3月29日(月) 広島市中区東白島町でプレオープンしている「ドルチェ・エ・サラート・ダル・ポリポ」のドルチェを食べる。

広島市中区東白島町でプレオープンしている「ドルチェ・エ・サラート・ダル・ポリポ」のドルチェを食べる。


「西乃屋」さんへ行く前に妻に電話したら、「これからポリポさんに寄るから……」と言っていたので、満腹状態で家に帰ってきた自分は予測を立てていた。「おそらくドルチェを買って帰ってくるだろう……、残念だなぁ、もう食べられないや」。


お土産はまさしく的中したが、それらの量はまるで想像外だった。今夜のように腹を膨らませることは、胃弱と年齢によって理性と恐れが働き、自然な適度を選ぶ今となってはあまりないことで、そんな時にこそ滅多にないほどのドルチェがやってくる。泣きっ面に蜂ではないが、肘鉄の連続のあとにトペ・コンヒーロを食らうような思いがけないコンビネーションのように、新しく開店予定の「ドルチェ・エ・サラート・ダル・ポリポ」さんのドルチェ群はまばゆく光っている。


日本ではあまりこういう経験はないが、思えば海外旅行は自分の限界を超えるシチュエーションが平気でやってくる。もう飲めない、けれど一期一会の付き合いで飲まなければならない。もう食べられない、それでも好意に甘えて大きな油脂もカロリーも食べなければならない。もう待てない、それでも船や列車はのんびり止まり、大使館の役人も鉄面皮でこちらのパスポートを退ける。


「ドルチェ・エ・サラート・ダル・ポリポ」さんのドルチェはそんな味がした。別腹なんて気休めにもならない。本当に腹が一杯の時はわずかの隙間だって食べ物は入りもしない。そう思うものの甘さへの欲求はとめられず、大根をたくさんすり下ろして熱い茶を用意し、腹へのいたわりを揃えてから手を出した。


カンノーリのリコッタチーズのクリームとピスタチオもさることながら、フランスのパンや菓子とは異なる分厚いシェルがいい。パリパリよりもバリバリと歯に厚みを与え、たやすく砕けない歯ごたえがおいしい。そこにブラックなチョコレートもよけいなアロマを持たずにどしっとくる。


ババは海綿ドルチェで、たっぷりの蜜を吸った天上の食べ物のようだ。ラムの香りに船出するように、ミルクの海ではない透明な甘さに生地の気泡が夢に浮かぶよう。


別腹はないが食欲はある。食べられないのに食べさせてくるからこそドルチェなのだ。それをありもしない錯覚の言葉で腹に袋を作るが、そんなまやかしに騙されることなく、身内から起こる欲求をセーブして手を抑える。


パスティエラの大麦と染みた生地は地中海を挟むようだ。アナトリアのミルクプディングやマグレブ地域の蜜漬けを勘違いさせる。


コーダ・ディ・アラゴスタの表面もこれまたクロワッサンのように薄くなく、その中で濃いクリームがアリアを歌うようだ。森の国の菓子のようなやや根暗な砂糖と香辛料の重さではなく、バニラと卵によって語尾のあがる甘さがあり、小細工せずに良い物は良いと大げさにアピールする性格の明るさがある。これを食べれば、イギリスとオペラが一致しない理由がどことなくわかるようだ。


今夜はこれ以上食べ物は腹に入れず、文章も書かないと思っていたところで妻の欲が具現化された「ドルチェ・エ・サラート・ダル・ポリポ」さんだ。明日からの腹、大丈夫だろうか。


平凡な妻とは異なる豪放なお土産を夜に買う人物もまた自分の限界を広げてくれるが、日本でもフランスでもない、正真正銘イタリアの性格を持ったドルチェはお菓子の既成概念を必ず増やしてくれることだろう。

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