3月26日(金) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで槙坪夛鶴子監督の「老親 ろうしん」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで槙坪夛鶴子監督の「老親 ろうしん」を観る。


2000年(平成12年) 企画制作パオ、「老親」製作委員会 113分 カラー 35mm


監督:槙坪夛鶴子

脚色:原田佳夏

原作:門野晴子

撮影:藤沢順一

美術:成田ヒロシ

音楽:光永龍太郎、増永真樹

録音:木村瑛二

照明:小嶋眞二

編集:普嶋信一

出演:萬田久子、小林桂樹、榎木孝明、岡本綾、草笛光子、米倉斉加年、笠原紳司、金久美子、小笠原町子、前田未来、大竹博人、小林泉、福原秀雄


上映途中から入場して、目をスクリーンに置いて物語に没入しようとすると、ズームアップで映されている萬田久子さんの目の動きにテレビドラマのような典型的な演技を観るようで、あまり好きではない作品だと思い始めた。


前半はやや偏ったシナリオの中でそれほどずけずけ言うものかと考えてしまう場面があり、人に嫌みを直言したりこそこそと陰口を言うシーンが連続するのを観ていて、「渡る世間は鬼ばかり」のように脚本や監督が女性だからこそ描けるねちねちした登場人物にうんざりしそうになった。こざかしいほど世間にあふれかえる一種の魑魅魍魎のような庶民性がうようよするようで、男性では描けそうにないからこそ世情が細かく使われ、それでいて濃く肉付けされると、今日の映画は観に来るんじゃなかったと思われた。


葬式後の食事で我慢に逃げた廊下での構図や、雪の降る中で姉妹が寺社の階段に座って母親について語るシーンなど、ショットは質の高い時もあり、編集も長回しを抜いて細やかにつながれており、だからこそ多少組み合わせ過ぎていると思われる電話のシークエンスなどもあるが、観慣れてくると演技も含めた映画の基本構造は悪くないと気付かされる。


中盤に近づくと旧弊な家庭の嫌らしさばかりクローズアップされていた物語は風向きが変わり、子供と介護する舅が成長すると、映画は豊かな変化を描いていく。介護をテーマにしたただの人間ドラマかと甘くみていたら、ラジオCMで聴く広島「アンデルセン」の母子のような仲の良さも表れて、人間関係は理想的な向きへと融和していく。初めは忍耐、次に煩く、そして闊達な人物へと様変わりしていく萬田久子さんに歩調を合わせるように、間違いなくこの映画の味噌である小林桂樹さんの耄碌爺から好々爺への変化に加え、尻の落ち着かない娘である岡本綾さんの介護福祉士への歩みや、虐待ばかりされていた母親である草笛光子さんへの介護への落着など、人生と物事のマイナスではない面に焦点を当てていて、介護はもっと苦労があり、こんなさばけた調子で生活などしていけない、金銭や家の事情などもっと神経を削る出来事が多くあり、それら無視して理想的に描くだけの現実離れした物語だ、などの意見はあるかもしれないが、いかに人に接して、日常を明るく、懐を広く深く生きていくべきか感化される内容となっている。


実際中盤からの展開は好印象が続き、テレビドラマのようなポップな印象もないことはないのだが、なにせ小林さんの演技が見事に素晴らしい。関西弁の妙味だけでなく、とぼけるにもしらばくれるにも憎らしい間と表情が酷いほど豊かにあり、あれだけ呆けていた老人がここまで変貌できるのかと実感を持たせる演技となっている。それはあまり登場しないが強烈な性格の強さを見せる草笛さんも同様で、結局この映画は女性の自立や立場を訴える面が主にあるにしても、役者がなかなか良いのだ。


毒気のある人物は登場するが作品そのものに毒は少なく、むしろ薬のように誰かに対しての気遣いを思い出させてくれる作品だ。そのせいか、上映後は年輩の多いこの映画館に訪れる人に対しての優しさが芽生えるようで、親近感と配慮を持って扉を開ける間をのばしたりした。人に対しての心安さは自分自身の弱さである、と思いこむよりも、それが頭で考えるまでもなく基本の姿勢として根強くある自分にとっては、すこしだけゆとりを持って人と接してもいいと思わせてくれる映画だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る