4月21日(水) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでイングマール・ベルイマン監督の「魔術師」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでイングマール・ベルイマン監督の「魔術師」を観る。


1958年 スウェーデン 99分 白黒 Blu-ray 日本語字幕


監督・脚本:イングマール・ベルイマン

撮影:グンナール・フィッシェル

美術:P・A・ルンドグレン

音楽:エリック・ノードグレーン

出演:マックス・フォン・シドー、イングリッド・チューリン、ベント・エーケロート、グンナール・ビョルンストランド、ナイマ・ウィフストランド、ビビ・アンデショーン


どんな分野でもそうだが、好事家なら誰でも知っている基本の作品や人物があるだろう。文学も広く深く、絵画や音楽でも同様だろうが、ことに映画は知れば知るほど知らなかったと知らされる。そんな自分に知ったかぶった話をさせてくれるらしい監督の特集が今月は組まれている。


“黒澤明、フェリーニとならび「20世紀最大の巨匠」と称されるイングマール・ベルイマンは……”と説明を読めば、先入観は甚だしい。ミーハーで権威になびく向きがある自分はやはり、好意的に今日の作品を観た。


いつものごとく上映開始後に入場したせいで、映画のクライマックスに大きな役割を果たす“役者”という存在の入り口を知ることはできなかったが、16mmや35mmフィルムの上映が続いていたせいか、デジタルリマスターらしい鮮明なモノクロ画面の美しさに目は惹かれた。


カルト的な雰囲気に包まれるこの作品は、第一に役者が際立っている。声の出ない博士を演じるマックス・フォン・シドーさんの面長な顔に潤んだ瞳が美しく、「山猫」のアラン・ドロンを思い出させるイングリッド・チューリンさんのオールバックの男装がこれまた惚れ惚れする容姿となっている。マジシャンらしい見せかけと騙しの格好は貴族然とするよりも、「HUNTER×HUNTER」に登場する幻影旅団やゾルディック家のように一団は怪しげでありながら、気品と魅力的な風采に畏まっている。


見栄えの雰囲気に単純に引き寄せられる強さを持っているが、この映画は諧謔と皮肉を含んだ台詞回しが優れていて、明暗法の画面の中で胸元が開けたゲルマン民族らしい衣装の女中がコケットリーに騒ぎ、魔女にそっくりな老婆が媚薬と称して適当な薬を売りつけたりする。とにかく各々の容貌がまず説得力を持ち、そのなかでトリックと仕掛けをそれぞれ明かすように外面の所作と、プライベートな内面が描かれる。旅廻りの一座の面々だけでなく、見世物を暴こうとする権力者達も同様に表と中をほじくられる。その描き方は箴言的な言葉も含みながら、痛快と言えば軽くなり、辛辣といえば真面目ったらしくなる演出で映している。


冗談が様々に含まれても決して安っぽくならないのは、誰もが勿体ぶった演技を崩さずにこなしていて、ズームとズームアップによる表情の切り取りは西洋人らしい奥行きと幅があり、モンゴロイドの顔では表現しにくい人文学的な迫真がある。それは顔面の造形の違いだけでなく眼球の違いもおおいにあり、美的に優れた肢体だけでなく、単なる表情や動きだけでなく、思考や感情の変化もよりダイナミックに迫ってくる西洋人だからこその違いがあり、「ああ、ひさびさに映画を観ている」という感想を上映中に覚えたのも、“映画”という単語に、西洋人が生み出す日本ではない特別な世界こそ“映画”だ、という概念が自分の中に備わっているからで、ワンカットワンカットに国と人種の違いをまざまざと感じさせられた。


やや長たらしい男女間のやりとりは無駄をより省く今の映画には許されそうにない余裕があり、性交渉の場面を描かないあたりに古いスウェーデンの敬虔なしきたりがあると思うのは、おそらく間違いだろう。ただし美を基準にして作品が作られているのは、台詞、構図、衣装にセットなど、映画を組み立てる材料の一つとして欠けていないことでわかり、謎解きをしながら謎を残す物語に、真実を話し続ける者は大うそつきと言われる、などの台詞も関わり、内外は一致するようでまるで異なるという人間性が面白おかしく、そして残酷にむき出されている。


監督紹介になびいて作品を観たものの、それが嘘ではないと安心するように、明暗に美が宿る豊かな役者の世界に酔える映画となっていた。

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