3月25日(木) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで松井久子監督の「ユキエ」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで松井久子監督の「ユキエ」を観る。


1998年(平成10年) エッセン・コミュニケーションズ 93分 カラー 35mm


監督:松井久子

脚本:新藤兼人

原作:吉目木晴彦

撮影:阪本善尚

照明:ランディ・ウォルシュ

編集:松井久子

出演:倍賞美津子、ボー・スヴェンソン、ジョー・クレスト、マーク・コンクリン、シャロン・シュナイダー、ブレイズ・ガルザタ、草村礼子、羽野晶紀、ジョン・マッケイ、レイ・ブラゼル、アドリアーナ・ベイト


日本人の映画に外国人が出演すると、両手を結ぶような調和よりも、崩さないようにする違和感につい目が向いてしまう。仮構が当然の映画の中におもねりやお愛想が混じるとより不自然な演出や展開となり、同国人、もしくは似た人種の共演と異なり、肌で合うよりも頭で配慮するような瞬間が感じられてしまう。


この作品は外国に暮らす異国の女性像が描かれており、流暢なアメリカ英語で会話する国民と演技の間で、倍賞美津子さんは目立って硬い音節による日本人らしい発音で作品に加わり、溶け込めていない。母親役ではあるが、どうしても異邦人らしい立場が拭いきれず、この物語の主題であるアルツハイマー病になった事態に、仮想の家族関係らしさが隠しきれずに慎重な扱いになっている。新藤兼人さんにしては物語の起伏が少なく、拳銃が身近にあることを端的に示す突発的な事件以外は劇的転換も用意されておらず、作為がないほど一本調子の脚本となっており、台詞の信憑性と真偽は疑いやすくなっていて、夫の持つ過去への執拗な思いは後半になって展開を見せていない。


などと批判的に聞こえるかもしれない作品だが、独特な雰囲気を持っていることは確かだ。倍賞さんの顔立ちと説得力は作り物ではないエキゾチックな雰囲気を出しており、アルツハイマー病になった女性の演じ方はぞくっとする瞬間もある。遊園地での日本語を用いた突然の癇癪は展開が飲み込めないほど唖然とさせられ、息子に抱きしめられている時に、記憶から抜けてしまった愛するわが子にじわりと気づいたシーンは、人種問わずに情感をぐんと放つ演技力を発揮している。そもそも男性らしいきりっとした鼻立ちは米国人の中でも気品を放っており、日本語を好き勝手に話せない環境の中でいくぶん小さく見えるものの、役者としての力量は疑うところがない。


介護をテーマにしたこの映画に解決は訪れず、むしろ放置するように映画は終わってしまう。しかしそこに反感など生まれず、技巧的な追憶映像の挿入やピアノを主とした音楽を使って時と情感を同調させる画面は、むしろ大林宣彦監督の「時をかける少女」を思い出させる雰囲気がある。


この映画はルイジアナらしい風景が常に広がっており、家族が揃った食事で大量の茹でたざりがにをテーブルにぶちまけるシーンは特に印象深く、アメリカのどの地域かわからずも、柱が入り口に並ぶ平たい家と庭造りは南部らしい雰囲気だと予測をたてているところで、これはミシシッピー川河口地域だと納得させる演出となっていた。


画面は光の効果をふんだんに取り入れており、ときおり逆光のように溢れてかすんでいる場面もあるが、記憶の喪失という、病気によって生きながら死んでいく姿を家族が見守るこの映画は時と光が大切な要素となっており、その画面作りは不和することなく重なりあっている。


そしてアメリカ人が大半を占める登場人物だけでなく、バトンルージュという一度聞いたら忘れられない、またそのあたりを旅行した自分にとっては感慨深い土地が舞台とされながらも、映画の土台は日本人の感性となっている。アメリカ人同士の演技はその国であっても、流れる雰囲気は尾道らしいから不思議なもので、それは萩を故郷にする女性が日本語の方言を話す時に、新藤さんが脚本をしているという理由がこちらから主に出されてしまい、その言葉は尾道を故郷にしているように聞こえてしまうからだろう。


重苦しく始まり、派手さのないまま終わる作品ではあっても、異国人同士が感覚だけでなく、心を互いに示して作られた映画のようで、約90分という時間は長くないが、もう終わってしまったと退屈せずに観とれてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る