3月31日(水) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで西川美和監督の「ディア・ドクター」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで西川美和監督の「ディア・ドクター」を観る。


2009年(平成21年) 「ディア・ドクター制作委員会」 127分 カラー 35mm


監督・原作・脚本:西川美和

撮影:柳島克己

照明:尾下栄治

録音:白取貢、加藤大和

美術:三ツ松けいこ

衣装デザイン:黒澤和子

編集:宮島竜治

音楽:モアリズム

出演:笑福亭鶴瓶、瑛太、余貴美子、松重豊、岩松了、笹野高史、井川遥、高橋昌也、中村勘三郎、香川照之、八千草薫


少し前にRCCラジオで西川美和監督の評価をいろいろに聞いていた。新作映画が作られる前から良い作品を確実に残していて、美しい文章を書き、辛辣な言葉で批評する。断片的な噂ばかりだが、「すばらしき世界」も良い映画だと各人が感想を残しており、おそらく狙っていたのだろう、「広島ゆかりの映画人」特集の最後を飾るのにふさわしく過去の作品が登場した。


期待していた通り緻密に構成された穴と凡庸のない作品で、映画表現の多様さと堅実さよりも、昔の映画監督を感じさせる妥協のない映画作りがひしひしと伝わってきた。何か飛び抜けて良い要素よりも、ポン・ジュノ監督をふと思い出すような全体の大きさがあった。それはコメディ要素を混ぜながらサスペンスも交え、扱う主題が人間の本質から生まれる表裏を描いているからだろう。前半からあとあと確信につながるキーワードを盛り込み、複線と暗喩を程良く組み込んであるだけでなく、時系列の異なったショットでやや観衆を惑乱させながら、理想に比重の向いた弱さがあるからこその同情の解決に落ち着く。


ロングショットの使い方とその中での動的な演出もやや古風に感じるもので、厳密な構図が基本となって人間の諸さや醜さをありのままに見せるように老人の皺は目立っている。それら都会では消える風土の染み込んだ顔形は、昔の日本だけでなく、日本映画の歴史に名を残してきた作品に観られるように、多くの映画監督に扱われてきた人間達なのだろう。


瑛太さんや井川遥さんなどの若い俳優はやはり自分の世代より前には戻らないある種の軽さがあるものの、余貴美子さんや笑福亭鶴瓶さんにはより内面がにじみ出る皺と目玉が映されており、緊迫した場面での戸惑い弱った唇の表情は、情けないほど伝わるものがあった。


良い映画は言及するところが多くあるので、この作品は画面の色合い、編集、人物造形など細かく口にできる点が多くあるものの、やはり一つあげるとしたら、原作・脚本・監督という映画世界の土台をすべて担っている西川美和監督の噂に違わぬ力量だろう。多少の好みをすべて取り入れる傷のない脚本力がすばらしく、言葉の使い方は間違いなく作家としての配分があり、ちょっとした言葉に前後関係を考慮したその時々の人物の立場や心が表れており、それら映像表現としての挿入が音と合わせて良く調和している。


文学ならちょっとした表現の一文がいつまでも突き刺さるように、映画もワンカットが強く印象に残る。それらはいくつも画面に存在するが、ロングショットに白衣を脱いで振る姿を想像して描けるのだから、仮に劇作家になり、演出を手がけたとしても、西川美和監督は十中八九評判の人として頭角を現すだろう。


そんな実力高い映画を観れて良かっただけでなく、老いてなお変わらない品のある八千草薫さんの心優しい演技に、目立って美しい井川遥さんとのやりとりが目にできたのだから、やはり良い作品だ。

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