なんといっても祇園太鼓を叩くシーンにあり、あの躍動感と生命力は阪東さんには詰め込まれておらず、ほどよい程度に場面の臨場感が編集されているのみだった。とはいえ、どのシーンも同様だが、素晴らしい役者による比較となっているので、優劣よりも良質の違いを楽しめる観賞となっていた。


そして吉岡の奥さんは高峰さんではなく園井恵子さんが演じており、初めて観るこの方の涼やかな目の美しさは最初の登場シーンから釘付けにされるほどで、「綺麗な俳優さんに会えてよかった」としみじみ思うほど、のちのちの場面でもより薄幸で慎ましやかな心配性が面前にあった。


家に帰ってから印象に残った女優さんについて調べると、桜隊として広島にいる間に被爆して亡くなった園井恵子さんだと知って驚いた。桜隊のドキュメンタリー映画「さくら隊散る」を観ていた時の記憶が一度によみがえり、まだまだ未来がたくさんあるこんな美しい女優さんが酷い死に方をして、本当に惜しまれると思ったその人で、稲垣監督だけでなく園井さんも忘れていた自分の観察眼と記憶力の不確かを苦笑することになった。


時折ぶっきらぼうな編集の切り方があり、松五郎の描き方も後半は乏しくなっていて、吉岡家の旦那への忠義だけでなく、奥さんへの恋慕もポスターでほんのすこしさわる程度でしか描かれていなかったので、三船さんの演じる松五郎のほうが画面の色の違いだけでない精彩を持ち、寂しく死んでいく内面の葛藤と悲しさが出されていた。そのあたりにリメイクの意味があるのかと考えていた通り、調べると内務省だけでなくGHQの検閲によって切除されたシーンがいくつもあり、それこそが今日の「無法松の一生」の作品の質を薄くさせていて、稲垣監督が焼き回しのように再び作り上げたわけだと知った。


三船さんと高峰さんも実に素晴らしかったが、板東さんと園井さんもひけをとらない、などと考えさせない出来上がりとなっていた。松五郎の悲哀を味わうだけにとどまらず、戦争の影響がいかに作品を濁して、希望ある役者の命を奪ったか考えずにはいられない作品で、失った物を取り戻すようにリメイクした稲垣監督の姿と、新たに再生することはできない園井恵子さんの儚い命が交差するようで、時代背景を色濃く残した作品はラストに向かうシークエンスのように、走馬燈としての情景が伝わってくる切ない人生が詰まっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る